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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第12章 世界をつなぐ、開いた輪

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第97話 それぞれの拍


 白い壁へ触れた一瞬に読み取れたのは、十頭を束ねる命令の構造だった。


 十頭は、姿だけが違う。


 それぞれが自分で状況を判断しているのではない。第二光輪が一つの補正命令を作り、それを十頭すべてへ同時に送っている。


「エリシア、十頭は一つの光輪から、同じ補正命令を受けてる!」


「同じ命令では同時に直せないよう、一頭ずつ違うずれを作ればいいのね!」


 彼女は両手を広げた。


 十本の小さな炎が生まれる。


 一本目は七百九十二。


 二本目は八百一。


 三本目は七百八十六。


 温度だけではない。


 飛ぶ速さも、角度も、消える時刻も、すべてほんの少しずつ違っている。


 どれも単独では、守護獣を倒せるほど強くない。


 だが、オルフェウスの側には一つの弱点があった。


 十頭の状態を、同じ一つの補正命令で直そうとすることだ。


 最初の炎へ合わせて、防御の時刻が決められる。


 一頭目は正確に炎を消した。


 だが、二頭目にとっては補正が早すぎる。


 三頭目にとっては遅すぎる。


 四頭目は角度が合わず、五頭目は必要以上に身体を捻った。


 第二光輪が誤差を直そうと、さらに強い補正を送る。


 けれど、一つの命令では、異なる十の誤差を同時には直せない。


 右へ戻ろうとする翼が、左へ避けようとする隣の翼へぶつかる。


 高度を上げる獣と、下降する獣の同期線が互いを引っ張る。


 一頭のずれを直すたび、別の一頭のずれが大きくなった。


 十頭が空中で衝突する。


 白い獣の群れが、眩い嵐となって砕けた。


 爆風が銀の道を持ち上げる。


「くっ……!」


 足元が消えた。


 俺とエリシアの身体が、別々の方向へ投げ出される。


 握っていた手が離れた。


「ユウマ!」


 上下のない白い海へ落ちる。


 銀の道が遠ざかる。


 海の中から、無数の白い命令線が伸び、俺の両腕と胸へ絡みついた。


【非登録体を検出】


【適合する分類を検索】


【王国血統登録――該当なし】


【教会祝祷登録――該当なし】


【帝国同期登録――該当なし】


【分類不能】


【欠損として消去】


 身体の輪郭が、指先から白く薄れていく。


「俺は、欠損じゃない!」


 叫んでも、落下は止まらない。


 分類できないものを、存在しないものとして消す。


 それこそが、この世界で非連結者へ行われてきた処理だった。


『第二環の遅延記録が到達します』


 アークの声が響いた。


 背中へ、硬い感触が触れる。


 何もなかったはずの場所に、銀の足跡が現れた。


 七・二秒前、俺たちが歩いていた帰還経路だ。


 Λフレームの第二環は、現在の道をただ複製していたのではない。現在が上書きされた時のために、少し前の状態を遅らせて運んでいた。


 いまの俺の足元から道が消えても、七・二秒前の道までは同時に消えない。


 遅れてきた銀の足跡が、落ちる俺を受け止めた。


 俺はその足跡を蹴る。


 身体が跳ね上がる。


 少し上で、エリシアも白い海へ引き込まれようとしていた。


 手を伸ばす。


 届かない。


 もう一度、遅れて現れた足跡を踏む。


「エリシア!」


 指先が触れた。


 手首を掴む。


 強く引き寄せる。


 エリシアも俺の腕を掴み返した。


「ここにいる!」


「私も、ここにいるわ!」


 二人の声が重なる。


 現在の銀の道が、足元へ戻ってきた。


 俺たちは転がるようにそこへ着地する。


 背後で、第二光輪が完全に暗くなった。


     ◇


 同じ頃、物理世界でも戦いが始まっていた。


 大聖堂地下の円形広間。


 Λフレームの中央では、俺とエリシアの身体が向かい合って座っている。


