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二度目のゼロ  作者: なの子
第一章 「起きる」
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三、朝ごはんを食べる

【前回までのあらすじ】

 魔法学校の教師である魔法使い:獅子路陽介(ししろ・ようすけ)は、ある日、見知らぬ部屋で目覚めた。その家でとある姉妹(姉のトー、妹のカリン)から介抱を受けている。鏡を見て、自分が別人の姿(赤毛の少年)になっていることを知りショックを受ける。


※この世界における「魔法」とは、体内エネルギーである「シン」をコントロールすることです。

 それからしばらくは鏡に向かっていた。ちんちくりんな赤毛のガキを見張るためだ。しかしこいつには隙がない。なにかの拍子にぼろを出すに違いない、それを見逃すものかと思っていたのだが、まるきり俺と同じ動きをしやがる。知らない人物が自分そのもののように振る舞っているのを見ているうちに、奇妙な感覚におちいってきた。自分が誰なのか分からなくなるような……。頭がおかしくなる前に洗面所を出た。どん底の気分で、何もしたくなかった。それでリビングルームのソファにふて寝することにした。でも不機嫌だって腹はすく。キッチンでは、ちょうど朝食ができあがったところだ。女の子たちだけを働かせるのは悪いので、食器をテーブルに並べる手伝いをしに行った。


 みんなのマグカップを出そうとしたとき、食器棚のガラス部分に映り込んでいる自分が目に入った。なんていまいましい姿なんだ。特に、この下品な色合いの赤毛! 今どき、パンク・ロック気取りの高校生だってこんな色には染めねーぞ。

 あとでトーがケーキを焼いてくれるという。高いところにある戸棚からボウルを出そうにも、椅子に乗らないと手が届かない。身長は140くらいか? くそっ。


 テーブルに朝食が並んだ。丸い皿にはサラダと焼いたベーコン、それからふわふわのオムレツがのっている。きつね色にトーストされた食パンに、早くかぶりつきたくてたまらない。マグカップにはホットミルクが注がれている。朝はブラックコーヒーというのが俺の日課なのだが、コーヒーはないというので仕方がない。これでできあがり。三人で椅子に座り、いただきますをした。


 この家にはトーとカリンの姉妹だけで住んでいる。母親はカリンが生まれてすぐに病死したので、父親が男手ひとつで子どもたちを育てているらしい。父親は町に出稼ぎに行っていて、めったに帰ってはこない。ここはノース州の人里離れた山奥で、一番近くにある民家を訪ねるためには、車を二十分も走らせる必要がある。つい最近、小さな集落からここへ引っ越してきたばかりらしく、カリンは姉以外の遊び相手がいないことを不満がっていた。では学校はどうしているのかと俺は聞いた。年齢を考えるとカリンは小学生、トーは中学生くらいのはずだ。父親が町で教材を買ってくるのだとトーは答えた。二人ともそれを使って自宅学習をしているらしい。それだけで年齢相応の課程を終えられるものだろうかと俺は疑問に思ったが、よその家庭の教育方針に口を出すわけにもいかない。黙ってミルクを飲んだ。


 テレビをつけると、朝のニュース番組をやっていた。

 若い女性キャスターが画面に映し出された。

『わたしは今、サウス・ウエスト州の荒野にいます』

 彼女の背後には茶色い砂の大地が広がっている。ちらほらと草が生えていて、山のように巨大な岩があるほかには、地平線までなにもない。空には薄い雲がかかっていて、全体的に白っぽく見える。


『一ヶ月前、サウス・ウエストの市街地に一人の宇宙人がやってきて、殺りくの限りを尽くしました』

 ここで画面は町の中心部の様子に切り替わった。右上に『宇宙人が襲撃してきた当日』と文字が出ている。今にも崩れ落ちそうな建物の間で人々があわてふためいている写真が、次々と映し出されていった。当時、いやになるほど目にした光景だ。母親とはぐれてしまった女の子が、絞り出すような声を上げて泣き叫んでいたのを思い出す。あの子はカリンと同じくらいの年齢だった。

