24.最後のキャラは……だったようです1
秋も深まったある日。
俺は怜司とコンサートホールに来ていた。
謝れば隣に座る怜司が、そんなことを言ってはにかむ。
夏休み前にあった修学旅行で、怜司にはとんでもない迷惑をかけてしまった。
俺が……というよりは、ユメがなのだけれど。
目を離した隙に、肩に変な鳥を乗せられ写真を撮られ、法外な金額を請求されたり。
まぁそこまではよかった。
いつの間にかユメのスーツケースの中身が真っ白い粉に摩り替わっていたり、拾った落し物が時限爆弾だったり。
反省したユメが迷惑をかけたお詫びにと怜司にくれたのが、怪しい露天商から買った呪いの品で。呪いを解くためにさらに一悶着あったらしい。
こうなる事を見越していた真央兄が、秘書の鈴木さんをユメに付けていたので、どうにかこうにか納まったらしいが……。
慣れている俺や真央兄ならともかく、巻き込まれた怜司はたまったものじゃなかっただろう。
迷惑をかけたおわびとお礼がしたいと言えば、怜司は俺とこのコンサートに行きたいと言ってきたのだ。
正直クラシックなんて興味はなかったけれど、意外と楽しかった。
「なぁ怜司。他にやってほしいことがあるなら、遠慮なく言っていいんだぞ。チケットも怜司からのものだし、お礼をした気にならない。むしろ俺が楽しませてもらってるみたいなんだが」
「はるが楽しんでくれたなら、それで十分だ。自分が好きなものを、はるに見て欲しかっただけだから」
俺がそう言えば、隣を歩く怜司が満足そうに微笑む。
本気でそう思っているようで、どうしてそんなに幸せそうなのか、俺にはよくわからなかった。
「それじゃ俺の気がすまないんだ。なんでもいいから言ってくれ」
「そ、そうか?」
詰め寄れば、怜司はちょっと戸惑った顔になって立ち止まった。
空はもう夕焼けで、近くの公園から子供達が手を繋いで帰っていくのが見えた。それを横目で見て、怜司がちらりと俺の表情を窺った。
「じゃ、じゃあ。手を繋いで帰りたい……とか、駄目か?」
おずおずと、消え入るような声で怜司がそんな事をいう。
顔は夕日のせいか真っ赤に見えた。
「ずっと友達がいなかったから、あぁやって手を繋いで帰る子たちが……ぼくはうらやましかったんだ。こ、子供っぽいのはわかってる。で、でもだな、その……やっぱり」
しどろもどろになりながら、ちょっと怜司は涙目だ。自分の言葉でパニックになっているようだった。
「や、やっぱいい! 忘れてくれっ! じゃあまた明日!」
そう言って、怜司は走りさろうとしたので、とっさに手を掴む。
「落ち着け。誰も駄目とは言ってない」
「う、ぁ……じゃあ、いいのか?」
期待と同時に本当かどうか疑うような上目遣いは、幼い子供みたいだ。
「それはこっちの台詞だろ。手を繋ぐのがお礼になるのか?」
「ぼくにとっては、かなり嬉しい」
俺が首を傾げれば怜司が頷いたので、そのまま手を引いて歩き出す。
確かにこれは少し恥ずかしいし、高校生にもなって手を繋ぐのもどうかとは思う。
けれど、怜司にとって初めての友達が俺で、幼い頃にしておくべきことを今してると思えば、別にそれくらいはいいような気がした。
しかし一つ思うのは、だ。
この世界は、いわゆる『乙女ゲーム』の世界。
主人公の女の子がイケメンの攻略対象を口説き落とす、このゲームの中で、俺は主人公をサポートして、恋の成就を手助けする位置にいる。
なのにどうして、全く主人公と攻略対象の恋が始まらず、あいつは攻略対象と手すらつないでない。なのに、なぜ俺が攻略対象と着実に友情を築いているのか。
そもそも俺の目的は、この乙女ゲーム『ドキドキ★エステリア学院』の主人公であり、元の世界の幼馴染であるユメを、攻略対象とくっつけてゲームをクリアし、元の世界に帰ることだったはずだ。
高校の三年間で、攻略対象と恋愛して恋を成就させるのがこのゲームの目的。
現在は高校三年の秋。
このゲームの主人公様の攻略状況はというと……。
まず、下級生の沢渡ヨシキ。
爽やかバスケ少年で俺の部活の後輩。
弁当をユメが差し入れることで好感度アップを狙ったが、失敗。
なぜか俺に懐くようになり、どことなくわんこっぽい。ユメと時々張り合ったりしていて、ライバルというよりは邪魔者と思っている節がある。
次に、同じく下級生の一条竜馬。
色気たっぷりで、猫のような後輩。
彼の姉である桜子に歯向かった際に俺と仲良くなったが、ユメの事は俺の娘みたいに思っている節がある。
最近ユメを手なづけて、扱いを覚えてきた。
相川真央。ユメと俺の従兄弟。
元生徒会長で、一つ年上の頼れる人。
文武両道で性格もよくユメにも優しいのだけれど、何故かユメは真央兄を怖がっていて、あまり近づこうとしない。
一度ユメと付き合ってもらったことがあるけれど、やっぱり真央兄でもユメは手に余るらしい。
