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11.優等生くんと友達大作戦【中編】

 夕飯にハンバーグを振舞ったところ、御堂みどうは気に入ってくれたようだった。食が細そうに見えるのに、多めに作ってあった分までぺろりと平らげてくれる。

相川あいかわは料理上手なんだな。とても美味しかった」

 そんなお褒めの言葉までもらった。


 食べ終えて後は、ゲームをしようとするユメを説得し、リビングで勉強する事にする。

 三分くらいはじっとしていたユメだったが、飽きたのか体が横揺れしはじめた。

「おいユメ、真剣にやれ。ほら、ちゃんと教科書の問題を読むんだ」

「うーだってわかんないもん」

 叱るとユメが唇を尖らせる。


「この問題は以前のテスト範囲の知識で解けるはずだ。ライバルに勉強法を見せる気はないという事か」

 これではユメが馬鹿だと気づかれてしまう。焦った俺だったけれど、勝手に御堂は深読みしてくれたみたいだった。

 ほっとしていたら、横でユメが寝だす。

 教科書の文字が目に入ったことで、反射的に眠気が襲ってきたらしい。


「まさか……睡眠学習!」

「いや違うから」

 衝撃を受けた顔をした御堂につっこむ。

 どこまでも真面目らしい御堂は、先ほどからユメの一挙一動に振り回されっぱなしだ。

 特に意味のない行動までメモする姿は、少し可哀想ですらある。

 今日はこれくらいにしようと告げたら、まだ一時間も勉強してないのにという顔をされたけれど、無理やり帰らせた。

 このままユメに付き合わせる事こそ、時間の無駄だ。



「それでユメ。御堂ってどんなヤツでどんなシナリオなんだ?」

 御堂を帰して後、ユメを無理やり叩き起こして話を聞きだす。

 帰りに買ったケーキを与えれば、ユメはご機嫌な様子で語りだした。


 御堂みどう怜司れいじ。学年一の優等生。

 彼は一位であることにこだわっていて、自分を差し置いて一位になった主人公に突っかかってくるところからストーリーが始まる。

 常に勉強をしている自分が負けるわけがないと、主人公に纏わりつくようになった御堂。

 一緒に勉強していくうちに彼の孤独に気づき、彼に勉強だけが全てでない事を主人公は教えていく。ヒロインが彼に友達と新しい世界を教えてあげることで、愛が育まれていく。それが彼のシナリオのようだ。


「つまりは、御堂に遊びを教えて、友達を作ってやればいいってことか」

「うん大体そんな感じ。本当は友達が欲しいなって思ってるんだよ御堂くんは」

 うんうんとユメは頷く。

 条件は思ったよりも簡単そうだ。これでもう一度ユメがテストで一位をとることがクリア条件とか言われたらどうしようかと思っていたので、ほっとする。


「ところで、どうして御堂は一位であることにこだわってるんだ?」

「そこは覚えてないんだよね。ただ、三年の時に御堂くんの大きなイベントがあってそれを乗り越えたら、ツンツンだったのに、いきなりデレデレになるんだよ。プレイヤーの間では、チョロインとかツンデレが足りないって言われてるね」

 わざわざ勉強するという御堂の行為に、ユメは全く興味が持てなかったんだろう。その辺りをさっぱり忘れているようだった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「おはよう、御堂」