 二人とも目を閉じたまま動かない。


 精神が神域へ入っている今、物理世界の身体は、自分で攻撃を避けることも、防御術式を使うこともできなかった。


 その二人を囲む銀の環が壊れれば、帰還経路そのものが消える。


 だから外に残った仲間たちは、Λフレームから三歩以内を、絶対に敵へ渡すわけにはいかなかった。


 床の聖句が白く光る。


 石の隙間から、白い人形が次々に立ち上がった。


 歴代の聖騎士が残した戦闘記録へ、根が仮の身体を与えた自動兵だ。


 彼らが生きていた頃の判断も、守りたかったものも残っていない。


 保存されているのは、剣を振る速さと、敵を倒すための動作だけだった。


 最後に立ち上がった一体だけは、騎士の姿ではなかった。


 白い法衣。


 細い身体。


 両袖から伸びる刃。


 レーネと同じ顔が、感情のない目を開いた。


『直属実行体の局所離脱を確認』


 白いレーネが告げる。


『保存された運動記録から、代替実行体を生成しました』


 根にとっては、本人が命令を拒んでも関係がない。


 過去の動作さえ残っていれば、同じ道具を作り直せると考えているのだ。


 白いレーネが床を蹴った。


 本物より速い。


 一歩目で距離を消し、左右の袖刃を同時に開く。


 痛みがない。


 迷いもない。


 傷ついた脚を庇う必要もない。


 レーネが教会の命令へ完全に従っていた頃、その身体が記録した最速の動きだけを繰り返している。


 右の刃が、本物のレーネの喉へ走る。


 レーネは上体を逸らした。


 避けきれない。


 刃先が肩を裂き、白い法衣へ血が滲んだ。


 それでも彼女は袖刃を出さず、相手の足元を見続けた。


「同じでは、ありません」


 白いレーネが二撃目を放つ。


 本物は半歩下がる。


 三撃目。


 肩口を狙う斜めの刃を、袖の金具で受け流す。


「私が以前使っていた最速の連撃は、三撃目までに左脚へ負荷が集中します」


 レーネが後方へ声を飛ばした。


「本当の身体なら、踵の痛みで踏み込みを弱めるか、四撃目を別の動作へ変えます。ですが、あれには痛みがありません」


 白い人形は、保存された手順どおりに四撃目へ入った。


 左足を深く踏み込み、両袖刃で胴を挟む動作。


 本物のレーネは迎え撃たない。


 身体を低くし、真横へ倒れ込んだ。


 目標を失っても、人形は四撃目を止められない。


 左踵を、全力で石床へ叩きつける。


 保存記録では、人間の筋肉と関節が衝撃の一部を吸収していた。


 だが白い代替体は、痛みも疲労も無視して同じ力を出した。


 逃げ場を失った衝撃が脚から胴へ逆流する。


 人形の姿勢補正が、一拍遅れた。


「今だ」


 ダリオの長刀が走る。


 刃ではなく、峰が白いレーネの両腕を打った。


 狙ったのは腕そのものではない。袖刃へ命令を伝える肩の接続点だ。


 同時に、リオネルの風が床から立ち上がり、人形と根を繋ぐ白い命令線を押し上げる。


 命令線が、わずかに床から離れた。


 その終点へ、セリナが紫の幻を重ねる。


 本物の床より半歩だけ奥にある、偽の接地点。


 白い人形は、自分がまだ正しい場所へ立っていると誤認した。


 姿勢を直す力が、存在しない床へ向かって流れる。


 両腕を開いたまま、白いレーネが停止した。


「壊さないのか」


 ダリオが刀を構えたまま訊く。


「はい」


 レーネは傷ついた肩を押さえ、立ち上がった。


「あれは私ではありません。ですが、私の動きを勝手に使った証拠です。公開審査まで保存してください」


 自分と同じ顔をした偽物を前にしても、彼女は怒りのまま処分を決めなかった。


 ミーナが停止した人形へ封印布を掛ける。


「本物の方が遅くて強い。ずいぶんな皮肉ね」


「遅れたから、四撃目を選ばずに済みました」


 レーネはそう答え、残る白い人形へ向き直った。


 自分の痛みを知っている。


 自分がかつて間違えた動きも覚えている。


 それは、最速の記録しか持たない偽物にはできないことだった。


「前方に八。後方に五」


