10.優等生くんと友達大作戦【前編】
麗かな春の日差しの中。
カフェテリアの一角に、俺は今日も座っていた。
この席は学園を牛耳っていた桜子の特等席だったのだけれど、卒業して後からは俺たちの指定席のようなものになっている。
「いつもはる先輩にお弁当を作ってもらっているので、今日はオレが作ってきてみました」
俺の前に、お弁当の包みを差し出してきたのは沢渡ヨシキ。
父子家庭のヨシキが保育園の弁当作りで悩んでいた事をきっかけで知り合い、同じバスケ部に入ったことで仲良くなった。
「へぇ、ありがとな。誰かからの弁当なんて凄い久しぶりだ」
色々あって俺がヨシキの弁当を毎日作っているのだけれど、逆は初めてだ。
前日に弁当は持ってこないで下さいねと言われていたけれど、そういう事だったのかと気づく。
誰かに弁当を作ってもらうなんて、何年ぶりだろう。
男からっていうのがアレだけど、そこを突っ込んだら俺にダメージ倍になって返ってくるためスルーする。
毎度、ユメとヨシキと竜馬の分の弁当を俺は作っていた。
時々冷静になって「何で俺はこいつらの分まで弁当を作ってるんだろう」と思う事もある。
……こいつらの母ちゃんじゃないんだけどな。
まぁちゃんと弁当代は貰っているし、作るなら人数は多いほうがやりがいがある。こいつらも喜んでくれてるからいいのだけれど。
ヨシキに弁当の作り方を教えたのは俺なので、その腕前を拝見してやろうという気持ちもあり、ありがたく弁当を頂く事にした。
「さてと」
カパと弁当の蓋を開けて、それからゆっくりと閉じたくなった。
俺の好きな卵焼きと、肉団子。アスパラガスや旬の野菜も入れてあって、全体的に彩りはよかった。
けど、ご飯の上の桜でんぶがハートを形作っているのがとても気になった。
――なんだこれ、嫌がらせか?
これを堂々と食べる勇気が足りない。
しかし、ヨシキを見れば悪意なさそうな、期待してるような目で俺を見ている。
「はる先輩、食べてくれないんですか?」
うるうるとした目で、ヨシキがこっちを見てくる。
こういう子犬のような顔をされると、俺は弱かった。
「先輩桜でんぶ嫌いなんだね。おれが食べてあげる」
そう言って、俺の横からスプーンで桜でんぶの部分を掬い取ったのは、一条竜馬。
この学園の女王だった一条桜子の弟で、桜子に目の敵にされて学園中から無視されている時に仲良くなった。
「何勝手にはる先輩にあげた弁当食べてるんですか!」
ヨシキが竜馬に対して抗議の声をあげたけれど、これならハート型に見えない。
俺を挟むようにして両脇に座っている竜馬とヨシキは、なにやら言い合いを初めたが、正直助かったと思った。
というか、確か竜馬はさくらでんぶ嫌いだよな。
飾り付け用の食材があまり好きじゃないくせに、俺が困ってたから食べてくれたんだろうか。
視線を寄越せば、いつもの気だるげな様子で竜馬は微笑み返してくる。
「先輩、もしかしておれに食べさせて欲しいの?」
「なんでそうなるんだ」
「だっておれの方じっと見てたから。嫌いなものでも、人から食べさせられると意外と平気だったりするよね。ほらあーん」
竜馬がこちらにスプーンを向けてくる。
本気なのか、からかいなのか竜馬は時々わかり辛い。
「ちょっと待ってください! オレが作った弁当なんだから、はる先輩に食べさせる権利はオレにあるはずです!」
対抗するように、アスパラとベーコンが刺さった串を、ヨシキが俺の口元に持ってきた。
「いや自分で食べるから」
断って視線を周りに向ければ、こっちを見ていた生徒たちがばっと目を逸らす。
この冬の間、俺はこの二人とつるんでいることが多かった。
ヨシキは爽やかなスポーツ少年といった風貌で礼儀正しく、竜馬は甘いマスクと女性慣れした雰囲気の持ち主。一つ年下の後輩であるこの二人は、正反対ながらそれぞれ女子の人気が高い。
そんな二人が、平凡を絵に書いたような男子の俺にべったりなのだ。
ヨシキは竜馬に対抗意識を持っているらしく、色々と張り合ってくる。それもあって、俺はかなり悪目立ちしていた。
「遠慮しなくていいのに」
「してねぇよ。あと、ヨシキ弁当うまい。ありがとな」
つまらなそうな竜馬に答えてから、ヨシキに礼を言う。
「本当ですか、はる先輩!」
俺の一言でヨシキの不機嫌な顔が、ぱぁっと明るくなる。
こんな言葉だけでそんな幸せそうな顔をされてしまうと、悪い気はしなかった。
悪い気はしない……がコレは色々おかしいだろ。
なんで男にあーんされてるんだ、俺は。
そもそも、この世界は『ドキドキ★エステリア学院』という乙女ゲームで、二人はこのゲームの攻略対象。
元の世界からの幼馴染であるユメがやっていたこのゲーム。