「あぁ……おはよう相川」

 次の日から、御堂に友達を作ろう大作戦を決行する事にした。挨拶をすれば御堂は少し驚いた様子だったが、挨拶を返してくれる。


 友達を作ればいいのなら、話は簡単。

 俺が御堂の友達になればいい。

 そう考えた俺は、頻繁に声をかけることにした。

 英語や体育の時間にペアを組むときは必ず誘い、何かあるたびに話しかけるようにしていたら、御堂の態度は軟化してきた。


 移動教室の時になると、すすっと自分から俺の所へやってくる。前までは誘われてから俺の元に来ていたのに、ちょっとした変化が嬉しい。

「相川、次体育だろ。一緒に行こうぜ!」

 割りと仲のよいクラスメイトが声をかけてきて、びくりと御堂が身を竦めた。

「あぁ悪い、御堂と一緒に行くから」

「そっか。じゃあ先行ってるな!」

 断ると彼らはあっさりと教室を出て行く。


「よかったのか? 一緒にいかなくて」

 眉を寄せてそんなことを御堂が言う。

 一見不機嫌そうな御堂だけれど、これは困惑したときの表情なのだとなんとなくわかるようになっていた。

 御堂は基本無愛想だ。

 けれど、何かあると眉をよせて人を睨むような顔になる。

 その事に俺は気づいていた。


「俺は御堂と一緒に行くつもりだったんだけど、迷惑だったか?」

「そんなことはない! ただ、ぼくがいることで相川が迷惑だったんじゃないかと思っただけだ……」

 消え入るような声で、ぼそぼそと御堂は呟く。


「なんで迷惑だと思うんだ?」

「ぼくと一緒だと……他の人と一緒にいれないだろう。自分がつまらない人間であることくらい自覚してるんだ。ぼくに気を使わず、他の人と一緒に行動してくれて構わない」

 問いに対して、御堂が見せたのは寂しそうな横顔だった。

 言葉こそあっちへ行けと促しているけれど、その声にはいかないでと俺を引き止める響きがある。

 本人はきっと気づいてないのだろうけれど。


「俺が御堂と一緒に行きたいんだ。駄目か?」

「いや、相川がそうなら……構わないが」

 問いかけてみれば、視線を逸らした御堂の耳が少し赤くなる。どうやら少し照れているようだ。こういう反応は『俺』が必要とされているみたいで嬉しくなる。


「それにさ、御堂がつまらないって事はないと思うぞ。あまり喋った事がなかったから気づかなかったけど、結構面白いし」

「ぼくが……面白い?」

 俺の評価に対して、御堂が首を傾げる。


「あぁ。適当な冗談でも真面目に返してくるし、からかいがいがあるって竜馬たつまも褒めてたぞ」

 お昼のカフェテリアに御堂も誘うようになってから、二週間。

 最初はぎこちない御堂だったけれど、竜馬やヨシキとも少しずつではあるが喋るようになっていた。


 御堂は勉強の事については詳しいが、一般常識については疎いところがあり、それをネタに竜馬に玩具にされているフシがある。

 この前も嘘の知識を竜馬に吹き込まれたのに、それくらい知っていると見得を切っていた。


「そうだ今日は竜馬が皆でボーリング行こうってさ。一緒に来るだろ?」

 体育館へ向かう道を歩きながら、忘れる前にと竜馬からの伝言を伝える。

「ぼーりんぐ……しかし、勉強はいつするんだ」

「これも必要なことなんだよ。それに、御堂と仲良くなりたいし」

 にっこりと笑いかければ、大きく御堂は目を見開く。


「ぼくと……仲良く?」

「駄目か?」

 俺の提案に御堂は驚いたようだった。

「だ、駄目だとはいってないだろう。まぁいい。たまにはクラスメイトと交友を深めるのも必要かもしれないしな」

 そういってふいっと御堂は俺から顔を背けた。

 また耳が赤い。

 どんな顔をしてるのかと思って、回りこんで覗き込む。


「なんだ……こっちを見るな」

 口元を手で覆った御堂の顔は、困り顔だったけれど紅くて。

 特別なものを見たような気分になる。

 思ったよりもわかりやすくて、面白いヤツだと思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「ピンを倒す角度、力量。計算上では完璧だったはずなんだ……」

