表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目のゼロ  作者: なの子
第二章 「再会する」
9/13

三、明日の予定を立てる

【前回までのあらすじ】

 魔法学校の教師である魔法使い:獅子路陽介(ししろ・ようすけ)は、宇宙人と闘って死亡した。別人の姿(赤毛の少年)でよみがえった原因を探るため、自分が暮らしていた町に戻ってきた。兄は駄目だったが、古代には正体を信じてもらえたようだ。


※この世界における「魔法」とは、体内エネルギーである「シン」をコントロールすることです。

 古代の家は、勤務先から電車で五駅ほどの住宅街にある。軒を並べる一戸建てのうちの一軒だ。そこで一人暮らしをしている。電車と言ったが、空をひと飛びで通勤するので距離はあってないようなものだ。マイカーもほぼ使っていない。


 玄関先の階段に誰かが座り込んでいる。男だ。黒いパーカーのフードを頭にすっぽりかぶっている。そのせいで分かりづらかったが、近づいて顔を確認し驚いた。兄だ。兄はだらしなく足を広げて座ったまま俺を見、じろりと古代をにらんだ。

「古代、まさかグルなの? この子と二人で俺をだまそうって?」

「違います」すかさず古代。「俺もついさっき会ったばっかりで」

 古代は深いため息をつくと、自宅の玄関前にある柵にもたれた。朝から晩まで働き通しだったあげくに死んだはずの同僚からよみがえったと知らされ、そのうえ斬りかかられた。疲れ切っていて当然だ。これ以上のやっかいごとは一切ごめんだ、今すぐベッドに潜り込みたいと顔に書いてある。


「英介さんは? どうしたんですか」

 兄は立ち上がった。古代と向き合ったまま、再び俺を一瞥した。

「この子のことで相談したくて」

「警察にはもう行っちゃった?」

 俺が口を挟んだが、相手はこちらに見向きもしなかった。兄は古代に詰め寄った。

「どうなの。話を聞いたんでしょ。どう思った?」

 ええ、まあ、などと古代は苦笑して言葉を濁した。

「まさか信じるの?」

「彼のシンは獅子路そのものですよ。それにあいつは魔法にかけてはめちゃくちゃでした。だから、あり得ない出来事でもないのかなあ、と」

「うっそー」

「あなたも『もしかしたら』と思ったんじゃないですか?」

「あーもう、オカルトなんてだいっきらい!」


 二人の話はしばらく続いた。くたびれている古代の口調は間延びしていて、今にも眠り込みそうな気配がある。兄だけがヒートアップしていった。夜中の、かつ住宅街のど真ん中なので声はひそめているものの、当分は落ち着きそうにない。

 俺はその光景を大人しく見守っていた。すると腹の虫が鳴った。そう言えば朝食をとってから何も飲み食いしていない。それを自覚したとたんに空腹感が押し寄せてきた。立っているのがつらくなり、腹を押さえてその場にしゃがみ込んだ。

「どうしたの」兄がぎょっとした声を出した。

「ハンバーガー食べたい……」



◆ ◇ ◆



 そこから少し歩いて大通りに出ると、深夜まで営業しているレストランがある。俺たちはそこに入った。窓際の、四人掛けのソファ席を選ぶ。古代と兄が向かい合って奥に座り、俺は古代のとなりだ。客はまばらで、俺たち以外には二組ほどしかいない。落ち着いたジャズ音楽がBGMになっていて、時間帯の影響もあってかゆるやかな空気が流れている。

 ここのチーズバーガーは絶品だ。古代の家へ行ったときにはほぼ毎回訪れている。二十代前半までは二、三個をぺろりと平らげていたが、年齢を重ねるにつれて胃もたれを起こすようになってきた。それで最近はジャンクフードを控えていたのだった。しかし今の俺は食べ盛りの少年だ。いくらでも食べられる気がする。


「チーズバーガーを二つと、フライドポテトのLサイズを一つ。それからコーンポタージュスープ、フレンチトースト、オニオンリング、食後にチョコレートパフェ。これは一つずつね」