 ダリオが敵の位置を報告する。


「Λフレームを守る。三歩以内へ入れるな」


 最前列の聖騎士人形が踏み込んだ。


 ダリオの長刀が閃く。


 一体目の剣を受け流し、その勢いを使って二体目の胸へぶつける。


 柄頭が三体目の顎を打った。


 白い人形には痛覚がない。


 首が大きく反っても倒れず、床を這いながらダリオの足を掴もうとする。


 その腕を、レーネの袖刃が床へ縫い止めた。


「次も同じ連続動作です。四拍目に、右上段」


 一拍目。


 白い剣が左から来る。


 二拍目。


 もう一体が下段へ回る。


 三拍目。


 二本の剣がダリオの退路を塞ぐ。


 四拍目。


 予告どおり、右上段から大剣が振り下ろされた。


 ダリオは一歩だけ前へ出る。


 剣が力を得る前に肩へ入り、刀の鍔で人形の手首を打ち上げた。


 リオネルの風が、後続五体の足をまとめて払う。


 セリナは床の像を半歩だけ長く見せた。


 人形たちは本来より遠い場所へ足を置こうとし、次々に踏み外す。


 倒れた一体へ後ろの人形が乗り上げ、その背中へさらに次が重なった。


「倒した端から、また生成されているわ!」


 セリナが叫ぶ。


 床の白光から、新しい腕が伸び始めていた。


「壊せば、その数だけ補充される」


 ダリオは倒れた人形を蹴り飛ばさず、入口の前へ押し重ねる。


「なら、壊すな。ここで詰まらせろ」


 動けない人形を障害物として残せば、新たに生成された個体も前へ出られない。


 リオネルが風の壁を斜めに置き、人形の山が崩れないよう支える。


 戦場のすぐ後ろでは、ナタリアが記録板から目を離さず、数式の送信を続けていた。


 剣が頭上を通る。


 髪が数本切れた。


 それでも筆を止めない。


「数式投影、七割が外部へ到達しました! 残る三割は教会基準により、数値と供給元が聖句へ置き換えられています!」


「置き換えられた聖句も、そのまま送って!」


 ミーナが人形へ拘束針を撃ちながら叫ぶ。


「元の記録と並べれば、何を消したか分かる! 改竄した場所そのものが証拠になるわ!」


「了解しました。原文、改竄後、照合時刻を一組として送信します!」


 クラリス先生は戦闘へ加わらず、Λフレームのそばに膝をついていた。


 見るのは、砂時計。


 俺とエリシアの脈。


 二人の血統印と精神署名。


 異常が切断条件へ達した瞬間、誰に反対されても比較鍵を抜く役だ。


「接続開始から二十八分」


 先生が淡々と記録する。


「天城君の脈拍が上昇。エリシアさんの血統印へ二度目の侵入を検出。どちらも、まだ切断基準内です」


 ダリオは人形を止める。


 リオネルは風で入口を塞ぐ。


 セリナは敵の知覚をずらす。


 レーネは保存動作の癖を読む。


 ミーナは改竄を見つける。


 ナタリアは記録を外へ届ける。


 クラリス先生は、俺たちを切ってでも生きて戻す時刻を見ている。


 全員が、別々の拍で動いていた。


 だから、一人が転んでも全員は倒れない。


     ◇


 神域の白い海で、オルフェウスは俺たちを見下ろしていた。


 十二の光輪のうち、一つ目は光を失いかけている。


 治癒の雨はまだ続いていた。


 だが供給を決める権限が各地へ分かれたため、もうオルフェウス一人の奇跡ではない。


 二つ目の光輪は、守護獣とともに完全に暗くなっている。


 残る光輪は十。


 その一つを使うだけでも、今の俺たちを押し潰せるはずだった。


 だが、オルフェウスは次の攻撃を放たない。


「どうして、次を撃たないんだ……」


 俺が呟くと、エリシアが残る光輪をじっと見つめた。


「白い光が、静かすぎるわ」


「静か?」


「炎なら、必ず揺れる。空気も燃料も、完全には同じ状態でいられないもの。でも、あの十の輪は、さっきから一度も形を変えていない」


 言われて、俺も気づいた。


 光輪は回転しているように見える。


 だが、炎の先端も、光の濃さも、回転の速さも、一度も変わっていない。


 同じ形。


 同じ明るさ。


 同じ周期。


 それは、安定しているのではない。


