冷える寒さに涙は凍え
妻が夫を刺殺した。
いっけんどこにでもある普通の殺人事件。
その時僕は、憂鬱な気持ちで加害者の元へと向かっていた。
そう、その時まで。
「弁護士の沢渡です。三輪 咲さんとの面会に来ました。」
看守はジロリと僕の体を舐めまわすようにみるとゲートを開いた。
今日、すべての動作は機械化され手動でやるものなど、ほとんど見ることは無くなった。
便利、という言葉を目指して科学者達は開発を続けたのだとしたら、便利な世界となった今、彼らは何を目指しているのだろうか。
コンクリートに反射する自分の足音を聞きながら、僕は事件の概要を思い出していた。
一週間前。110番通報があった。驚くことに妻が夫を刺殺をし、妻が110番通報をしてきたのだ。
警察は、その場で妻の「三輪 咲」を現行犯逮捕した。
しかし、取り調べを受けた彼女は沈黙を貫いた。手を焼いた警察は弁護士である僕を読んだ・・・。
━まったく・・・。いい迷惑だ・・・。さっさと話せばいいものを━
僕は深呼吸をすると、ゆっくりと二回ノックをした。返事はない。構うことなく僕は部屋へ入った。
部屋にはスチール製の机が一つ、パイプいすが二つ。鉄格子のはまった窓が一つ。
殺風景という言葉では、言い表しきれないほど何もない部屋だ。
「初めまして。弁護士の沢渡 賢治です。あなたの弁護を務めることになりました。よろしくお願いします。」
「・・・。」
彼女は、四十代後半と聞いていたがその容姿は、まるで三十代前半のようだった。
「三輪さん。あなたに簡単な質問をしていきます。答えてください。」
「・・・。」
「始めます。あなたの名前を教えてください。」
「三輪 咲・・・。」
ボソボソとした声が発せられた。沢渡は、その声を聞き逃さまいと懸命に耳を傾ける。
部屋には、暖房器具などなく12月の底冷える寒さが直接体感を冷やしていった。
「年齢と出身地を教えてください。」
「東京都北区生まれ、47歳です。」
「わかりました。それでは、事件の話をします。嘘をつくことなく真実だけを話してくれますね?」
「わかりました…。」
僕は、カバンからタブレットを取り出した。
三輪は、チラリとそれを見ると再び顔を伏せた。
「タブレットがどうかしました?」
僕は何か話題をだそうと聞いてみた。もしかして。何か証拠となることを言ってくれるかもしれない。三輪は、一息つくと机の上のお茶を啜った。
部屋の寒さのせいか、すっかり冷えきっているはずのお茶を彼女は、冷ますようなしぐさをした。
「夫が、電子機器メーカーに勤めていたので少し、懐かしく感じたので…。」
「懐かしく感じる…。」
僕はタブレットに懐かしく感じる、とメモを取った。ふと、頭に疑問が浮かんだが僕はありえないとその疑問を振り払った。
「沢渡さん。」
「どうしました?」
「この街は、灰色ですね…。」
「灰色ですか…?」
僕は鉄格子のはめられた窓の外を見た。コンクリートの高い壁然見えるものはない。たしかに、灰色の世界なのかしれない。
「ここは、壁に囲まれてますから。」
「そういう意味じゃないんです。どこから見てもこの街は、灰色なんです。」
「それは…つまり、どういうことですか?」
僕は街のことを思い出した。この街からは有名な芸術家が数多く生まれたことで有名な街だ。街のシンボルであるタワーは、地味というよりはむしろ派手過ぎて景観を損ねてるのでは?と思えるほどだ。
街のいたるところに、得体の知れないアート作品がある。
つまり、この街は色鮮やかなはずなのだ。
「沢渡さんは、きっと私が何を言ってるいるのかわかっていませんよね?私の気が狂ったとでも思っているのかもしれません。」
「いえ…そんなことはありません。」
心の中を見透かされた僕は、緊張をほぐすためお茶を飲んだ。思っていたよりまだ、温かかった。
「白と黒。罪を起こさなければ白。起こせば黒。この街は、罪になりそうでならない灰色のことが日々起き続けています。それを、人は見て見ぬフリをする。もちろん、私もそうです。この街は、人々に望まれて、灰色になったのだと思います。」
「灰色の街…私たちが望んだ色…。」
「ええ…。メモとらないのですか?」
僕は、ハッとタブレットを操作しようとした。しばりくして、僕はタブレットの電源を落とした。
「いいんです。メモなんて取らなくても、しっかりと覚えておけばいいのですから。」
僕は、改めて三輪を見た。気がつくと彼女も僕のことを見ていた。