 ウェイトレスは注文をメモ帳に書き留めながら目を見開いた。

「あんた、本当に陽介なんだよね」

 呆れた声で兄が言った。ただの物乞いなら覚悟しておけという雰囲気だ。

 俺は兄と古代にメニューを差し出した。二人は高カロリーな食べ物の写真なんて見たくもないという態度で顔を背け、無言で右手を横に振った。

 飲み物は? とウェイトレスが俺に尋ねた。その口元は微笑んでいて、明らかにこのやり取りを楽しんでいる。二十歳くらいのかわいい子だ。俺もにっこりとした。

「じゃあ、ビー……」

 ビールと言い終える前に兄がさえぎった。「ジュース。この子はオレンジジュースね。それからホットコーヒーを二つ」

「待っててね」ウェイトレスは俺にウィンクをし、キッチンへ歩いて行った。うわぁ、たまんねえ。ミニスカートの裾に目が釘付けになっていると、兄に膝を蹴られた。その衝撃でテーブルのふちから肘が落ち、俺はがくんとなった。


「なんでこうなった。心当たりは?」

「ない」俺は兄に答えた。「そもそも俺ってなんなんだ」

 今さらそれはないだろ、と言いたげに兄が眉をしかめた。

「俺が本人なのかどうか、っていう意味じゃなくて。兄貴も言ってたじゃん。生まれ変わりなのか? 他人の体に俺の魂が入ったのか? それともこれは誰かが見ている夢の中の出来事なのか? って。この状況はどれに当たるんだろう」

「生まれ変わったのなら、赤ちゃんになっているはず。だから生まれ変わり説は却下ね。……可能性を言い出したらきりがないな」

 飲み物が運ばれてきた。さっそく飲もうとしたところで、俺は何の気なしにとなりを見た。古代が頬杖をついた状態で寝ている。会話に参加しないはずだ。俺が古代の頭を手で強めにこづくと、彼はびくっとして目を開けた。

 各自、飲み物を一口。


「その姉妹に話を聞く必要があるな」

 目を閉じていただけで話は聞いていたらしい。古代は続けた。そのカリントーだかいう女の子たちに、獅子路をひろった状況をもっと詳しく聞くべきだ。現段階で俺たちが持っている手がかりはそれしかないのだからと。

 それから続々と食べ物ができあがってきた。俺は熱々のハンバーガーにかぶりついた。兄はソファの背もたれに体を預け、腕組みをしながら俺が食事をする様子を眺めている。相変わらず古代は静かだ。横目で確認すると、今度は薄目を開けている。しかしその視線はうつろだ。左手は頬杖、右手はカップの取っ手に触れている。彼がその姿勢のまま動かなくなって、結構な時間が過ぎた。


 兄はコーヒーを飲み、息を吐いた。

「昼間は冷たくしてごめん。俺も混乱していたんだって、分かってね。それにあんたのあの迫り方はちょっとしたホラーだったよ。怖かった」

 俺は笑った。スープをスプーンですくっている最中だったので、その拍子にこぼれてテーブルの上に滴が飛んだ。兄がナプキンでそれを拭いた。

「明日の予定はどうなってる?」と兄。

「あの姉妹のところに行ってくる。兄貴、仕事は?」

「昼から。午前中はあんたに付き合うよ。古代はどう?」

「俺は無理」

 古代は嘆くような口調だ。暗に、今日と同じで朝から晩まで学校に缶詰めになると言っている。では明日の午前中は兄と二人での行動だ。トーとカリンに会いに行き、改めてお礼をしよう。兄と別れたら、午後は一人で国立図書館に行き、人体錬成に関する手がかりを探しに行く。二人とは仕事が終わり次第合流する。


 食事を終え、店を出たときには午前一時になっていた。

「兄貴、泊めてくれるだろ」

「まだ半信半疑だから、泊めるのは無理かなー。古代の方がいいよ。高校時代からの友人同士、積もる話もあるだろうし。じゃあまた明日」

 古代は壁にもたれてうとうととしていたが、「それじゃあ」と告げると、ふらりと空に飛び上がった。俺は『空間移動』で兄を自宅まで送り届けた。それから古代の家に戻って一晩を過ごした。

(2014/5/10)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