17.王子2―朝食の謎―
修学旅行と言えば高校生活で最大のイベント。
それでいて学園モノの乙女ゲームにとっては、とても重要なイベントだ。
自由行動で攻略対象と行動できるかどうかは、大抵事前の好感度で決まる。
この世界である乙女ゲーム『ドキドキ★エステリア学院』においては、修学旅行が自由参加制。
『好感度』が五段階のうち上から二番目の『好き』以上でないと、攻略対象が参加してくれない。
その代わり、攻略対象が参加してくれたなら、自由行動は一緒に行けると思っていいらしい。
まぁ、これはあくまで元の世界でユメがやってたゲームの中での話なのだけれど。
何はともあれ、修学旅行という特殊な状況は、相手との距離を急速に縮めるチャンス。
ユメと怜司がくっついて、ゲームをクリアして元の世界へと帰れるように、全力でサポートするだけだ。
修学旅行のグループ決めの日は明日なのだけれど、組むメンバーは決まっていたため、今日は俺の家で修学旅行の計画を立てることにした。
メンバーは俺と怜司、ユメ。それと最近ユメと仲良くなった女子の鈴木さんの四人。
話し合いの場を作ることで、少しでも好感度をあげようかと思っていたのだけれど。
俺の残念な幼馴染であるユメと、優等生で真面目な怜司の好みは全く違っていて、周るルートでお互いの主張がぶつかりあっていた。
「テーマパークではしゃぐことで深まる絆、美味しいモノを一緒に食べることで深まる愛情。つまり、ユメは楽しく遊びたいです!」
「大自然に触れて、学ぶ事がたくさんあるはずだ。大体修学旅行の字に、学という文字が入っているだろう。遊ぶためではなく、学ぶために行くんだ!」
力説するユメは珍しく真剣で、一方の怜司も譲らない。
怜司には今までしてこなかった遊ぶことで、見つかる何かがあると説き伏せ。
ユメは怜司の意見を取り入れたら、マカデミアンナッツをお土産に買ってやると懐柔した。
鈴木さんは周る場所はおまかせと興味なさそうだったので、怜司とユメどちらの案も取り入れつつ計画を組む。
「月島とは話が合いそうにないな」
「ユメもそう思う」
喧嘩というわけではないけれど、互いが違いすぎて共通点が見つからないと言った様子だった。
この調子で本当に怜司のルートが攻略できるんだろうか。
修学旅行の案を紙に書きながら、俺は不安を覚えていた。
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「相川、俺とグループ組んでくれない?」
修学旅行のグループ決めの時間。
すでにメンバーは決まっていたのでグループの申請をしようと思ったら、後ろの席の天ヶ崎王子に声をかけられた。
「天ヶ崎も修学旅行行くのか?」
お願いというように手を合わせられて驚く。
俺に声をかけてきたこの蜂蜜色の髪をしたイケメンは、天ヶ崎王子。
乙女ゲームの世界である『ドキドキ★エステリア学院』のメインの攻略対象で、実は一年生から同じクラスだったりする。
相川透哉という名前である俺は、名前順の席だと廊下側の一番前になることが多い。
それでいて次にくるのが天ヶ崎。
毎回後ろの席なので、結構仲がよかったりするのだ。
王子は芸能人なので、授業を休むことも多い。
その度にノートを取ってあげたりしているのだけれど、お礼に王子はいつも俺に好物のあんぱんや、ロケ先でのお土産をくれたりして。
体育の時間や英語の時間のペアになる時は、大抵俺は王子と一緒だった。
「なんだよ相川。俺が行くと思わなかったの? 芸能人だって修学旅行行きたいよ。学生のうちしかできないし」
ははっと爽やかに王子は笑ったけれど、別にそこに驚いたわけじゃなかった。
同学年の攻略対象は、主人公に対する好感度が『好き』以上ないと修学旅行に参加しないと聞いていたからだ。
しかし、ユメに対する王子の好感度がそこまであるとは思えない。
三年間同じクラスだったけれど、二人は全くと言っていいほどに接してなかった。
それに何より。
王子のシナリオで重要な『幼い頃の出会い』が、そもそもユメと王子の間には発生してないのだ。
王子ルートは、王子が幼い頃に出会った主人公に恋をして、高校生になって再会し。主人公が気づくのをずっと待っているという内容だ。
つまり、幼い頃から引きこもって王子に会ってすらいないユメは、王子ルート攻略不可というわけだ。
そのため、俺は入学当初から王子攻略を諦め、攻略対象ではなく普通にクラスメイトとして接していた。
なのに、これはどういう事なんだろうか。
『好感度』による修学旅行への参加は、ゲームの中だけの設定なのか……それとも、俺の知らない間に王子がユメと出会ってたのか。