「御堂先輩は力みすぎなんだよ」

 皆で遊んで後、思い悩んでいる様子の御堂に竜馬が笑う。

 ボーリング初体験だったらしい御堂は、連続でガーターを出して、それが未だに納得いかないようだった。


「大丈夫ですよ御堂先輩。下には下がいますから」

「むぅ、沢渡くんユメの事言ってる?」

 ヨシキに対してユメがむっとほっぺを膨らませる。

 ユメはガーターどころか、うっかりボールごと自分の体をレーンにつっこんだりと、運動おんちっぷりを惜しげもなく披露していた。


「あれと比べられるレベルなのか……」

「うわっ、御堂くん本気で落ち込んでる。その反応傷つくよ!」

 溜息をついた御堂にユメがつっこみ、皆で笑う。

 にぎやかにわいわいと家路に着くのは楽しい。

 そう思っているのは俺だけじゃないんだろう。

 ユメや竜馬、ヨシキだけでなく御堂の顔にもほんのりと笑みがあった。


「御堂ってさ、そんな風に笑ったりするんだな。いつもそうしてればいいのに」

「……なっ、相川はいきなり何をいいだすんだ。別にぼくは楽しんでなどいない。ただこれも勉強に必要だと月島が言うから付き合っているだけだ」

 さっと表情をかくすように、御堂は眼鏡の位置を直す。

「そっか、御堂は楽しくなかったのか……俺は楽しかったのにな」

「な、何故落ち込む。ぼくが楽しかったかどうかなんて、相川たちには関係ないだろう」

 わざと沈んだ声を出せば、御堂はオロオロとしだす。

 その様子がちょっと面白かった。


「関係ない……か。あんなに笑い合ってたのに、全部演技だったんだね。おれたちよりも勉強の方が御堂先輩は大切なんだ」

 俺に乗っかって、竜馬も悲しげな声を出す。

 竜馬のしぐさには真に迫るものがあって、見るものにせつなさを感じさせた。きっと女だったら、竜馬は小悪魔というヤツだったんだろうなと、頭の隅で思う。


「違っ、楽しくなかったわけじゃないし、演技でもない。だから泣きそうな声を出すな!」

「じゃあ、おれたちといて楽しかった?」

 うろたえる御堂に対して、竜馬が上目遣いで問いかける。

「……楽しかった」

 ぐっと息を詰まらせてから悔しそうに御堂は、小さく頷いた。

 ふてくされたような顔は、照れ隠しなんだろう。その証拠に耳がほんのり染まっていて。

 それを見たら、なんだか微笑ましい気分になって、つい噴出してしまった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 遊んだり、ご飯を食べたり、皆でまったりと過ごしているうちに時間は過ぎて。

 三年生最初のテストが、すぐそこに近づいてきていた。

「いいかげん、魔王式スパルタ勉強法とやらを教えて貰おうか」

 さすがの御堂も焦りだしたんだろう。

 ねちねちと問い詰められて、今更そんなものないですと言えず、俺は従兄弟の真央まおにぃに助けを求めることにした。

 

『そんなことになってるんだね。はるの頼みだし、もちろん協力するよ』

 電話で事情を説明したら、真央兄は快諾してくれた。

 さすが真央兄、頼りになる。

 一つ年上の従兄弟である真央兄は、元の世界での俺の事情を理解してくれる唯一の協力者だ。


 元生徒会長で、人望も厚く、成績優秀で文武両道。

 実はこの乙女ゲームの攻略対象でもあるのだけれど、ユメには勿体無さ過ぎる人だ。

 土曜になって俺の家に来た真央兄は、久しぶりだねと俺の頭を撫でてくれた。

 もう子供じゃないんだしと思うけれどそれが嫌じゃないのは、真央兄だからという一言に尽きる。



「あ、相川会長?」

 約束の時間に俺の家を訪れた御堂は、リビングで真央兄の姿を見つけて目を白黒させた。

「君が御堂くんだね。実はユメに勉強法を教えたのは僕なんだ。今日はよろしくね」

 テーブルに座っていた真央兄が立ち上がって微笑みかければ、ほぉと見惚れたように御堂は固まる。

 その優しげな笑みは、男女問わず人を引き付ける。本人にはたぶん自覚がないんだろうけれど、これで虜になった人がどれくらいいることか。

 御堂もその例に漏れないようだった。


 我に返った御堂は挨拶もそこそこに、俺の手を引いてリビングから離れた。

「なんで相川会長がここにいるんだ」

「いやだって俺の従兄弟だし。それにユメの従兄弟でもあるんだ。俺の父さんの兄と、ユメの母さんの妹の子供なんだよ」

 問い詰めてきた御堂は、その事を全く知らなかったらしい。

 結構有名な事だと思っていたので、わざわざ言うこともないかと思っていた。


 真央兄、過保護だったからなぁ……。

 この乙女ゲームのスタートは、ユメと俺が高校生になってから。

 それを知っていた真央兄は、心配して一年生の頃は毎日のように教室に来てくれた。生徒会長でもある忙しい身なのにだ。

 おかげで俺とユメはちょっとした有名人だったのだけれど、違うクラスだった御堂は知らなかったようだ。


「そういえば相川と会長は同じ苗字だ……何故今まで気づかなかったんだろう。いやしかし、憧れの会長に勉強を教えてもらうなんて。どど、どうすればいいんだ。緊張して勉強どころではないぞ」

