22.王子7―王子様VS魔王様―
王子を宥めた後、眠って起きたら夕方だった。
かなり寝すぎてしまったなぁと思ったけれど、すっきりと嘘のように熱が引いていて。
それどころか酷かった肩こりも治っていて、元気が有り余っている。
むしろ体のあちこちが軽く、体が生まれ変わったみたいな気分だった。
これなら修学旅行行けばよかったな。
そんな事を考えながら、ゆきと思い出話に花を咲かせてるうちに、外は夜になっていた。
お腹が空いたから夕飯を作ることにしたのだけど。
「そういえば、豚肉が余ってたよね。あれを使っていい?」
まるでかってを知ってる自分の家の冷蔵庫のように、ゆきがそんな事を言って、豚肉を取り出す。
入れ物に小麦粉が少量しかないのを見ると、迷いなく食料倉庫を開け、ストックの小麦粉を取り出した。
メインの料理をゆきが作り、俺がいつも使ってる専用の皿に盛り付け、俺の専用のマグカップに、専用の箸をそろえて置いてくれる。
どうしてゆきはこんなに物のある場所把握してんの?
……なんてことは、怖くて聞けなかった。
「どうしたの、美味しくなかった?」
「いやそんなことないよ。美味しい」
「本当? よかった!」
不安そうに尋ねてくるゆきに答えれば、満面の笑みになる。
しかしこの味付け。
本当に朝食に出されたやつと似てる。
あの朝食は本当にゆきが作ってたんだと確信するのと同時に、やっぱりちょっと怖い。
ずっと黙って見過ごしてきた俺も悪いけど、注意はしておいた方がいいと思った。
「ゆき、ご飯を作ってくれるのはありがたいんだけどさ。朝食をこっそり作っていたっていうのはやっぱりどうかと思うんだ」
遠まわしに言ってみれば、ゆきはわかったと頷いた。
「そうだよな。これからは堂々と作りにくることにする!」
「いやそういうことじゃなくて! 許可なく勝手に鍵を使って人の家に入るのは、不法侵入っていう立派な犯罪だからな!?」
何故こんな小学生でもわかるようなことを教えなきゃいけないのか。
そう思いながらも口にすれば、ゆきは笑い出した。
「ははっ、春斗ってば面白いこというね。いくら俺が芸能人で少し世間に疎いからって、それくらいの常識は知ってるよ」
ほぼ三年間不法侵入していたヤツが、それを言うのか。
そう思って口を開こうとしたら、すっとゆきの目が細まった。
「春斗と俺は家族だから、家に入ったって問題ないんだ。そうだろ?」
イイエもハイに無理やり書き換えてしまうような、有無を言わせない雰囲気がそこにあった。
「いやでも……」
「春斗は、俺が家にいるの嫌なんだ? そっか、そうかぁ……」
すっと虹彩がその瞳から失われたかと思うと、ゆきはバターナイフを手にとってその刃先を見つめだした。
「違う、違うから! ただ来る前には連絡くらい欲しいなって! 俺にも色々準備があるからさ!」
慌てて口にすれば、何だそういう事かと言って、ゆきはパンにバターを塗る。
「もちろん、ちゃんと電話するよ。今までは春斗が出たら何話していいかわからなくて無言で切っちゃってたけど、これからはいっぱいお喋りできるね」
……時々家にあった無言電話の犯人こいつか。
次々と明らかになる事実に、眩暈がしてくる。
他にも何かしてそうだ。
知っておきたいけど、知りたくないような気もする。
「そうだ! 春斗も俺の家に自由に出入りしていいからね。はいこれ家の鍵。すぐ左隣だよ。それともう一つマンションも借りてるんだけど、セキュリティ番号教えとく」
ちゃりと鍵が俺の手に置かれる。
前々から用意していたかのような周到さだけど、もはやそこにつっこむ気力はなかった。
「左隣ってずっと老夫婦が住んでたと思うんだが」
「うん。給料払って家管理してもらってるんだ。それくらいは稼いでるしね」
爽やかな笑顔で、全く爽やかでないことを言い放つ。
「……」
こいつ早くどうにかしないと。
ユメ以外で俺の頭をこんなに痛くさせるやつは初めてだ。
常識が大きく欠如しているというか、犯罪ギリギリというかほぼアウトな事を何のためらいもなくしている。
間違いなく、攻略対象の中で一番危険人物だ。
――でも、俺が早く『ゆき』イコール『天ヶ崎王子』だと気づいてたら、ここまで変なヤツにならなかったんだよな。
ゆきはかなり行きすぎとはいえ、俺のことをここまで思ってくれていた。
なのに、友達だ家族だのと言っていたくせに、全く気づかなかった自分が薄情な気がしてくる。
ほんの少し、俺にも責任がある気がした。
「俺食器洗うから、春斗はそこで休んでて」
「わかった。ありがとう」
これからは俺がちゃんと常識とか教えていかなきゃな。
