9.魔王様が、協力してくれるようです(泣)【ユメ視点・後編】
目が覚めたら頬が痛くて、魔王様がこっちを覗き込んでいた。
びっくりして起き上がり、ベッドの隅で頭を抱える。
「い、命だけはお助けをっ!」
「寝ぼけるなよユメ。なんで俺様の顔を見て、そんな台詞が出てくる。本当寝起きが悪いな。何回頬を抓ったと思ってるんだ」
イラッとしたのか魔王様が眉を寄せる。
どうやら寝てる間にわたしの首を絞めようとか、そういうつもりでベッドの側にいたわけじゃないようだ。
ちょぴり警戒を解いて、周りを窺う。
さっきまで外は昼だったはずなのに、もう夕方になっているようで、部屋の中にはるちゃんの姿はなかった。
「覚えてないかもしれないが、俺様とお前は付き合うことになった。だから明日からは一緒に登校してもらう」
「つ、突き合う? 投降?」
魔王様の言葉に、首を傾げる。
どういう意味だろう。
脳が考えるのを拒否する。
きっとこれはあれだ。魔王様の怒りに触れて、ナイフで突き合う感じの決闘を申し込まれてるのかもしれない。
「今俺様とお前は、仮だが恋人同士だ。ヘマすんなよ」
やっぱりそっちだったか。
ある意味ナイフで突き合うより恐ろしい話に、現実逃避したくなった。
「えっと魔王様。何をたくらんでいらっしゃるのでしょうか? ユメと付き合って魔王様にいいことなど、ないと思うのですが」
「まぁないな。別にお前とつきあうことが目的じゃない。三月の卒業まで、告白してくる女共が減ればそれでいい」
下手に出たユメに、魔王様はきっぱりとそう言った。
「受験が終わって卒業だからって、勢いで告白してくるヤツが多くてうんざりしてるんだ。断って泣かれるのも後味悪いし、趣味じゃない。彼女がいれば何人かは諦めるだろ」
「泣かせるのが趣味じゃないって、どの口が言うんですか。ユメを散々いじめているくせに」
現在進行形で、いじめっ子な魔王様がいうことではないと切実に思った。
「あぁ俺様が泣かす分にはいいんだ。勝手に泣かれるのが面倒」
まさに暴君。
さすがドS様の異名を元の世界で得た方だと、思わず感心しそうになってしまう。
「魔王様、できればお断りしたいのですが。魔王様の彼女って、絶対いじめられますよね」
「まぁ俺様は人気があるからな。嫉妬の嵐だろうよ」
自分でさらりというあたり、魔王様は大概だ。
全国のモテナイ奴を敵に回す発言を、何のためらいもなく言い放つ。
「ユメなら俺様も心が痛まないし、はるも喜ぶだろ?」
「そんな心遣いの一部でもわたしにかけて頂きたいです!」
「ユメにかけるくらいなら、ミジンコにでもかけた方がマシだ」
なんとなく予想はできていたので、傷つきはしなかったけれど、この本性を皆に見せてやりたいと思う。
「まさか、断るつもりじゃないよなユメ?」
「そのまさかなんですけど……」
上目遣いで魔王様の機嫌を伺う。
「まぁお前がそういうなら、無理強いはしない」
意外な言葉に驚く。
ほっと胸を撫で下ろした次の瞬間、にたぁっと魔王様は笑った。
「その代わり、はるにお前が隠しているあの事を教えるぞ?」
「あのこと?」
魔王様の言葉に、わたしの心臓がドクンと跳ねた。
「あぁ。ずっと前から変だとは思ってたんだ。けど、はるからここ最近の話を聞いて確信が持てた」
ベッドの端にいるわたしに、魔王様が近づいてくる。
「ユメ、このゲーム主人公が二人いるな? そしてもう一人の主人公ははるだ」
魔王様の言葉に、わたしは固まった。
「お前嘘がつけないな。やっぱりそうか」
「どうしてそれを……」
戸惑うわたしに背を向けて、勉強机の椅子を引っ張り出すと、偉そうに足を組んで魔王様は座った。
「この世界がゲームの世界と仮定して、男の攻略対象がなぜか二人もはるに魅かれている。本来の主人公であるお前を差し置いてだ。まぁこれはユメに魅力がないからと言われればそれまでだが、この完璧な俺様までが男であるはるに魅かれるなんておかしいだろう?」
できれば誤魔化したかったけれど、魔王様はもう答えを見つけてしまっているみたいだった。
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このゲーム『ドキドキ★エステリア学院』には、実は主人公が二人いる。
一人はわたしこと、ユメ。
そしてもう一人は魔王様のいうとおり、はるちゃんだ。
『ドキドキ★エステリア学院』は乙女ゲームなのに、男同士の恋愛を好むユーザーをも取り込もうと欲を出したんだと思う。
このゲーム、実は主人公が男のBLバージョンが存在するのだ。
恋愛対象ももちろん男。
ユメはそっちは好みじゃないので、スルーしていた。
乙女バージョンでは、ユメが主人公で、はるちゃんがサポートキャラ。
BLバージョンでは、はるちゃんが主人公で、ユメがサポートキャラなのだ。
なぜこの事をはるちゃんに言わなかったのか。
それはユメがそのことを忘れていたというのが大きい。
だってBLとか興味なかった。
けれど、沢渡くんがはるちゃんに興味を持ち出したあたりで、ユメの頭にもちらりとこの存在は浮かんだ。
絶対にはるちゃんにはばれないようにしなきゃ!