 御堂はオロオロとして、ぶつぶつ呟いている。

 どうやら御堂は真央兄に対して、尊敬の念を抱いているらしい。


「二人ともどうしたの? 時間がもったいないし、早速勉強始めようよ」

「は、はいっ! 今日はよろしくお願いします。相川会長!」

 背後から真央兄に呼びかけられて振り返った御堂は、深々とお辞儀した。これは相当に上がってしまっているようだ。

 その様子を見て、真央兄がくすっと笑う。


「僕はもう卒業したし、会長じゃないよ。呼び捨てていいから、ね?」

「いやしかしそうすると……相川と被ってしまいます」

 すっと真央兄が御堂との距離を詰める。御堂は真央兄から目を逸らす。かなり困惑した様子だ。


「なら名前で呼べばいいよ。僕は真央まおで、はるの事は透哉とうやって呼んだらいい」

「そそんな恐れ多い!」

「でもややこしいでしょ? 僕からのお願い、聞いてもらえないかな?」

 にっこりと笑う真央兄に、御堂は逆らえないようで、結局わかりましたと頷く。

 さすが真央兄、すでに御堂の主導権を握ってしまっている。目が合うと、真央兄は俺にウィンクを寄越してきた。


「それでは真央先輩……とお呼びしてもいいですか」

「うん。僕も御堂くんの事、怜司れいじって呼んでもいいよね」

「名前まで知っていてくれたんですか!」

 御堂は感激している。

 常に学年1位で生徒会長も立派に勤め上げ、皆に慕われている真央兄の事を、御堂は理想の存在として見ているようだ。


「あー俺の方は透哉って呼ばれるのは慣れないから、はるって呼んでくれ。あだ名なんだ」

 この世界での名前である透哉という名前がどうしても馴染まなくて、そんな事を言えば、真央兄の目にすっと冷ややかな光が宿った気がした。


「真央兄?」

「ん? どうかした?」

 声をかければ、そこにいたのはいつもの真央兄だった。さっきのあれは気のせいだったのかもしれない。

「いきなりあだ名で呼び捨てっていうのは、難易度が高いと思うよ。そういうのはやっぱり、僕とはるくらい仲良くなってからじゃないと」

 妙に後半を強調して真央兄はそんな事を言う。


「そっか、じゃあ俺はとりあえずそのままでいいや」

 真央兄の呼び方変えるなら区別はできる。

 そろそろ勉強しようかという話になり、リビングへ行ったらユメの姿がなかった。

 庭へと続く窓が少し開いていて、いつも置いているサンダルがない。

 

「ユメちゃんったら、逃げたみたいだね。ここに書置きがあるよ」

 真央兄の手には、ユメの数学のノート。

『探さないで下さい。皆の勉強が終わった頃には帰ります。夕飯はちゃんと残して置いてください。ユメ』

 書置きに夕飯は必要だと書かれているところがユメらしい。

 勉強が嫌いなのもそうなのだけれど、ユメは真央兄が苦手らしく、昔から隙を見ては逃げ出すのだ。


「慌てて出ていったみたいだし、心配だなぁ。道に迷って帰ってこられない……なんて事にならないといいけど」

 そう言って真央兄は、ユメに電話をかけるために廊下へと移動する。

 何故ユメが真央兄が苦手なのか、それだけがよくわからないんだよな。こんなに真央兄は優しいし、ユメの事を気遣ってくれてるのに。


「どうだった真央兄」

「僕の家の使用人をユメちゃんに付けておいたよ。無理やり勉強させるのも可哀想だし、今日はユメちゃんをそっとしといてあげよう?」

 尋ねた俺に真央兄はそんな事を言う。

 本当真央兄はユメに甘いなと思いながら、その日は三人で勉強をする事になった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 案の定ユメは迷子になったらしく、真央兄の家に保護されたらしい。可哀想だから、日曜も勉強会はお休みさせようと真央兄が提案してきた。