後者の可能性は、かなり低いような気がするんだよな。
例えば、俺の知らない間に王子がユメと出会ったとして。
初恋にいたるような素敵な出会いを、ユメが演出できたとは思えない。
犬に追いかけられた先に王子がいて盾にしたとか、王子が落とした食べ物を拾い食いしたあげく介抱されたとか。
もしも出会ったとしても、そんな感じになるはずだ。
「……俺と同じグループは嫌?」
つい考え込んでいたせいで、王子は不安になったらしい。
しゅんとした様子で、そんな事を呟く。
「そんなことない。ただ、他のメンバーにも聞いてみないとな。ユメと怜司と鈴木さんが一緒だけどいいか?」
「うん! ありがと」
慌てて否定すれば、爽やかの見本みたいに王子は笑う。
皆に確認してから、王子の名前もグループの申請書に書き込むと、王子がほっとした顔になる。
「よかった。相川が入れてくれなかったらどうしようかと思ってた」
相当不安だったようで、かなり大げさな動作で胸を撫で下ろした。
「俺と同じグループにならなくても、天ヶ崎なら誰だって入れてくれると思うぞ」
王子は、学院でもテレビの向こうの性格そのまま。
女子から人気があるため、男子から遠巻きにされたりしそうだが、その社交的な性格で男子ともうまくやっている。
周りを見れば王子とグループになりたいのか、ちらちらとこちらの様子を窺っている女子たちが何人もいた。
「こういうのって、仲良しのヤツと楽しみたいだろ? 俺はお前のこと友達以上に思ってるけど……は、そうじゃないんだな」
いつもより低いトーンで、落ち込んでいるというより、静かに怒っているような声。
小声だったのに、妙に響いて。
驚いてそちらを見れば、王子の瞳に影が落ちているように見えた。
いつも明るくて爽やかな王子らしくない、暗く澱んだ雰囲気がそこにあるような気がして、背筋がぞくりとする。
「……天ヶ崎?」
「ん? どうかしたか?」
戸惑いから声をかければ、王子はいつも通り爽やかに笑いかけてくる。
さっきのは何だったんだろうと一瞬思ったけれど、爽やかな王子があんな表情をするわけない。
つまりは気のせいだったんだろう。
まだ寒気が納まらないまま、先生にグループメンバーの名前を書いた申請書を提出した。
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朝はあんなに晴れていたのに雨がざぁざぁと降っていて、止むまで待つしかないかなぁと考えていたら、後ろから竜馬が傘を差し出してきた。
傘に一緒にいれてもらって帰ることにする。
「おれ、修学旅行のおみやげは先輩とおそろいのキーフォルダーがいいな。先輩の家の鍵が付いてるやつ」
「いや、なんで俺の家の鍵をつけなきゃならないんだよ」
「同じキーフォルダーの合鍵って、なんだかよくない? 先輩と同棲してるって感じがする」
ふっと微笑んで竜馬がこっちを見てくる。
「同棲ってあのな。お前最近なんで毎日のように、勝手にベットに入り込んでくるんだよ。そんなに家に帰りたくない事情でもあるのか?」
前はこんなに頻繁じゃなかった。何か悩み事でもあるのかと思って尋ねれば、それなんだけどと竜馬は真面目な面持ちになる。
「先輩の家に、おれたち以外の誰かが侵入してる気がするんだ」
「……どういうことだ?」
俺の家の鍵は、庭の植木鉢の下に隠してあった。
竜馬によると、いつも植木鉢に鍵返すとき同じ角度にしてるらしいのだけれど、俺の家に誰もきてないはずなのに、ずれてることが今まで何度もあったらしい。
「気のせいじゃないか? 別に何も盗まれてないし、俺の家に忍び込んだところで何も得はないだろ」
まさかとおもってそういえば、竜馬は首を横に振る。
「逆だよ先輩。毎回モノが増えてる。朝食だったり、切らした食料品や日用品だったり。一度姿を見てやろうと思って、最近は張り込んでたんだ」
「たぶんそれ、俺の母親だと思うぞ」
「その可能性もあるんだけど、それならあの鍵を使うかな?」
指摘すれば竜馬はうーんと唸った。
納得してない様子だ。
「どっちにしろ、一目見れば安心できると思ったんだけどさ。先輩がベットに誘うから……毎回誘惑に勝てなくて。オレ人の気配に敏感だし、眠りも浅いから、眠ってても人が家に入ったら起きる自信があったんだ。でも、先輩の側だと安心して熟睡できちゃうみたいで」
参っちゃうよねといいながら、竜馬は少し嬉しそうだ。
目的が入れ替わっているような気がしないでもない。
「それにさあの朝食、どこかで作ってそのまま持ち込んでると思うんだ。スープの鍋は温かいのに、コンロ自体は熱を持ってなかったりするし。台所が綺麗すぎるよ。先輩は違和感があるなって思ったことはないの?」