食事を食べ終えてそんな事を思っていたら、リビングの窓が割れる音がした。
「はる、無事かっ!?」
「真央兄?」
窓を割って入ってきたのは、スーツ姿の真央兄だった。
「何で窓から入ってくるんだよ!? しかも手から血が出てる!」
突然のことに戸惑う。
真央兄は服が乱れ、疲れきっているのか顔色が悪かった。
「そんなことはどうでもいい。その手首……どうしたんだ」
手首を掴まれ、指摘されて気づく。
ゆきに握られた部分が痣になっていた。
「あぁこれは」
「今の音何!? ……って、相川元生徒会長じゃないですか。よく入ってこられましたね。誰も家に入れないようにわざわざ人まで雇ったのに、本当使えないやつら」
説明しようとしたらゆきがやってきて、真央兄を見て明らかに嫌そうな顔をする。
「王子、やっぱりお前か。俺様のはるにこんな跡をつけて、覚悟はできてるんだろうな?」
見たことがない顔を真央兄はしていた。
口調もいつもの優しい真央兄じゃない。
纏うオーラがまるで別人で、その視線の冷たさに思わず目を見張る。
「春斗はあんたのじゃなくて、俺のだから。というかさ、春斗の前でそんな顔していいのかな、相川先輩。黒いのが隠しきれてないよ?」
「うるさい。とっとと目の前から消え失せろ」
「なんで俺があんたのいう事聞かなきゃいけないのかな?」
くすっとおかしそうに笑う王子を、真央兄が睨みつけたけれど、全く王子には堪えてないようだった。
「二人とも落ち着けって! 真央兄はとりあえず手当てしなきゃ駄目だ!」
「はるは優しいな。でも今は俺様の怪我なんて今はどうでもいい。こんなストーカ野郎に捕まって怖かっただろ? もう大丈夫だ」
俺を見て優しく微笑んで、真央兄が血の付いてない方の手で頬に触れてくる。
「面白いことをいうなぁ。あんたの方がよほど危険だって言うのに。優しいフリして裏で何してるかわかったもんじゃない。春斗が風邪を引いたのも、あんたが変な薬飲ませたせいだろ?」
「……へぇ、面白いこと言うなお前。俺様にまで盗聴器をつけてたか。舐められたもんだな」
二人は冷ややかに視線を交し合う。
険悪な雰囲気がそこには漂っていた。
「見つけましたわ! 相川真央!」
その時、緊迫状態をぶち壊すように、縦巻きロールヘアーの桜子が颯爽と窓から土足で入ってきた。
「一体どうやって屋敷から抜け出しましたの!? おもてなしの途中で逃げ出すなんて、それでも紳士ですか。さぁ一条の屋敷に戻りますわよ!」
「今取り込み中だってわからないのか馬鹿ドリル。監禁は立派な犯罪だからな。後でユメと一緒にお仕置きしてやるから、順番を大人しく待ってろ」
腕を掴んできた桜子の手を、苛立った様子で真央兄が振り払う。
「監禁だなんて人聞きのわるい。それに証拠がないでしょう? 一条の力ならいくらでももみ消せますしね。あなたはユメが帰ってくるまで、大人しく鎖に繋がれていればいいのです!」
「俺様を鎖に繋ぐ? 本当身の程を知らないな。心配しなくてもお望みどおりそんな戯言が吐けなくなるくらい、苛め抜いてやるよ」
どうやら真央兄は、ユメのたくらみによって今までずっと監禁されていたらしい。
相当腹が立ってるらしく、普段とは違う言葉使いの中に毒がたっぷり含まれていた。
普段穏やかな人ほど、怒ると怖いというやつなんだろう。
真央兄の纏う雰囲気は、見るものを凍りつかせるような凄みがあって。
睨まれた桜子が喉に張り付いた小さな悲鳴を上げて、すくみあがった。
「……ここだと落ち着いて話もできない。俺様の家に行くぞ。王子は危険だ」
「ちょ、真央兄!?」
真央兄がいきなり俺を抱き上げる。
割った窓ガラスで足を切らないようにという配慮なんだろうけれど、怪我した手でそんなことをしたら傷によくない。
「はる、大人しくしてろ」
慌てて下りようとしたら、強い口調で命令されてしまう。
見上げれば真央兄は相当にきつそうで、息が乱れていた。
「まま、待ちなさい。ワタクシにはユメとの約束があるのです。あなたと相川透哉を二人っきりになんてさせませんわっ。ユメを一日中好きにしていい権利がかかっているのです!」
「あんたに春斗を任せられるわけがないだろ。俺の春斗を返してよ」
玄関へ向かおうとした真央兄の前に、怯えながらも立ち向かう桜子と、余裕の表情のゆきが立ちふさがる。
チッと舌打ちして、真央兄は俺を床に下ろした。
「ごめんね、はる。聞き分けのない馬鹿共に、躾をしないといけないから、部屋で待ってて。すぐ迎えに行くから」
その口調はいつものものに戻っていて柔らかい笑みがあったけど、目が全く笑ってなかった。
ゴキゴキと指を鳴らす真央兄はこう見えて、空手の有段者だ。