御堂怜司。同級生の優等生。
真面目で何でも一生懸命。
少し世間ズレしているところがあり、そこがまた面白い奴。
主人公が彼に友達をつくることで、ルートが開けるらしいが、この前の修学旅行からすっかりユメがトラウマと化している。
ユメが何か手に持ってくるたび、びくついて逃げてしまう。恋愛どころの話じゃない。
そして、天ヶ崎王子。
俺の同級生で芸能人。昔知り合った幼馴染で、文通相手のゆき。
本来主人公と幼い頃に出会い、そこから恋がはじまるストーリーなのに、主人公のユメは出会ってさえいない。
その代わり、俺が代わりに王子と幼い頃に出会ってしまい、執着されてしまっている。
ぶっちゃけ、メインヒーローの王子にいたってはユメなんて眼中にない。
「御堂ばかりずるいよね。俺も構ってよ春斗」
なぜなら、俺のストーカーをしてるからだ。
怜司と別れたところでいきなり現れた王子に、背後からぎゅっと抱きしめられる。
無駄にいい香りがするんだが、色々間違ってるだろ!と心の底から叫びたい。
「ねぇ……俺たちは、手よりももっと凄いトコ繋いじゃおうか?」
「いや、どこだよそれ」
王子は今日もわけのわからない事を言う。
かなり電波気味だ。
正直、このゲーム。
詰んでいた。
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残る攻略対象は、ただ一人。
同級生で、不良キャラの須賀浩介だ。
しかし、もう俺はやる気を無くしかけていた。
あのユメと攻略対象をくっつけるなんて、最初から無謀だったんじゃないか。
こうなると、ゲームクリアなんて諦めて、この世界で生きる覚悟をしなくちゃいけないのかもしれない。
とりあえずは大学に進むことにしたけれど。
元の世界にもう戻れないのかと思うと、気持ちが沈んでいく。
「はる。どうしたの、電気もつけないで」
「真央兄……」
気づけば、ずっと玄関で立ち尽くしていたようだった。
そんな俺の背を押して、真央兄が家に入っていく。
「今日は僕が夕飯を作るから、待ってて。ユメちゃんたちは、家で食べるって言ってたから先にあげてきたよ」
最近の真央兄はいつもよりもさらに俺に優しい。
よく俺の家に通ってきては、様子を見にきてくれる。
不安定になっているのが気づかれているようで、これじゃ駄目だなと思う。
「ごちそうさまでした。真央兄はなんでもできるな。今日の料理も美味しかった」
「はるに喜んでもらえたら嬉しいよ」
食べ終わって後、ソファーでテレビを見る俺の横に、真央兄が座ってきた。
「ねぇ、はる。卒業したらどうするつもり?」
「……元の世界に、帰るよ」
あまり聞かれたくなかったことを尋ねられて、言葉が濁る。
「はる。正直僕は、はるにずっと側にいてほしい。これ以上、手に入らないものを欲しがって、苦しむのはやめよう? 見てられないんだ。はるさえ僕の手をとってくれれば、不安なんて感じる隙がないくらい、僕が満たしてあげる」
真央兄の瞳が揺れて、俺に訴えかけてくる。
そっと手を重ねられたら、そこからぬくもりが伝わってきた。
いつだって俺の味方をしてくれたのに、その真央兄が最近は諦めろと言ってくる。
俺のためを思って言ってくれてるのはわかるけれど、簡単に整理がつく気持ちじゃなかった。
「俺、ちょっとコンビニ言ってくるよ」
「はる……」
真央兄を家に残して、俺は外へと出て行った。
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「はーる先輩!」
コンビニに行く途中、後ろから抱きつかれる。
「ヨシキ?」
「こんな時間に会えるなんて嬉しいです。よければ、一緒に公園でバスケしてきませんか?」
気分転換にはいいかと、ヨシキの誘いに乗る。
公園には明りがついていて、バスケのコートで久々に汗を流した。
「ねぇ先輩、そろそろ卒業も近いですね」
ベンチに座って、ドリンクをヨシキから受け取る。
今その話題かと思ったけれど、そうだなとだけ呟いた。
「会えなくなるの、寂しいです。バスケ部も先輩引退しちゃって、接点も少なくなって。でもオレ、もっと先輩と一緒にいたい」
目の前に立っているヨシキが、真っ直ぐな瞳が俺を見つめてくる。
犬みたいに尻尾が見えているわけでもないのに、その好意は目に見えて伝わってくる。
好かれてるなと思えるのは、悪い気分じゃない。
「ありがとな。そう思ってくれるのは嬉しい」
「……そうじゃないです。オレが欲しいのは、そんな言葉じゃなくて」
礼を言えば、ヨシキは黙り込んで俯く。
「オレにとって先輩は特別な人です。できればオレも、先輩の特別になりたい……です。好きなときに先輩に会えて、誰かが先輩に近づいても振り払う権利が欲しい」
えっと、愛の告白を受けてるような気分になるのは……気のせいだよな?