高校の三年間を過ごし、攻略対象である彼らを落とせばクリア。
気がついたらこの世界にいた俺は、主人公のサポートキャラという役どころだった。
主人公であるユメに、さっさとゲームをユメにクリアしてもらい、元の世界に帰るんだ。そう決めてここまで頑張ってきた。
しかし、頑張れば頑張るほどに、ユメは残念ぶりを発揮し、なぜか攻略対象たちが俺に懐いてしまっているこの状況。
ちょっと慣れてきてしまっている自分もまずいが、どうにかしないとそろそろ本気でマズイ。
何せ後攻略に残された期間は1年しかないのだ。
この間は、俺とユメの従兄弟である真央兄が攻略対象とわかって、協力してもらい、うまく行きかけたのだけれど。
結局真央兄が卒業した日、ユメは俺の元へ戻ってきてしまった。
まぁユメは俺がいないと駄目だしな。
そんな事を思いながらヨシキの弁当の最後の一口を食べる。ヨシキの腕前は、かなり上がっていた。
ユメは教えてもここまで上手くならないのに、凄い成長っぷりだ。
ユメは世話が焼けるというか、世話を焼いてないと俺が落ち着かないというか。面倒だと思うのに、目の届かないところへ行かれるとやっぱり不安になる。
だからといって、ユメにこの世界を攻略してもらうことを諦めたかと言うと、それはまた別問題だったりするのだけれど。
「ところで先輩、ユメちゃん遅くない?」
「そうだな。俺探してから教室帰るわ」
確かに遅いと俺も思っていたので、竜馬の言葉に頷き立ち上がる。
弁当を高速で食べ終わったユメが、ちょっとトイレに行ってくると席を立ってから、二十分以上が経過していた。
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ユメを探して歩いていたら、廊下でユメのハンカチを見つけた。
アニメキャラがプリントされたハンカチ。高校生にもなってコレを使うのはユメくらいだと思う。
すぐ近くに階段があったので、上っていく。
屋上に繋がる扉前の踊り場で、ユメが誰かと話している声が聞こえてきた。
「いやだから、ズルなんてしてないよ!」
「そうでなければおかしい! このエステリア学園に入れたのも奇跡、万年赤点で進級さえも危うく、学園の底辺を這いずりまわっていた君が、一位を取るなんてありえない事だろう!」
ユメは男子生徒と言い合いをしているようだった。
どうやらこの前の学年末テストの事で、言いがかりを付けられているようだ。
酷い言われようだけれど、それもしかたない事かなと内心思う。
俺だってこの前の学年末テストの結果を見たときは、同じ事を思ったからだ。
――あのユメが学年で一位なんて何かの間違いだろう、と。
正直、俺はこの間までユメの留年を半ばほど覚悟していた。
留年した場合、ゲームのクリア期間は一年延びたりするんだろうかとか、そんな事を真剣に考えていたくらいだ。
張り出された三十位までの席次表を、何度見直したかわからない。同姓同名の別人の存在を疑ったが、月島ユメは俺の幼馴染だけしかいなかった。
今までこの学院で、病気や怪我以外の理由で留年した生徒はいない。
それゆえに、二年生の時に担任をしていた先生は、初の留年者をクラスから出すのかと、毎日胃を痛くしていた。
ユメに一位の席次表を手渡す時、先生が号泣していた事は記憶に新しい。
「これも先生の教えの賜物です。泣かないでください」
あの時のユメは、まさに乙女ゲームの主人公と言った感じで、謙虚な事を言ってキラキラと眩いオーラを放っていた。
まるで聖女のように微笑んでいたあの時のユメは――今や、見る影もないんだけどな。
心の中で呟いて、目の前のユメを見る。
「だから、あれはまぐれなんだって……もぐもぐ。もういいかな。この限定のパンの分お話は聞いたし」
男子生徒から貰ったらしいパンを頬張りながら、ユメはうんざりした声を出していた。
真央兄と付き合っていた時のユメはあんなに完璧な美少女だったというのに、今その面影は微塵もない。
両手にパンを持って、それを交互に被り付く行儀の悪さだ。
同一人物だと言っても誰も信じてくれないくらいの勢いで退化している。もういっそ、悪い夢でも見ていたんじゃないかと思うほどに。
真央兄の元から帰ってきたユメは、知恵熱を出して春休み中寝込み、起きたらいつものユメだった。
頭に詰め込んだ知識も、綺麗な女の子らしい仕草も全て忘れ去ったらしいユメは、頭から花が咲いているかのような緩い空気を纏っている。
コレじゃ駄目だと思うのに、コレじゃないとユメじゃないような気がするから不思議なものだ。
「ずっと一位だったぼくが、君なんかに抜かれるなんてありえない。裏に何かあるんだろう。正直に吐け!」
学年一位?