 変化を許されていない。


「アーク、世界全体の固定率を確認して!」


『大域位相固定率、九十二・八パーセント』


 監査経路へ入る前は、八十九・一だった。


 俺たちが治癒の雨を調べ、守護獣と戦っている間にも、固定率は上がり続けていた。


 九十五パーセントへ達すれば、古代の安全装置である第三警告が起動する。


 世界の共鳴崩壊を防ぐため、金、白、黒の根を強制的に切断する。


 魔法の独占は止まる。


 同時に、治癒補正も生活炉も飛行具も、根に依存するすべての設備が止まる。


「奇跡も獣も、俺たちの注意を引くためだったのか」


『訂正。一つ目の奇跡は、治療と同時に教皇への信頼入力を収集していました。二つ目の守護獣は、抵抗者を拘束するとともに、世界各地へ同一の戦闘基準を配信していました』


 攻撃そのものが、本命ではなかった。


 オルフェウスは最初から、世界全体を一つの拍へ揃える詠唱を続けていた。


 奇跡を見せ、祈りを集める。


 抵抗する者には、同じ敵と同じ恐怖を見せる。


 助けを求める声も、戦う者の動きも、一つの基準へ近づけていく。


『人は、それぞれの拍を守ろうとして争います』


 オルフェウスが両手を胸の前で合わせた。


『ある者は治療を望み、ある者は炉を守ろうとする。ある者は祈り、ある者は疑う。その差異が、苦しみを生むのです』


 三重冠が回転を始める。


 一段目には、王国が人と物を識別するために使ってきた登録権限。


 二段目には、教会が何を正常と定めるために使ってきた基準権限。


 三段目には、帝国が命令を世界へ届けるために使ってきた同期権限。


 本来は、一人へ集めてはならない三つの機能だ。


 登録が、世界中の人間と設備を一つ残らず見つける。


 基準が、それらを同じ「正しい状態」へ書き換える。


 同期が、その書き換えを世界の端まで同時に届ける。


 三つが重なれば、誰も命令の外へ逃れられない。


『ならば、異なる拍をなくしましょう』


 三重冠が、一つの巨大な輪へ重なった。


 金、白、黒の光柱が、境目を失っていく。


『登録』


 世界中の人と魔法具が、一つの一覧へ並べられる。


『基準』


 異なる体温。


 異なる歩幅。


 異なる願い。


 そのすべてが、誤差として白く塗られていく。


『同期』


 一つにされた基準が、世界中へ流れ始めた。


『――統合』


「やめろ、オルフェウス!」


 三重冠が重なった中心に、登録、基準、同期の三つを接続する細い光点が見えた。


 俺はそこへ狙いを定め、位相を一拍だけ遅らせる術式を組む。


 三つの権限は、完全に同じ時刻で動くからこそ、世界を一つの基準へ統合できる。登録、基準、同期のうち、どれか一つの到達を遅らせれば、三つは重ならず、統合を止められるはずだ。


 銀色に光る位相遅延の術式が、三重冠の接合点へ走った。


 だが、届かない。


 白い海そのものが壁となり、術式を押し返した。


『我が身体に、痛みは一つでよい』


 オルフェウスは、世界全体を自分の身体として扱おうとしている。


 各地で生まれた痛みも、異常も、停止要求も、すべて一つの感覚へまとめる。


 そして、どの痛みを残し、どの痛みを消すかを、自分だけで決める。


「エリシア、手を!」


 俺たちは互いの手を掴んだ。


 だが、握った強さまで同じ値へ直されていく。


 世界中の扉から、鍵の回る音がした。


 一つ。


 また一つ。


 数え切れない扉が、同じ瞬間に閉ざされる。


 白い海の波が止まった。


 風が消える。


 エリシアの炎が、揺らめきを失ったまま空中へ固定される。


 遠くの治療所で泣いていた声も。


 戦場で剣を振る音も。


 Λフレームを守る仲間たちの呼吸も。


 心臓の鼓動さえも。


 すべてが、完全に同じ一拍へ揃えられていく。


 揺れがない。


 ずれもない。


 迷いも、反対も、遅れもない。


 完全に同じ一拍へ揃えられた世界は、壊れる直前とは思えないほど、美しく静かだった。


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