16.王子1―添い寝と寝起きイベント―
本当は2、3話で納めたかったのですが、登場人物増えすぎて無理だと気づきました。長いですが楽しんでいただければ嬉しいです。
「……はる先輩、起きてください。朝練一緒に行きましょう?」
小さく誰かが耳元で囁いてくる。
まだ目覚ましはなってない。
昨日のうちに弁当の仕込みは済ませたし、まだ時間はあるはずだと寝返りを打つ。
まだ寝ていたかった。
ぎしっとベットが軋む音がして、顔に影がかかる。
「はる先輩、よく寝てますね。可愛い」
誰かが身を寄せてきて、微かな息が鼻先にかかった。
「起きないなら……少しくらい、いいですよね?」
熱を帯びた声。
おそるおそるといったようすで、何かが顔に近づいてくる気配がして。
ゆっくり目を開ければ、目と鼻の先に人の顔。
キリリとした眉が印象的な素直そうな少年。
爽やかなスポーツ少年といった顔立ちはどこか幼くて、少し熱に浮かされたような瞳と目が合う。
「!?」
「あっ、は、はる先輩。おはようございます」
飛び起きて、反射的に毛布を体に巻きつけ壁側に避難すれば、ヨシキは決まりが悪そうに少し赤い顔で挨拶してくる。
身の危険を感じるかのごとく、俺の心臓がバクバクと音を立てていた。
「はる先輩を朝練に誘いにきたんです」
「毎回部屋まで起こしにくることないだろ!」
俺の家の鍵は、庭の植木鉢の下に置いてある。
元々は、ユメやその妹が俺の買い物中、家に入って夕飯を待てるようにという配慮からの置き鍵なのだけれど。
今ではその場所を、仲のいいヨシキや竜馬に教えていた。
普通にチャイムを鳴らしてくれれば起きるというのに。
頼むから普通に起こしてくれと切実に願う。
ヨシキは同じバスケ部で、先輩先輩と俺を慕ってくる可愛い後輩なのだけれど、少々懐かれすぎている感は否めない。
「すいません。ところで……これはどういうことなんですかね?」
口先で謝ったヨシキは、なぜか俺の足元に視線を向けたまま顔を強張らせていた。
「? これって何のこと……」
ヨシキの視線の先に目を向ける。
俺の足にすがりつくようにして半裸の竜馬が寝ていた。
毛布がなくなって寒かったらしく、竜馬がけだるげな動作で身を起こす。
ウェーブがかった柔らかな髪がゆれて、妙な色気が漂っていた。
「……先輩。おはよう」
竜馬が寝ぼけ眼を擦りながら挨拶してくる。
「いやおはようじゃないだろ! なんで竜馬が俺のベットにいるんだ?」
「俺は帰るって言ったのに、昨日の夜ベットに引き込んだのは……先輩でしょ?」
「どっ、どういうことなんですかはる先輩! オレがいるのに一条なんかと!」
問い詰めれば竜馬が意味深に小首を傾げ、ヨシキが声を荒げた。
「お前また夜中から俺の家にきたのか」
ヨシキと同じ一年生の竜馬は、学院でも屈指のお金持ちである一条グループの子息で、甘い見た目をしているため女にもてる。
以前は見るたび違う女を側に置いていて、遊び人という印象で。
家を嫌っていて帰りたくない竜馬は、女の人の家に泊まる事が多かったのだけれど、俺と遊ぶようになってからやめたみたいだった。
それ自体は良い事だと思うのだけれど、家に帰りたくないとき、時折こうやって深夜に俺のベットに忍び込んでくる。
「……昨日の夜寝れなくて、どうしても先輩に会いたくなったんだ。寝顔見て満足して帰ろうとしたら先輩に引き止められた」
竜馬に言われて、ぼんやりと思い出す。
暗がりの中で竜馬が俺を見ていて。
声をかけたら、もう帰るからと言われた。
時計を見たら深夜三時で、さすがにこの時間に外を歩かせたら駄目だろと寝ぼけた頭で竜馬を毛布に引き入れた気がする。
てっきり夢だと思ってたんだが、どうやら現実だったらしい。
「いや、眠れないからって何で毎回俺の家にくるんだ」
「今までは寂しくなったら女の子の家に行って添い寝して貰ってたんだけどね。女の子と肌を合わせて寝るよりも、先輩に手を握ってもらって眠る方が幸せって気づいちゃったんだ。もうおれ、先輩じゃないと満足できない体にされちゃってたみたい……責任とって?」
つっこめば、竜馬がそんなことをしれっと言ってくる。
自分自身の変化を楽しんでいるかのような響きがあるその声は嬉しそうで。
まるで好意をそのままさらけ出す、純粋な子供みたいだ。
――まぁ、女の子と不誠実な付き合い方されるよりましか。
怒ってたはずなのに毒気を抜かれてしまう。
目の前ではヨシキが竜馬につっかかり、言い合いをはじめていた。
「いかがわしい言い方やめてください! はる先輩のベットにもぐりこむなんて、何考えてるんですかあんたは! ありえないです!」
「そっちこそ、もう先輩は引退だから部活行く必要もないのに、何で毎回朝練に誘ってくるわけ? ありえないんだけど」
ヨシキと竜馬は毎度のごとくこんな感じだ。
しかし、そもそもだ。
人のベットにもぐりこんだり、朝起こしにきたり。
それは男である俺じゃなくて、乙女ゲームの主人公であるユメにするべきだろと声を大にして二人に言いたい。
ここは乙女ゲーム『ドキドキ★エステリア学院』の世界。
高校の三年間を過ごし、攻略対象を恋に落とせばクリア。
気がついたら俺は、主人公のサポートキャラという役どころでこの世界に生を受けていた。
元の世界からの幼馴染で、このゲームの主人公であるユメに、さっさとゲームをユメにクリアしてもらって元の世界に帰る。
そう決意して過ごして現在二年生の六月。
この後輩二人組みはその攻略対象だったりするのだけど、何故かユメよりも俺に懐いてしまっていた。
攻略対象が添い寝したり、家に起こしにきてくれるというのは、乙女として恥ずかしくも美味しいイベントなんじゃないかと思う。
けどだ。
サポートキャラで男の俺にそんなサービスされても、全く無意味なんだよ!
