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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第11章 誰の命令でもない革命

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第83話 非連結者の宣言


 夜明け前、出発用の荷車へ最後の水樽を積んでいると、グレインベルから通信が入った。


 低出力の地脈通信は、王都まで真っ直ぐ届かない。


 鉱山組合、南部農区、ゼファー工場区、王都外壁の観測小屋。


 四か所を人の手で中継し、十数分遅れて届いた声は、何度も雑音に削られていた。


『ユウマ、聞こえる?』


 ルカだった。


 以前より少し低くなった声が、観測室の受音板から響く。


「聞こえる。そっちは無事か」


『うん。フィンさんたちもいる。共同軍はまだ来てない。でも、今日、来るかもしれない』


 言葉の向こうで紙をめくる音がした。


『出発する前に、一つだけ待ってほしい。僕たちが書いたものを、王都でも読んでほしいんだ』


「停止手順か?」


『違う』


 ルカは、そこで一度息を吸った。


『僕たちのことを、僕たちが決めるための文』


 俺は荷車の出発予定を見た。


 聖都までの最短路は封鎖されている。廃鉱道と旧巡礼路を使っても、休みなく進んで一日半。


 遅れは危険だ。


 だが、今ここで「急ぐから後にしてくれ」と俺が答えたら、何を急いで守ろうとしているのか分からなくなる。


「何分必要だ」


『読むだけなら十分。でも、その前に王都で確認してほしいことがある』


 ルカが伝えた場所は、学院旧事務棟の地下だった。


     ◇


 旧事務棟の地下書庫は、昨日の封鎖解除から調査が追いついていない。


 湿った棚の間を、ミリーナとマレクが先導する。


 最奥の鉄扉には、王国監査部と学院管理課、二つの封印が残っていた。


 学院側の封印はゼノス学院長が解除した。俺たちに協力して解除したわけではない。


『天城君へ資料を引き渡す許可ではありません。学院の名で何が保管されていたのか、学院自身が確認するための調査です』


 そう明記された学院長命令に基づき、ミリーナを含む学院教員二名と施設記録官が立ち会う。開封理由と閲覧者全員の名前を台帳へ残した上で、学院管理課の封印だけが外された。