そうユメは心に誓った。
だってこの世界をゲームだと思っているはるちゃんのことだ。
ユメを見限って「しかたない、俺が攻略対象をクリアするしかないか」なんて事を言い出しかねない。
それを幸いと、沢渡くんや竜馬くんがはるちゃんに手を出したらと考えると、身の毛がよだつ。
はるちゃんが新しい世界の扉を開けて、それこそ帰れなくなってしまう。
「魔王様は、はるちゃんに言う気はないんですか?」
「ユメが条件を飲んでくれるなら言わねぇよ? ……自分からそんな茨の道を選ぶほど、俺様は馬鹿じゃない」
微妙な間があった。
魔王様はプライドが高いから、自分との気持ちの間で揺れているのかもしれないと思う。
どっちでもいいと取れるような雰囲気もあって、若干危険なものを感じた。
「よろこんで、魔王様の恋人役を勤めさせて頂きます」
「そうこなくっちゃな」
頭を下げたわたしの言葉に、魔王様は少し残念ともとれる表情で笑った。
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「おいユメ、俺様の鞄とお前の鞄を寄越せ。そろそろ人目があるからな」
「はい魔王様」
「その魔王様っていうの割と嫌いじゃない。けど、人前で言ったら、俺様が味わった辱めを十倍にして返してやるからそのつもりでいろ」
今日も魔王様はおっかない。
わたしはお持ちしていた荷物を、二つとも手渡した。
通学路に人が増えてきて、ちらりと横をみれば、魔王様はいつもの爽やかフェイスで歩いている。
学院の生徒の視線が突き刺さるのがわかる。
魔王様は目立つのだ。
わたし以外の女性に優しい魔王様だが、特定の子に優しくしたりはしない。
だからこそ、ユメは注目を浴びてしまっている。
校門にきたところで魔王様が立ち止まる。
何かやらかしたかと、つい身を硬くしたら、その手が胸元のリボンに伸びてきた。
「ユメ、リボン歪んでるよ。ふふっしかたないなぁ」
「えっ? いいです! 自分でやりますから!」
ちらりと自分の胸元を見たが、リボンは綺麗な形をしていた。
魔王様と歩くときに粗相があったら後でなじられると、今日は身なりをばっちり整えてきたはずだった。
「大丈夫だよ。僕にまかせて」
魔王様には何か意図があるらしく、わたしを無視してリボンを直すふりをする。
ぞくっとするような視線を感じて周りを見れば、女の子たちの何人かがわたしを見ていた。
視線に人を殺せる力があったなら、たぶん今の一瞬でわたしは五回ほど死んでいたはずだ。
「ユメ、後ろ。はるがこっち見てる」
「えっ?」
魔王様に耳元で囁かれ、振り返る。
そこには魔王様を怖い顔で睨んでいるはるちゃんがいて、わたしと目があった瞬間に我に返ったようだった。
「はるの奴、自分がどんな顔で俺様を見てるのか気づいてないな。尊敬の目線で見られるのも悪くないけど、あぁいうのもぞくぞくする」
くくっと魔王様が小さく呟いて、わたしの手を握る。
「じゃあ行こうか」
地獄のはじまりを告げるように、魔王様が毒を含んだ甘い声でそう言った。
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それからの日々は、まさに悪夢だった。
「あんたちょっと生意気なんだけど」
当然のように、学院内では敵が増えた。
昔のユメならビビったところだけど、今は魔王様の方が恐ろしくて、彼女達がそれほど怖くないのが唯一の救いだ。
絡まれたところで、魔王様から貰った時計の横のボタンをさりげなく押す。
これは魔王様との通信機になっていて、押せば魔王様がくる仕掛けになっていると説明を受けたのだけど。
おかしいな、なかなか来ない。
相手は拳を振り上げて、今にも振り下ろそうとしていて。
ぎゅっと目を瞑ったけれど、衝撃は来なかった。
「僕のユメに手を出さないでくれるかな?」