ふいにすっと目を細めて、竜馬はまるで探偵みたいな事を言い出す。
その視線に心がざわついた。
「違和感なんてない。あれは母さんがやってるんだ。職場に調理場もあるみたいだから、そっちで作って持ってきてるんだろ。だからもう夜に通ってくるな」
口から出たのは拒絶の言葉。
竜馬の淡い色の瞳が、驚いたように見開かれていた。
「……先輩がそういうなら」
呟いた竜馬の瞳は、普段にない俺の反応に戸惑いながらも心配しているようで。
「俺用事思い出したから、ここで」
居心地が悪くなって、逃げるようにその場を去った。
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家までの道のりを走る。
息が続かなくなりそうなくらい、全力で走って家の中に駆け込んでドアを閉める。
「はぁ、はぁ……」
ドアに背をもたれるようにして、玄関に座り込むと、石で出来た床が冷たさを伝えてきた。
あの朝食を作っているのは、母さんじゃない。
竜馬につきつけられて俺は動揺していた。
本当は最初から気づいていたくせに、だ。
母さんの料理が美味しいなんて変だ。
台所が綺麗過ぎるのもおかしい。
何より俺の母さんは、仕事で疲れて帰ってきてまで、俺のためにわざわざ料理を作ってくれるような人ではなかった。
けどわざわざ、俺のために朝食を作ってくれるのは、母さんくらいしか思い当たらない。
俺のために、母さんが何かしてくれてると思いこみたかった。
幼い頃から元の世界の記憶を持っていた俺は、どうにも子供らしくない子で。
それもあって仕事人間の母さんは、手がかからないからと放置している傾向があって、それが内心嫌だった。
もしも本当に母さんが作ったと思ってるなら、本人に直接お礼を言うべきなのに、俺はそれをしていないのがいい証拠だ。
矛盾を指摘されたことよりも、それを見ないフリしてる弱さを誰かに知られたくなかった。
自分のことを慕ってくれている竜馬に、こんな情けないとこを見せて幻滅されるのが怖かった。
「元の世界にいたころから、何も変わってないな。俺は」
自嘲の呟きが、空っぽな家ではよく響く。
ただいまと言っても何も返事がこない家は、いつだって暗くて静かで。
父さんも母さんもそこにはいない。
いつも仕事ばかりでごめんねとすまなさそうな顔をするし、愛情はないわけじゃないと思う。
ただ俺よりも、仕事の方が大切なだけ。
元の世界の時から、そこだけは変わらない。
期待するだけ無駄だって過去に学んだはずなのに、気づけばすがっていた。
あの朝食は母さんが俺のために作ったもので、ちゃんと大切にされてる、忘れられていないと思い込みたかったのだ。
誰もいない家にいると、自分自身が必要とされてないような気がして、息が苦しくなる。
父さんも母さんも困らせたくはないし、嫌われたくはないから、何でも自分でできるようになった。
ひとりでなんだってできる。
だからひとりでも平気だ。
もう子供じゃないから、寂しいなんて言って、毛布を被って震えていたら格好悪い。
俺が弱いから独りが苦しいんだ。
だから強くならなきゃいけない。
そう思うのに体の振るえが止まってくれない。
こんな風になるのはとても久しぶりで。
最近はいつでも誰かが側にいてくれたから、それに慣れすぎてしまっていた。
「大丈夫、大丈夫、俺は一人でも大丈夫だから」
自分自身を腕で抱きしめ、言い聞かせるようにして唱える。
胸の中にできた空白が、内側から広がっていくようで怖い。
この空白に全て飲み込まれたら自分は消えてしまうんじゃないだろうか。
そうやっていたら、ふいにドアが開いて俺は背中から倒れた。
「何やってるのはるちゃん?」
「……ユメ」
見上げたユメは何故か泥だらけ。
何も悩みがなさそうな、幼馴染ののんきな顔を見た瞬間ほっとして、体のこわばりが解けていく。
「……どうして泥だらけなんだ?」
「車に泥水かけられそうになったから華麗に避けようとしたら、つまづいて水溜りにダイブしちゃったんだよ! 痛かったよう。はるちゃぁん、なぐさめて!」
尋ねればそんなことを言って、ぐしゃぐしゃの顔でユメが抱きついてくる。
「抱きつくな! 泥がつくだろうが! さっさと風呂に入れ!」
「はるちゃん冷たいっ。もっと労わってほしいよ!」
家を汚さないようユメを抱き上げて、風呂場へ連れて行く。
服を洗って、体を冷やさないよう温かい飲み物を入れてやって。
そうやっているうちに、さっきまでの心細い感覚はすっかり消えていた。




