15.魔王様の憂鬱【真央視点・後編】
三年生最初のテストで、はるは一位になったらしい。
俺様のおかげだとお礼の電話がきた。
「そんなのははるの実力だよ」
お世辞でもなく、そう返す。
はるは自分のことを過小評価している傾向があるが、実はかなりスペックが高い。
教えたことはちゃんと覚えるし、自分で考えて応用することも得意だ。何より素直で吸収力がある。
トラブル体質のユメと一緒にいることが多かったせいか、機転がかなりきくし、懐も深い。
それでいて料理の腕前は素晴らしいし、家事も完璧。
女だったら強引な手段を使ってでも嫁にしているところだ。
まぁそれはおいといて、はるに言わせれば『御堂怜司』攻略はいい感じに進んでいるとの事だった。
この世界である『ドキドキ★エステリア学院』という恋愛シミュレーションゲームにおいて、同学年の攻略対象は、主人公に対する好感度が好き以上ないと修学旅行に参加してくれないらしい。
怜司は修学旅行に参加した上、はると親友になりたいと言ってきたようだった。
『好感度が好き以上あるわりには、主人公のはずのユメへの態度が冷たい気はするんだけどさ』
ははっと電話の向こうではるは笑う。
そりゃそうだ。
怜司が惹かれているのは、乙女ゲーム版の主人公である『ユメ』じゃなくて、BL版の主人公の『はる』なんだからな。
知らないこととは言え、はるは自覚がなさすぎる。
しかも怜司と同じ部屋になったらしい。
……なんか面白くないな。
はるは慕われることに弱いというか、一度懐かれると放って置けない性質だ。
親友と怜司に言われて喜んでいるようだった。
『それとさ、真央兄聞いてくれ。修学旅行の班、天ヶ崎王子も行くみたいでさ。一緒の班になったんだよ』
「あれ? 好感度が好き以上ないと攻略対象は修学旅行に来ないんじゃなかったっけ?」
先ほど言ったことを覆すようなはるの言葉に、思わず疑問を返す。
天ヶ崎王子――通称王子。
彼もまたこのゲームの攻略対象の一人で、しかもゲーム内ではメインを張るキャラクターだ。
王子というふざけた名前は本名で、端正な顔立ちは名前負けしていない。
母親が西洋人らしく、蜂蜜色の綺麗な髪をしている。
芸能人で時々しか学院にはやってこないが、そのたびに女共がうるさい。
王子のシナリオは、幼い頃の彼に出会っていることが前提の条件だと聞いている。
初恋の相手である主人公を、王子は高校生になってからも覚えていて。
けど主人公が覚えてなくて言い出せずに……みたいな内容だった。
『そこなんだよ。ユメは昔から引きこもってたから、幼い頃王子に出会うイベントがそもそも発生してないはずなんだ。三年間同じクラスだけど接点だってまるでないし……本来のゲームと少し違ってきてるのかな?』
はるが不安そうな声を漏らす。
これがただのイレギュラーだとすると、怜司が修学旅行に行くことによって裏づけされるはずの『好感度』も、根拠が薄れてしまう。
そういう思いがはるにはあるようだった。
「……はるは、幼い頃どこかで王子に会ったりしてないよね?」
『俺? ユメに会わせようと思って探してた事もあったけど、結局出会わなかったって前にも言わなかったっけ』
「うん、そうだよね」
実はこれをはるに確認するのは、今回が初めてじゃなかった。
実は王子、ユメやはると三年間同じクラスだったりするのだが。
はるが一年生の時から、王子は俺様がはるといるたびに視線を送ってきていた。
その時は変に思っただけだったけれど、この世界がBLゲームでもあると気付いてから、念のためにはるに一度確認していたのだ。
現在、はるに好意を寄せている攻略対象は『沢渡ヨシキ』『一条竜馬』『御堂怜司』の三人。
奴らよりは俺様の方が優れているし、奴らははるに後輩、もしくは友達にしか見られていない。
俺様の方がどうみたってはるの信頼を勝ち得ているから、つまりは放っておいても問題はない。
ただ王子だけは、どうにもマズイ気がしていた。
この『ドキドキ★エステリア学院』というゲームのメインを張るというだけあって、かなりのオーラがある。
元生徒会長で才色兼備な俺様と、唯一ためを張れるくらいの人気を学院内で持っていた。
なによりはると王子は、三年間席が近かったせいで結構仲がいいのだ。
王子が出れなかった授業のノートをはるがとり、そのお礼としてよくロケ先のお土産を貰ったりしている。