 ゼノスは今も、俺の理論公開にも、クラリス先生の規則違反にも反対している。


 ただ、王国の命令で学院内に置かれた記録を、内容も確かめず守り続けることまで、学院の秩序だとは認めなかった。


 王国側の封印は、評議会の住民席と記録席が立ち会い、開封理由を記すことで外した。


 扉の中には、背丈ほどの棚が六列。


 一人につき一冊の薄い記録簿。


 表紙に名前、出生地、家族、魔力量、血統、スキル接続の有無が書かれている。


 非連結者申告令で集められた名簿だった。


 王都だけで八百三十一人。


 所在不明の赤印。


 監視継続の黄印。


 矯正祈祷済みの青印。


 死亡者には黒い線が引かれている。


 人間の人生が、処理状況の色に置き換えられていた。


 マレクが一冊を手に取る。


 表紙に、彼と同じ年頃の少女の名前がある。


「この子、同じ初等学校でした。引っ越したって聞いてた」


 中を開く。


 【矯正祈祷後も接続反応なし。北部労務施設へ家族単位移送】


 マレクの指が震えた。


「これ、全部、講堂で読もう。誰が何をしたか、全員に」


 後ろにいた住民たちからも声が上がる。


「役人の名を隠すな」


「名簿を広場へ出せ」


「こんなもの、燃やしちまえ」


 三つの要求は、それぞれ理由がある。


 被害を隠さないため、公開したい。


 二度と狩りに使われないよう、消したい。


 だが、住所と家族構成まで広場へ出せば、名簿を作った側と同じことを別の人間ができる。


 アークの受音板から、別の小さな声がした。


『燃やしちゃ、だめ』


 ミリィだ。


 中継の遅れで、地下の会話が向こうへ届いたのは少し前なのだろう。


『でも、みんなに見せるのも、だめ』


 マレクが受音板へ近づいた。


「どうして? 隠したら、なかったことにされる」


『名前は、その人のものだから』


 ミリィはゆっくり言った。


『わたし、逃げた場所を知られたくない。非連結ってことを言うかどうかも、自分で決めたい。でも、名簿を作って連れていったことは、なくしちゃだめ』


 子供の言葉は、制度の用語ほど整っていない。


 それでも、問題の中心を外さなかった。


 記録を残すことと、被害者をもう一度公開することは違う。


 クラリス先生が棚を見渡した。


「では、何を残し、何を本人へ返し、何を公開するべきでしょう」


 答えを教えず、問いを返す。


 地下書庫で、その場の協議が始まった。


 原本は一冊ずつ封筒へ入れ、所在が確認できる本人か家族へ返す。


 連絡がつかない分は、住民席、教育席、記録席の三者が別々の鍵を持つ保管箱へ置く。


 人数、移送先、命令系統、作成者の署名は複写し、被害の証拠として公開する。


 住所、治療歴、家族名は、本人の同意なしに公開しない。


 狩りへ使われた検索用の索引と複製札は、その場で切断する。ただし、何枚を誰が切断したか記録する。


 全員が満足したわけではない。


 家族を奪われた男は、監査官の住所も晒せと叫んだ。


 名簿作りに加担した学院事務員は、命令されただけだと泣いた。


 ミリーナは事務員の署名を消さなかった。


 同時に、その事務員が三人分の移送日を遅らせた追記も消さなかった。


 人は一行だけでは決まらない。


 だが、複数の行があるからといって、最初の行が消えるわけでもない。


 作業が終わる頃には、東の窓が白くなっていた。


     ◇


 宣言は、学院の講堂ではなく、南区の旧市場で読まれることになった。


 壇上は作らない。


 中央に低い円卓を置き、非連結者、低魔力者、接続者、工房技師、司祭、兵士が同じ地面へ立った。


 円卓の上には、一枚の新しい旗がある。


 灰色の布に、銀の輪。


 ただし、輪の上側が少し開いている。


 輪の内と外には、同じ大きさの点が三つずつ描かれていた。


 開環旗。


 閉じていない輪は、欠陥ではない。


 入る道と、出る道の両方を残す印だ。


 最初に考えたのはミリィで、形を整えたのはゼファー工場区の図面工だという。


 ナタリアが王都の投影板を開く。


 グレインベル、南部農区、帝国東部第四中隊の宿営地、聖教国北辺修道院、王都。


 五つの場所が、低帯域の音声と手書き板でつながった。


 映像は途切れ、声は遅れる。


 完全な同期ではない。


 だから、どこか一か所が止まっても、他は読める。


 ルカの声が最初に届いた。


『これは、天城ユウマが書いた宣言ではありません』


 市場にいた人々が俺を見る。


 俺は円卓から二歩下がった。


『クラリス先生や、王都の評議会が決めたものでもありません。非連結者と呼ばれた人、低整相だから接続を断られた人、接続を怖いと思った人、接続していたけれど離れたい人が、話し合って書きました』


 草稿は一日でできたものではない。


 最初の案には、【すべての非連結者は保護される】と書かれていた。


 ルカが、その文を消した。


『保護されるだけだと、守る人が決める側で、僕たちは決められる側のままだから』


 次の案には、【誰も接続を強制されない】とだけあった。


 元帝国兵が、接続を外した後で戻る権利も必要だと言った。


『怖くなって外した。でも、家族と通信するために、いつか戻したいかもしれない。戻ったら裏切り者になる宣言には署名できない』


 接続しない自由を、新しい義務へ変えないためだった。


 別の案では、すべての魔法知識を無条件に公開すると書かれた。


 工房の技師が反対した。


『炉を爆発させる手順まで、初心者向けの紙へ同じ大きさで載せるのは教育じゃない。危険、前提技術、停止法を隠さないことと、誰にでも今すぐ実行させることは違う』


 議論の跡は消されず、宣言の余白へ小さく残っている。


 完成した文を、ミリィが一行ずつ読んだ。


『わたしたちは、非連結を、失敗や罪と呼ばないことを求めます』


 南部農区が同じ一行を読む。


『接続すること、接続しないことを、自分で選ぶ権利を求めます』


 帝国の宿営地で、腕から同期環を外した兵士が続ける。


『一度接続した後に離れること、離れた後に再び接続することを、裏切りとみなさないことを求めます』


 北辺修道院では、老司祭と非連結の少女が一枚の紙を一緒に持っていた。


『魔法を学ぶ権利と、危険、必要な技量、失敗した時の止め方を知る権利を求めます』


 王都では、地下名簿に名前があった男が読んだ。


『非連結であることを、本人の同意なく公表、登録、売買しないことを求めます』


 ルカの声へ戻る。


『水、治療、移動、教育のように、生きるため必要なものを、一つの接続方式だけにしないことを求めます。接続できない人、接続しない人にも、安全な手動手順か別の入口を残してください』


 最後の前に、少し黙った。


 中継の雑音かと思ったが、違う。


 言葉を自分のものとして言うための間だった。


『わたしたちは、何をしても責任を負わないと言っているのではありません。使った道具で誰かを傷つけた時は、接続している人と同じように、したことを記録し、確かめ、償います。非連結を理由に罪を重くしないでください。非連結を理由に罪を軽くもしないでください』