男子生徒の言葉が気になって、少し移動してユメが話している相手を窺う。
よく見ればそれは、攻略対象の一人である御堂怜司だった。
眼鏡に、氷のような冷たい視線。インテリ風で人を寄せ付けない優等生様。
教室でも常に一人で、休み時間も勉強をしている。三年になって初めて同じクラスになったものの、一度も話したことはなかった。
残り一年を切っているのに、攻略対象で出会いイベントすらクリアしてないのは半数の三人。
御堂の出会いイベントは、テストで一位を取る事により起こる。
しかし、ユメはあまりにポンコツすぎた。
毎度進級できるか担任と相談するユメが、一位なんてそれこそ夢のような話だ。
これは攻略不可能だろと最初から諦めていた俺は、御堂のシナリオすら頭に入れていなかった。
まさか、三年生になった今、ここでイベントが発生するなんて。
全然予想もしてなかった事態だった。
「大体、まだ話は終わっていないだろう! どうしてぼくの呼び出しに今まで応じなかった。限定のパンを差し上げますと言ったらくるなんて、意地汚いとは思わないのか」
御堂に非難されながらも、ユメはパンを食べることをやめない。飲み物が欲しいなぁなんて呟いている。
どうやらエサに釣られてここに来たようだ。
去年の秋に激太りして以来、ユメは俺の許可なく間食する事を禁じられていた。こっそりと食べられるこの機会を逃すまいとしたのだろう。
相変わらず食い意地の張ったやつだった。
「いやだって面倒……むぐ、そうだったし」
「パンを食べながら喋るな。昼ご飯は食べてきたと言ってなかったか?」
口の周りにクリームをつけたユメに、こんな奴に負けたのかと、納得のいかない顔で御堂は呟く。
「ズルはしてませんが、わたしもあれはまぐれだったと思います。だから、あなたが一位でいいですよ!」
「それは何だ。ぼくに対する余裕のつもりか!」
パンを平らげ、ごちそうさまと一緒にあっさり口にしたユメに、御堂がついに怒り出す。
馬鹿にされていると思ったんだろうけど、正直ユメは成績に興味がないだけだ。
いやそこはもっと危機感を持てよと言ってやりたい。
「話がそれだけなら帰ってもいいかな。はるちゃんが心配しちゃう」
「それだけってなんだ。とても重要な話だろう。今まで本気を出してなかった……そういうことなんだな、月島ユメ」
階段を下りようとしたユメの手を、御堂が掴む。
「いやだから違うんだって。あれは魔王様のスパルタであまり記憶がなくて」
「魔王式スパルタ……そんな勉強方法があるのか。わかったそれなら、ぼくはその勉強方法を知るためにこれから一緒に過ごさせてもらう。これで同等だろう。じゃあ行くぞ」
「御堂くん人の話聞かないね!」
ユメの手を引いて、御堂がこっちにやってきた。あのユメを困らせるとは、なかなかにゴーイングマイウェイな奴のようだ。
「あれ、はるちゃん。どうしてここに?」
慌てて身を隠そうとしたら、間に合わずユメに見つかった。
「いやハンカチ拾ったからこのあたりにいるのかなって」
「あっ落としてたんだ。ありがとうはるちゃん!」
ハンカチを手渡すと、ユメが俺の横にならんで歩く。
その後ろを無言で御堂が着いてくる。
視線が背中に刺さるように痛い。
「次移動教室だし、俺たちと一緒にいかないか?」
行く先は同じ教室だとしても、そうやってじっと見られると落ち着かなかった。
俺が声をかけると、御堂が目を見開いて固まる。
「その方がユメを観察しやすいだろ?」
「……なんだ聞いていたのか。まぁそうだな。一緒に行かせてもらおう」
いつも一人でいるし、誰かと一緒なのが嫌なのかもしれない。