『事態を重くみた政府は、国立魔法学校に宇宙人を倒すための人員を要請しました。これで、魔法使いの精鋭がそろった討伐チームができあがったのです』

「覚えていますか?」トーが俺に尋ねた。

 俺はテレビに見入ったまま無言でうなずいた。もちろん覚えている。


 再び画面は切り替わり、チームのメンバーを一人ずつ紹介するVTRが流れ始めた。その全員が見知った人物だ。同僚、先輩、恩師……。最後に映し出されたのが俺だった。『魔法学校の教師である獅子路陽介さんは、このチームでは最年少となる三十歳の若さでした』とキャスターは言った。それから彼女は、魔法使いたちがどのようにして宇宙人に立ち向かったかを語り始めた。専門家による解説や、目撃者の証言などをまじえながら、そのくだりが三十分ほど流れた。


「どうやって倒したの?」待ちきれずにカリンが言った。

「俺たちには秘策があったんだ」

 『自爆』という魔法だった。自分自身を爆破して相手を巻き込むという最終手段だ。俺以外のメンバーが体を張って宇宙人を羽交い絞めにし、俺がその魔法を発動した。俺の記憶はその瞬間で終わっている。

 テレビが続きを教えてくれた。画面はあの荒野に戻っていた。キャスターが横に歩き出し、カメラもそれについて動く。やがて広大な穴が見えてきた。

『そのときの衝撃によってできた穴です。魔法使いのみなさんは自己犠牲により宇宙人を倒しました。討伐チームの全員がここで命を落としたのです』


 続いて、討伐チームの葬式が映し出される。

「ってことは、やっぱり俺は死んだんだな」

 最期の瞬間は目に焼きついている。宇宙人のがく然とした様子。ぼろぼろになった仲間の表情。「今だ」と俺に向かって叫んだのは、俺が魔法学校一年生のときの担任だった男性教師だ。彼は、俺が生まれて初めての論文を書くときに時間を惜しまず指導をしてくださった。


 俺以外にも、別人として目覚めた人はいるのだろうか? だとすれば世間を揺るがす大スクープに違いない。その後もニュース番組を観続けたが、そのような報道は一切なかった。みんな、まだ状況がつかめずにいて、名乗りを上げるのにためらっているのだろうか? 俺が世間に向かって本人だと知らせたら、ほかの人々も安心して出てくるのだろうか?

「電話してみますか?」

 トーは魔法学校に電話していなかった。しかしそれで良かったのだと思う。学校からの使いが獅子路陽介を迎えにこの家へ訪れたとき、別人が現れたら、悪質ないたずらだと思われるのは目に見えている。

 首を横に振り、ミルクを一口だけ飲んだ。そうか、倒したか。


 午後になり、二人に俺が倒れていたという場所まで案内してもらった。家からはそう遠くない。しばらく歩き、改めてとてつもないへき地だと思い知る。本当になにもない。俺は都会生まれの都会育ちだ。湖畔の山小屋でひと夏を過ごしてみたいと計画したことはあるけれど、定住なんて想像もつかなかった。

 二人には先に帰ってもらい、そのへんを散歩した。歩きながら、シンを実体化しようと何度も試みたが駄目だった。こんなの初めてだ。自分のシンを自覚してからというもの、それを見失ったことは一度もない。教員になって一年目の夏、友人と飲みに行ったあとに空を飛んで帰っていたら、酔っ払っていたせいで電柱に頭から激突した。二日間の昏睡から目覚めた直後でさえ、すぐに魔法を使うことができた。看護師の目を盗んで病室を抜け出し、売店にメロンパンを買いに行った。


 シンが自覚できない。

 ひょっとしたら俺は獅子路陽介ではないのかもしれない。ただ思い込んでいるだけなのかもしれない。俺はそのへんにいるただの子どもで、獅子路陽介になりきる妄想をしているうちに現実との境目が分からなくなっているのかもしれない。


(2014/5/1)

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