はると王子の間に『幼い頃の出会い』はない。
それなら、王子がはるに惚れるなんてこともないだろう。
そうは思っているのだけれど、やっぱり少し不安が残る。
ふいに、この間『御堂怜司』について秘書の鈴木が報告してきた際、気になることを言っていたのを思い出す。
鈴木には妹がいて、現在はるとユメのクラスメイトだったりするのだが。
彼女が言うには、天ヶ崎王子のはるを見る目が、最近特に怪しいらしい。
はると修学旅行で同じ班になりたいと自分からお願いした上、はるが他の男子と仲良くしていると嫉妬のような目を向けているのだとか。
ただこの情報、あまり信憑性はなかった。
何故なら鈴木の妹は、男を見る目がかなり偏っていたからだ。
彼女は男同士の恋愛をこよなく愛する、腐女子という存在だった。
何が楽しいのか、彼女には周りの男共を脳内でくっつけて悦に浸る性癖があり。
以前俺様とはるがいかがわしいことをしているマンガや小説を、わざとではないにしろ校内に放った経歴を持っている。
あれは、はるが入学したばかりの頃。
今まではるは公立の中学校で、高校生になってからこの私立エステリア学院に入学してきた。
学年は違えど、同じ学院内にはるがいるのが妙に嬉しくて。
この俺様にしては珍しく、自制を忘れてつい構いすぎた。
仲良くしている様子が、どうやら彼女の琴線に触れてしまったらしい。
最初出回ってるマンガを見た時、さすがの俺様も固まった。
はるの目に触れる前に見たヤツ全員に口封じをし、厳重に注意をした事は未だに記憶に新しい。
もちろんマンガと小説は一冊残らず回収し、誰の目にも触れない場所で保管している。
まぁそれはいいとしてだ。
名前の都合上、大抵相川姓は教室の廊下側、一番前の席になる。
それでいて同じ『あ』から始まる天ヶ崎姓の王子は、はるのすぐ後ろ。
ここ最近、王子ははるの後姿をせつない瞳でずっと見続けているらしい。
それでいて、わざとモノを落としてはるに拾ってもらい会話のきっかけを作ろうとするのだとか。
加えて、鈴木の妹がはるの写真を隠し撮りするたびに、王子が密かに映りこんでいるとのことだった。
写真は後で残らず没収するとしてだ。
仕事疲れからぼーっと前の席のはるを見てただけだろと、正直聞き流していたのだが。
もしかしたら、何かあるのかもしれない。
そんな事を少しだけ思った。
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はるが修学旅行に行く二日前のこと。
鈴木から突然の電話が入った。
内容は、怜司が人前ではるに告白をしたという話だった。
しかも同じ部屋で眠りたいなどと際どい発言をしていて、最終的にははるもそれを受け入れたという。
――鈴木の妹め。
俺様とはるが絡むマンガだけじゃ飽き足らず、今度ははると怜司で変な噂でも流しているのか。
そう思って、すぐに他の後輩たちに事実を確認した。
ただの根も葉もない噂だと思っていたのに、実際に目撃した者も多く、内容はそれぞれで微妙に異なっていた。
これは直接はるに確認した方がいいな。
そう思って、大学の講義が終わってすぐにはるの家に向かう。
「ん?」
はるの家の前に、誰かが立っていた。
エステリア学院の高等部の制服を着た、長身の男子生徒。
ポストのあたりで立ち止まって、はるの部屋がある位置をじっと見ている。
声をかけようとした瞬間、男子生徒が俺様に気づいた。
彼がこちらを向いた瞬間、蜂蜜のような色をした髪がさらりと揺れる。
この俺様がうっかり見とれそうになるほどの端正な顔立ちをした男がそこにいた。
「天ヶ崎、王子?」
「……」
驚いて名前を口にすれば、王子は無言で眉をひそめる。
そこにテレビや学院で見る爽やかさは微塵もなく、不機嫌な態度を隠そうともしなかった。
「ちょっと待って。はるに何か用だったんじゃないの?」
「別に。ちょっと通りかかっただけ」
声をかければ、王子は煩わしそうな顔をして去って行った。
何なんだ一体。
そう思いながら、ふとポストに何かが挟まっていることに気づく。
桃色の便箋は、はるの本名である『相川透哉』宛てではなく、はるの元の世界での名前である『春斗』宛てになっていた。
裏返せば、『ゆきより』と可愛らしい文体で書かれている。
……ゆきって誰だ。いやそもそも、はるに女から手紙?