そう思って言葉を付け足せば、御堂は眼鏡の弦を指でくいっと上げてから、俺を挟むようにユメと反対側に並んだ。
なんで御堂くんを誘うのさと、ユメが目で抗議してくる。
そんな理由なんてわかりきっているだろうに。
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攻略対象が正規のイベントで、ユメに近づいてきた。
これは最初で最後のチャンスかもしれない。
放課後、ユメと御堂を落とす作戦を練ろうと考えていたのだけれど。
正直御堂がべったりすぎて、こっそりと会話する隙さえなかった。
勉強をいつしてるのか見逃すわけにはいかないという事らしい。
「あのさ、一体どこまで着いてくる気なんだ?」
「もちろん家までだ。あぁ、別に相川に迷惑をかけるつもりはない。月島の勉強法に用があるだけだからな」
当然のように、家までついてくる気のようだ。
御堂ってちょっと変わった奴かもしれないと、そんな事を思う。
同級生の女の子で、しかもあまり話したこともない相手の家にいきなり押しかけるのはどうなんだろか。
まぁ攻略する側としては、好都合だからつっこみはしないけれど。
御堂は少しコミュニケーションが苦手なタイプなんじゃないかと思う。
「夕飯の買い物して帰るから、ユメ先に帰ってろ」
「えっ、ユメを一人にするつもり?」
助けを求めるようにユメがこちらを見てくる。たしかに、ユメを一人にするのはよくないなと考え直す。
あまり親しくない男と、女の子であるユメを家に二人っきりにするなんてとかそういう心配では断じてない。
何かヘマをやらかして、御堂の好感度が下がったら大変だ。
その一点に尽きる。
「やっぱり一緒に買い物するか。悪いが、御堂も一緒に付き合ってくれ」
「別に構わないが……相川と月島は付き合っているのか?」
誘った俺に対して、御堂は妙な勘ぐりを入れてきた。
「家が隣のただの幼馴染だ。ユメと付き合ってるなんてありえない」
きっぱりと言うとユメが酷いと抗議してきたが、無視しておく。
「どうりで甘い雰囲気がないと思った。クラスの噂では、相川元生徒会長を振って、月島が相川と付き合いだしたと聞いていたからな」
「へぇ、そういう噂とか知ってるんだ。意外だな」
俺自身、その噂が流れているのは気づいていたけれど、御堂が知っていたとは思わなかった。
「……聞きたくなくても聞こえてくるんだ」
淡々とした口調で答えた御堂だったけれど、そこには間があった。
いつも興味なさそうに教室でも参考書を開いているから、耳に入ってないかと思っていたけれど、周りの話をしっかり聞いているようだ。
「ところで、御堂はどんな食べ物が好きなんだ?」
「い、いきなりだな。なんでそんな事を聞く」
スーパーで食材を物色しながら尋ねると、聞かれると思ってなかったのか御堂が少しどもりながら尋ねてきた。
「夕飯何がいいかなと思ってさ。ユメと一緒に勉強するなら食べていくだろ?」
「相川が夕飯を作るのか?」
「俺の家もユメの家も、ほとんど両親いないから一緒に作ったほうが楽なんだよ」
驚く御堂に答えながら、お菓子をそっとカゴに入れようとしているユメの手を抓り、返してくるよう指示する。
「好きなのは……ハンバーグだ」
「わかった」
御堂は意外と子供っぽいものが好きらしい。眉間にシワを寄せて、小さな声でそう言った。
ふと、その耳がほんのりと赤いのに気づく。恥ずかしかったり照れたりすると、こうなるのかもしれないと密かに思った。
遅くなってすいません。全3話となります。