 特別扱いを求める文ではない。


 同じ人間として扱え、という文だった。


 ミリィが最後を読む。


『わたしたちは、空白ではありません。誰かが書き込むのを待つ欄でもありません。つながらないまま生きることも、つながることを選ぶことも、わたしたちが決めます』


 読み終えた直後、市場のパン屋が手を挙げた。


「権利の話は分かった。だが、手動の水路は人手が要る。接続を使わない奴のために、使う奴だけが夜番をするのか」


 祝いの拍手が始まる前だった。


 誰かが男を黙らせようとしたが、地下名簿に名前のあった男が先に答えた。


「俺も夜番をする。弁の回し方を教えてくれ。接続してないことは、働けない理由じゃない」


 北辺修道院から、遅れて老司祭の声が届く。


『別の入口を残す責任は、誰か一方だけに負わせてはなりません。使う人、使わない人が、維持の当番と費用をどう分けるかも記しましょう』


 宣言の本文はその場で変えなかった。


 代わりに、最初の運用注記として【代替手順の維持責任を共同で定め、接続の有無だけを免除または加重の理由にしない】と加えた。


 自由を宣言した瞬間から、自由を支える面倒な仕事が始まった。


 五つの場所で、開環旗が上がった。


 完全に同時ではない。


 それでよかった。


 同時でなければ同じ意思にならない、という宣言ではない。


 王都の旗を上げたのはマレクだった。


 彼は接続者だ。


 低い魔力でも、共通コードを使えば小さな火を灯せる。


「俺が上げていいのかな」


 円卓の前で迷う彼に、地下名簿の男が言った。


「旗の点は、輪の中にも外にもある。お前がどっちか、俺が決めるもんじゃない」


 マレクは両手で綱を引いた。


 銀の開いた輪が、朝の風を受ける。


 市場の端では、王国の制服を着た書記官が宣言を写していた。


 逮捕状を書くためではない。


 市の水道規則へ、手動弁の常設を追加するためだという。


 別の場所では、共同軍から投降した聖兵が、停止図記号の読み方を子供へ教えている。


 染物工房は倉庫の半分を、接続の有無を問わない避難所へ変えた。


 学院の空き教室では、ミリーナが公開授業の時間割を貼る。


 治療所にはリナの提案で、血統認証が通らない時に使う手動診断表が置かれた。


 旗だけでは自由にならない。


 宣言だけでも腹は満たされない。


 だから、旗の下には教室、工房、診療所、水場が必要だった。


 人々はそれらを、非連結者の国とは呼ばなかった。


 開環共同区。


 出入りすることを前提にした、小さな生活単位だ。


 最初の共同区はグレインベルの旧測量器修理所。


 二つ目は王都南区の染物倉庫。


 三つ目は帝国兵が武器を置いた宿営地に作られた。


 セリナが開環旗の前へ進んだ。


 黒曜の髪飾りを外し、円卓へ置く。


「わたくしは、望めば接続できる血統と、望む前から教育を与えられる家に生まれました。そのこと自体を罪として捨てるつもりはありません」


 彼女は言葉を切った。


「けれど、それを当然だと思い、入口の外にいる方を見なかった責任はあります。この宣言を、貴族が許可する文としてではなく、特権を持つ者へ突きつけられた条件として受け取ります」


 リオネルも隣へ立つ。


「僕はこの旗の指導者にはならない」


 貴族らしい張った声だった。


 その内容だけが、以前と違う。


「必要なら、街道を守る。交渉の席を作る。僕の家が持つ倉庫と記録を出す。だが、この宣言の意味を決める席は、署名した当事者のものだ」


 ルカが通信の向こうで笑った。


『じゃあ、旗竿が倒れたら直す係をお願いします』


「承知した。グレイ家の名において、真っ直ぐ立てよう」


『輪は開けたままで』


「……承知した」


 市場に笑いが広がる。


 俺は最後まで署名台へ行かなかった。


 非連結者として署名できないからではない。


 ルカたちが俺へ署名を求めなかったからだ。


 代わりに、証人欄へ名前を書いた。


 クラリス先生も同じ欄へ左手で署名する。


「少し寂しいですか?」


 先生が訊いた。


「何がです」


「あなたの言葉から始まった運動が、あなたの言葉を待たずに宣言を作ったことが」


 考える。


 必要とされないことへの寂しさが、まったくないとは言えない。


 だが、それ以上に、回路が俺を通らず動いたことへ安堵していた。


「少し。でも、その方がいいです」


「なぜでしょう」


「俺がいなくても続くからです」


 クラリス先生は、いつものように答えを評価しなかった。


 ただ、嬉しそうに頷いた。


 出発の時刻は四十七分遅れた。


 ミーナは予定表へ【宣言による遅延】と書き、その横へ【必要経費】と付け足した。


 荷車が王都西門を出る。


 振り返ると、学院の塔には仮設評議会の規則が掲げられ、南区には不揃いな灯りが残り、その間で開環旗が風に揺れていた。


 新しい旗は、領土の境界を示さない。


 出ていく自由と、戻る自由を示していた。


 その開いた部分を通るように、俺たちは聖都へ向かった。


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