俺の前に膝をついて、ヨシキが見上げてくるようなポーズをとる。
まるで、懇願するように。
「先輩はもてるし、オレなんかが独り占めなんてできるわけないってわかってます。先輩の周りには素敵な人もたくさんいますし。でも、できれば。オレをもっと見てください。振り向いてもらえるよう、がんばりますから!」
いやヨシキ。それはできれば乙女ゲームの主人公であるユメに対して言ってくれないか。
口にしたところでそれは無理だとわかっていたし、表情が真剣すぎてつっこむことができなかった。
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ヨシキから逃げるようにしてコンビニに行こうとしたら、女の子たちに囲まれている竜馬に出くわした。
「いいじゃん、遊びに行こうよ」
「嫌だよ。おれもうあんたたちに興味ないし。行きたいところあるんだ」
「そんな事言わないで、ちょっとだけっ」
竜馬は心底うざったそうにしていたけれど、なかなか女の子たちがしつこく、振り切れないようだった。
「竜馬、待たせたな」
「……先輩」
声をかければ、竜馬が目を見開く。
それから嬉しそうにふんわりと笑った。
その場から竜馬を攫うようにして連れ出せば、繋いだ手にぎゅっと竜馬が力をこめてくる。
「先輩ってさ、おれが寂しいときに必ずきてくれるよね」
「そうなのか?」
言われて首を傾げる。特別意識したことなんてなかったけれど、そうだよと竜馬は頷いた。それから俺の顔に両手をそえて、顔を近づけてくる。
「でもさ、最近はなんだか俺よりも先輩の方が寂しそうな顔してる。それが気になって、自分のことのように苦しい」
こんなの初めてなんだと、竜馬は呟く。
「おれの寂しさを、先輩が埋めてくれたから。先輩の寂しさをおれが埋めてあげたいんだ」
色気のある声が耳元に響く。
竜馬の瞳が甘い色を帯びていて、せつない口調はきっと女の子なら母性本能をくすぐられてイチコロだと思った。
「先輩が、おれを欲しがってくれるなら、寂しくなんてさせない。でも困らせたくないから、どうしていいかわかんなくなる。はぁ……おれ振り回すのは得意だけど、振り回されるのははじめてだ」
溜息をついて茶化すように、竜馬が俺の肩に頭をのせてきた。
「えっと、竜馬?」
「本当はこれから先輩の家に行こうと思ってたんだけど、やめとく。もう会えたし、今の弱ってる先輩と二人きりは……まずい気がするから」
戸惑う俺に、名残惜しそうにじゃあねと言って竜馬は去って行った。
あいかわらず自由だなと思いながらも、去り際に見つめてきた瞳がやけに俺を捕らえるかのようで、頭にこびりついていた。
ようやく目的地のコンビニにたどり着き、最後のアンパンアイスを見つける。
アンパンをアイスにするこの独自の発想。
実は元の世界の時もこの商品はあって、俺の親友の大好物だった。
元の世界にいた時はありえないと思っていたし、今俺の好物であるアンパンも、昔はそこまで好きじゃなかった。
けど、アイツを思い出してついアンパンを手にとって食べているうちに、いつのまにか好きになって、今じゃこのアイスも含めてアンパンは俺の大好物だ。
そのアンパンアイスをとろうとして、手が重なる。
「あっ、すいません」
「別にいいよ。あんたも、これが好きなんだ?」
謝れば、相手がそんなこと言って親しげに笑いかけてくる気配があった。
「おいしいですよね、これ。あまり人気ないみたいなんですけど、俺結構好きなんです」
「パンをアイスにしようって発想がないよな! あんたよくわかってるじゃないか!」
まさかこの美味しさを分かってくれる人がいると思わなくて、どんな人かなと横を見て固まる。
それは、攻略対象最後の一人――須賀浩介だった。