気配が研ぎ澄まされていくのがわかって、これはヤバイと肌で感じ取る。
「まるで囚われのお姫様を助け出すヒーロみたいだね。お姫様に毒を盛ったのは自分のくせにさ。俺あんたのこと嫌いなんだよね。自分が一番春斗の事知ってるみたいな顔してさ」
「事実お前よりは俺様の方がはるを知ってるし、信頼されてるからな。一方的に押し付けるだけのお前とは違うんだよ」
ゆきと真央兄がにらみ合う。
一触即発の雰囲気に戸惑いを隠せない。
まるでこの状況はドラマとかで見るあれだ。
ヒロインが「私のために争わないで!」とかいう、あのシチュエーションに酷似している。
それがヒロインじゃなくて俺というところが、果てしなくおかしい点なのに、二人は全く問題にする様子すらない。
「へぇ言うねぇ。春斗に愛されてる自信があるんだ?」
「少なくともお前よりはな」
ゆきの台詞もあれだが、今日の真央兄もおかしい。
なんで相手の喧嘩を買うような姿勢なのか。
普段なら争いごとを避けてにこにことしているはずなのに、その顔に笑みは一切無くて、苛立ったような無表情がそこにあるだけだった。
「俺なんて春斗と小さい頃、結婚の約束したんだよ? この前の金曜なんて間接キスしちゃったんだから」
しれってゆきはそう言ったけれど、結婚の約束をした覚えはない。明らかに捏造されている。
ちなみに後者は昼食の時間にやった、ただのジュースの回し飲みだ。
怜司も回し飲みに参加したのに、さっくり記憶から削除されているようだった。
「その程度で威張られてもこまるな。俺は春斗と何度も一緒に風呂に入ってるし、一緒に寝てる」
「くっ……」
勝ち誇ったように口にした真央兄に、ゆきが歯噛みする。
何かがおかしいことに一刻も早く気づいてほしい。
うらやましがるような要素が一個もないことくらい、簡単に気づくはずなのに。
「じゃあ、春斗に聞いてみようよ。俺とあんたどっちが好きか。好きって言われたほうが春斗と付き合うってことで」
「勝てる勝負に興味はないんだが……それで気が済むなら載ってやる」
ゆきの提案に、真央兄が人の悪い笑みを浮かべる。
「その流れはおかしいって! 二人とも冷静になってくれ。俺の事で争ってどうするんだよ!」
「はるのことだから争ってるんだろ。他のやつなんてどうでもいい」
「そこは同感だね」
俺の必死の叫びに、淡々と真央兄が答え、それにゆきが頷く。
「初めて会った日に、助けてくれた春斗に惚れたんだ。ずっと好きで、ずっと見つめてた。誰よりも春斗のことを知ってるし、望むなら何でも叶えるよ。俺だけが春斗の孤独を分かち合える。だから俺を選んで?」
そう言ってゆきは微笑み、俺の手をうやうやしくとって口付けしてきた。
「酷なことを言うようだけどな、はる。王子を見てもわかるように、このゲームをクリアすることはもう諦めたほうがいい。本当ははるだって気づいてるだろ。攻略対象の全員が、ユメへ気持ちを向けてないって」
次は俺の番だというように、淡々とほんの僅かな希望を砕く事を、真央兄は告げる。
何を言ってるんだという顔を、横にいるゆきや桜子がしていたけれど、それを完全に無視していた。
「それにそもそも、クリアすれは本当にはるは元の世界へ帰れるのか?」
「それは……」
唯一の味方だと思っていた真央兄に、それを指摘されて言葉に詰まる。
「認めるのは怖いだろうけどな、はるには俺様がついてる。例え元の世界に戻れなくても、一生はるの側にいて守ってやる。手放したりなんかしない」
強くて揺らぎのない言葉を、真央兄は口にする。
優しいいつもの眼差しがそこになくて、ぎらつくような炎が灯っているように思えた。
暴君を思わせる笑みが、口にした言葉への自信をうかがわせた。
「えっと……真央兄?」
「好きだよ、はる。子供の時からずっと。何もかもつまらなかった世界で、はるだけが僕を楽しませてくれる。最初から誰にも渡す気はないんだ」
戸惑って名前を呼べばさっきまでが嘘のように、真央兄の表情が変わり、頭を撫でてくる。
いつもの俺が知っている、優しげな真央兄。
けどその視線の中には俺を捕らえるような光があって、それでいて甘さを帯びていた。
「それで? 春斗はどっちを選ぶの?」
「もちろん僕だよね、はる?」
問い詰めるようにゆきと真央兄に両側から挟まれる。
逃がさないというように。
その様子を、桜子が汚物を見るような目で見ていた。
女の子をこよなく愛する百合である桜子には、この状況が恐ろしく滑稽に映っているんだろう。
「どっちも選ぶわけないだろうがァァっ!」
根本からして間違ってる。
前にもこんな風に叫んだなと思いながら、物凄く逃げ出したい気分だった。