もう一度眠る気にもなれなくて、諦めてリビングに行けば、すでに朝食が用意されていた。
隣の家でまだ爆睡してるであろうユメと、その妹の分までちゃんとある。
「もしかして朝食作ってくれたのか?」
「オレが来たときには用意されてましたよ」
尋ねれば、ヨシキが答える。
「じゃあ母さんが作ったんだな」
この世界での俺の両親も、元の世界と同じく仕事人間で。
家にいないことがほとんどで、たまに帰ってきても深夜に帰ってきては、お昼すぎくらいまで寝ていた。
けど、昔より仕事に余裕ができたのか、俺が高校生になったあたりから、母さんは時々こうやって朝食を作ってくれるようになっていて。
テーブルには彩り豊かなサラダや、ヨーグルトにベーグル。
コンロには温かいスープが鍋ごと置かれていた。
「朝ごはんまだだろ? 二人の分は俺がつくるから、ユメ起こしてきてくれないか。鍵そこにあるから」
「……先輩当たり前のように言うけど、お隣さんの家の鍵を預かるってなかなかないよね。しかも一応ユメちゃん年頃の女の子なのに」
寝起きイベントは、俺ではなく本来ユメに必要だ。
そういう目論見もあってお願いすれば、竜馬がそんな事を言ってきた。
「竜馬……お前ちゃんとユメを女の子扱いしてくれるんだな!」
あんなに情けないところばかり見せてるのに、ユメですら女の子としてみてくれるなんて、さすが竜馬だ。
女の子とたくさん付き合っていただけはある。
これは少しくらい期待してもいいんだろうか。
「先輩、そこは驚くところなの? まぁいいけど」
感心していたら、困惑気味に竜馬は呟く。
それから、ヨシキを連れてユメの家へと出かけて行った。
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「はる先輩……連れてきました」
息も絶え絶えにそう言って、ヨシキが雑な動作で床に毛布巻きを放る。
わりと重そうな音がして、それは床に転がった。
ごろごろと毛布に巻かれて転がされてるにも関わらず、ユメは全く起きる気配がない。
「はるちゃん駄目だよぅ! へへっ」
目を閉じながら、幸せそうに頬を緩めるユメ。
一体どんな夢を見ているのか知らないが、妙に腹立つ感じの笑い方だった。
「ごめん先輩。起こすのは無理だった。毛布はがしてもすぐに取り返しちゃうというか、離れない」
げんなりとした様子で竜馬がそんなことを言ってくる。
やっぱり起きなかったか。
想定内のことだったので、そのまま椅子に座らせる。
「ほらユメご飯だぞ~」
俺がそう口にするとユメの眉がピクリと動き、目が開く。
「……」
ばっと毛布を放ると、ユメはまるで機械のような動作で朝食を食べ始めた。
その目は何も映していないかのように虚ろなのに、ちゃんと朝食は捉えていて、的確にフォークで獲物を刺して口へと運んでいく。
「月島先輩……もしかして寝たまま食べてます?」
ヨシキがありえないというように呟く。
その横で竜馬もあぜんとしていた。
二人の反応を見て、これ攻略対象に見せちゃいけない姿だったんじゃないかと気づく。
食い意地の張っているユメは寝ながらでもご飯が食べられる。
元の世界にいた頃からの光景だったので、ついその辺りの配慮を忘れていた。
まぁ今更だしいいかと思い直し、その間にユメの髪をとかしたり、身支度を整えてやる。
二人はそんな光景を、残念なものでも見るかのような微妙な顔で見守っていた。