しかも、なんではるの元の世界での名前を知ってる?
はるは男だけでなく女にもモテる。
ただ、ユメというコブが付いているため告白してくる女子は少ないし、はる自身が鈍感なので好意に気づかない。
まぁ俺様がはるに色目を使う女を排除してるというのも、少しはあるのだけれど。
考えても思い当たるような女がいなくて、混乱する。
「あれ、真央兄。どうしたんだ?」
買い物に行こうとしていたのかはるがでてきたので、何食わぬ顔で手紙を渡す。
するとはるは差出人を見て、目を見開いた。
「知り合いなの?」
「あぁ、文通友達なんだ! 三年くらい手紙送っても返ってきてさ。何も言わずに引っ越したのかなって思ってたんだけど、ちゃんと俺のこと覚えててくれたんだ!」
尋ねれば物凄く嬉しそうに、はるは語る。
その口調は興奮しているようで、早く中を読みたくてしかたないと言った様子だった。
「どんなことが書いてあるのか、読んでみたら? 僕もちょっと気になるし」
「そうだな!」
早速はるが便箋を丁寧に開けて、中を取り出す。
読んでいるはるの顔を観察していたけれど、そこにははるを喜ばせるような内容が書かれていたようだ。
目がキラキラと輝いていた。
「何かいい事が書いてあったんだ?」
「ゆきのやつ、実はエステリア学院にいたみたいなんだ! 俺に気づいてたけど、忘れられてたら怖くてずっと黙ってたみたいでさ。許してくれるなら、修学旅行の時に会って話がしたいって!」
俺様の言葉に、拳を握り締めてはるは口にする。
嬉しくて嬉しくてしかたないと言った様子だった。
「……文通友達がいるなんて知らなかったよ。はるはそのゆきって子といつ知り合ったの?」
「小学校二年生の時に、昔住んでた家を探してこの街にやって来たゆきと知り合ったんだ」
はるによれば、ゆきは蜂蜜色の髪をしたお姫様のような可愛い女の子らしい。
公園で泣いているところに出くわし声をかけたら、昔住んでいた家を探してこの街まで一人できたようだった。
ゆきの両親は突然いなくなってしまったらしく、きっと家に帰れば両親がいるはずだとゆきは言っていた。
当時のはるはこの『ドキドキ★エステリア学院』の世界を強く拒絶していて。
元の世界に帰りたいとばかり願っていた。
だから、家に帰りたいというゆきに強く共感して、休みの日のたびに一緒に探し歩いたらしい。
どうにかして辿りついた彼女の家は、もう取り壊されて空き地になっていて。
家族がいないと泣く彼女に、はるは「俺が家族になってやる」などと口にしたようだった。
「あれよく考えたら、この世界での俺の初恋だったのかも。きっとゆきは美人になってるだろうな」
ふっと思いを馳せるような顔を、はるはしたけれど。
……まさかとは思うが、その『ゆき』っていうのは王子じゃないよな?
蜂蜜色の髪なんて、滅多にあるモノじゃない。
それでいてはるの語る話は、王子との幼い頃のイベントにちょっと似ている気がした。
加えてはるの持つ便箋に、消印はない。
つまり直接このポストに入れられたということ。
さっきまで王子がポストの前に立っていたのは――偶然だろうか。
嫌な予感がした。
怜司の告白の件もあるし、このままはるを修学旅行に行かせると、取り返しの付かないことになるんじゃないか。
そんな思いが胸に過ぎった。
3/2誤字修正しました。