「相川会長!」
女の子たちが悲鳴じみた声を上げる。
どうにか魔王様は間に合ってくれたようだった。
後で聞いたところ、出るタイミングを窺っていたらしい。
「あのシーンを見られたら、言い逃れはできないだろ? よくやったなユメ。今日はねぎらいの意味をこめて、追加メニューは腹筋三十セットくらいにしといてやる」
魔王様はご機嫌だ。
そしてできれば、鞭を与える事だけでなく、飴をあげることを覚えてほしい。
魔王様といると、どれだけはるちゃんが素敵だったのかよくわかる。
ユメがぎりぎり耐えられるラインまで鞭を使い、できたらたくさん褒めて飴をくれた。
こっちのご主人様は、鞭オア鞭だ。
バナナがおやつに入らないように、鞭はご褒美に入りませんよ魔王様!
魔王様に喜んで付き合える人は、絶対真性のドMだと心底思ったのでした。
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冬休み。
わたしの家に魔王様が来て、こっちで身柄は預かるとはるちゃんに宣告して、わたしを攫っていった。
はるちゃんと引き離されて、落ち込んでいる暇はなかった。
「俺様の隣を歩くにふさわしい女になるよう、調教してやるよ」
本領を発揮して生き生きした魔王様による、地獄の猛特訓が始まった。
趣味と実益を兼ねた魔王様のしごきは半端なかった。
魔王様の気が変わって、はるちゃんにアレを暴露されないように、ユメは必死に努力を重ねた。
それこそ、頭の中が真っ白になるくらいに。
努力の甲斐あって、冬休みが終わって後のバージョンアップしたユメに、喧嘩を売ってくるものは少なくなった。
「すげーなユメ。やればできる子だったんだな」
「アリガタキ、シアワセデス」
優雅な動作付きで、反射的に答える。
魔王様は満足気に笑っていた。
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そしてとうとう最終日。
魔王様が卒業していく日。
この日をどんなに待ち望んだことか!
「卒業おめでとうございます! 嬉しいです!」
「ユメったら、そこは寂しいですだろう?」
もううっかりさんだなと言うように、よそ行き顔で魔王様は笑う。
ぎりぎりと踏みつけられた足が痛いけれど、今までの苦労が全て終わると思うと、これくらいへっちゃらだった。
「ユメ!」
けれどはるちゃんに名前を呼ばれて。
必死なその表情に、頑張って作り上げたバージョンアップしたユメは、ぼろぼろと音を立てて崩れていく。
「あんな顔して、本当はるは可愛いな」
はるちゃんの顔を見て、魔王様はぞくぞくとしたように恍惚な笑みを浮かべる。
まるで、その顔が見たかったというかのように。
「でもまぁ、そろそろ潮時だな。行っていいぞユメ」
魔王様がユメの背を押した。
それを合図に、走ってはるちゃんに駆け寄る。
「うぉっ!」
思いっきり抱きついたら、はるちゃんは息を詰まらせた。
優しいはるちゃんの匂いを、胸いっぱいに吸い込む。
「はるちゃん! やっぱりわたしは、はるちゃんが大好きだよっ!」
魔王様のところにいて、改めて思ったことを伝える。
今まで何度言ったかわからない愛の告白。
ずっとずっと、言いたかったことだった。
「こんなところで抱きつくな、ユメっ! あと鼻水をなすりつけるな!」
声を荒げるはるちゃんだけど、本当はあまり怒ってない。
ユメにはちゃんとわかってる。
厳しくされたって、叱られたって、はるちゃんだからいいのだ。
そこには、魔王様と違って愛がある。
「やっぱり僕の手にユメは余るから、はるに返すよ」
「わかりました。やっぱりこいつには、まだ俺が必要みたいですしね」
魔王様の言葉に頷いたはるちゃんは、優しくユメの頭を撫でてくれて。
ユメはこの世界にきて、本当によかったなぁと思ったのでした。