「それに、ユメちゃんがいると勉強するのが難しいと思うんだ。これで怜司くんの成績が下がったら、好感度も下がっちゃう可能性があるでしょ?」

 確かに真央兄が言う通りだと納得する。

 普通好感度を上げるためには、接触が大切だ。なのに逆の行為が本人のためになるなんて、乙女ゲームの主人公としてどうなんだろう。

 まぁユメだから、の一言で終わる話ではあるのだけれど。


 今日は三人なので、俺の部屋で勉強する事にした。

 それにしても真央兄は教え方が上手い。

 要点を絞った説明はわかりやすいし、考え方を導いて、答えを出すまで待っていてくれる。

 ユメがいるとそっちに気を取られてしまうので、正直こんなに集中して勉強ができたのは久しぶりだった。



「さすが真央先輩だな。これならあの月島が一位を取れた理由もわかる気がする」

 休憩中、真央兄が席を外した時、御堂はそんな事を口にした。

「ところでさ、怜司はどうして一位にこだわるんだ?」

 ずっと気になっていた事を尋ねてみたら、御堂は顔をしかめた。

「悪い、聞いちゃいけない事だったか?」

「……いや、相川に名前で呼ばれると思ってなかったから驚いただけだ。かまわない」

 そっちか。どうやら照れていただけのようだ。


 ぽつぽつと御堂――もとい怜司は、自分の身の上を話して聞かせてくれた。

 医者夫婦の一人息子として生まれた怜司は、親から完璧を求められてきた。

 一位をとるのが当然と言われて育ってきたらしい。

 遊ぶ暇があったら勉強しなさい、友達は選びなさい。色々と親に押し付けられてここまで来たようだった。


「正直そうやってずっと来たから、人との接し方がわからなかったんだ。だからその……こうやって相川が話しかけてくれるのは、とても嬉しい。そうは見えないかもしれないが、感謝してるんだ」

 秘密を打ち明けるかのような響き。

 耳どころか顔まで真っ赤だ。いつもなら顔を逸らすところなのに、怜司は真っ直ぐ俺の目を見てくる。


「こういう事を言うのはどうかと思うんだが……ぼくと友達になってくれないか?」

 何を言うんだろうと身構えれば、怜司は窺うようにそんな事を口にした。

「なんだそんな事か」

「そんな事とは何だ。こっちは勇気を出してだな……」

 睨んでくる怜司の顔には、あまり迫力がない。

 出会った頃なら、わからなかっただろうけれど、これが怒っていない事くらい今の俺にはわかった。


「もう友達のつもりだったんだけどな、俺としては」

 ユメに惚れさせるとかそんなの抜きにして、そんな事を思う。

 遊んだり連れまわしたりしているうちに、怜司に愛着が湧いていた。

 一見そっけなく見える怜司だけれども、こっちが遊びを勧めると何でもチャレンジしようとする。

 ヨシキと一緒にバスケをしたり、竜馬と一緒に買い物へ行ったり。ユメと一緒にゲームをしたりすることもあった。

 そのたびに新鮮で面白い反応をしてくれるのが楽しい。


「そ、そうか。もう友達だったんだな」

 ぎこちなくそう言って、怜司は手元にあったココアをぐいっと飲んだ。

「あっそれ俺の」

「うわっ、すまん!」

 指摘すると慌てて怜司はコップから手を離す。

「熱っ!」

 ココアが零れて、怜司の服にかかった。


「大丈夫か!?」

「これくらい平気だ。こぼして悪い」

 慌てた俺に怜司は謝ったが、シャツには広範囲にココアが染み込んでいた。

「火傷してないか? 俺の服貸してやるから脱げ。帰るまでには乾かす」

「大げさだ。別にこのままでいい」

「よくない」

 そんなやりとりを繰り返す。

 怜司は妙に頑なだった。 


「ほら、脱げって。あぁズボンまで濡れてるし」

「大丈夫だと言っている」

 人が心配して言っているのに怜司は渋る。

 だんだんイライラとしてきた。


「火傷してたらどうするんだ。あと、濡れたままだと風邪引くし、ココアは油分があって落としにくいから、早めに染みを抜いた方がいい」

「だから平気だと言っているだろう」

 埒があかないので、しかたなく半ば強引に服を脱がす事にする。

「ちょ……やめっ」

 ユメやその妹の世話をしてきたので、服を脱がしたり着せたりする事には慣れている。

 シャツのボタンを外し、ズボンを脱がしにかかると、食器を落とすような音が聞こえた。


 皿がくわんくわんと回り、床にはクッキーが散らばっていて。

「……」

 ドアのところで、真央兄が突っ立っていた。

11/23 後半のココアの描写を少し書き変えました。

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