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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第5章 魔法の証明と異端の烙印

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第24話 異端の烙印


 呼び出しは、発表の翌朝だった。


 早い。

 あまりにも早い。

 こういう時だけ、学院の事務処理は驚くほど優秀になるらしい。


 学生証の赤い表示が、朝から強く点滅していた。


《評議会出席命令》

《研究活動一時停止》

《旧東棟地下測定室:封鎖予定》


 最後の一文を見た瞬間、胸の奥が冷えた。


(封鎖予定)

(つまり、まだ完全には封鎖されていない)

(記録は回収済みか? いや、クラリス先生が原本を持っている)

(薄膜ルーンは地下)

(SOP草案は壁)

(予備写しは――)


「ユウマ!」


 廊下の向こうからフィンが走ってきた。

 工具袋が跳ねている。

 顔は明らかに怒っていた。


「見たか、通知!」


「見た」


「研究停止って何だよ! 昨日、ちゃんと止められるって見せただろ!」


「政治的には、“止められる手順”まで示したから厄介なんだろうな」


「どういう意味だよ」


「発動できるだけなら、危険な異端で片づけられる。でも、停止条件まで示してしまうと、“危険だから教えない”という理屈が弱くなる。むしろ、教えない方が危ないんじゃないか、という話になる」


「……だから潰しに来るのか」


「たぶん。魔法を使える人間が増えることより、魔法を管理する理由が揺らぐことの方が、政治的には危険なんだ」


「意味わかんねぇ!」


「俺も納得はしてない」


 エリシアも遅れて現れた。

 いつものように背筋は伸びているが、目の奥に硬さがある。


「評議会に呼ばれたのね」


「君も?」


「私は参考人として。クラリス先生も呼ばれているわ」


「ザレスの仕切りか」


「ええ。けれど学院長も出るそうよ」


 ゼノス学院長。

 保守だが、ただの排除主義者ではない。

 未知の価値と危険を秤にかける人間だ。

 ただし、その秤の上には常に「国益」と「秩序」が乗っている。


「旧東棟は?」


 俺が訊くと、エリシアは視線を落とした。


「すでに封印班が向かっているわ」


「早いな」


「昨夜のうちに手続きが進んでいたのでしょう」


 フィンが歯を食いしばる。


「ふざけんなよ。あそこ、機材まだ残ってるぞ。薄膜も、黒鉛板も、俺の調整中の固定具も!」


「取り返しに行くな」


 俺が言うと、フィンは睨んできた。


「なんでだよ」


「今動いたら、証拠隠滅か規則違反にされる」


「じゃあ黙って取られるのかよ」


「原本は取られない」


 フィンの顔が止まる。


「……お前、何かした?」


「記録は三重化した。クラリス先生の透写記録、俺の手書き写し、エリシアの観測ノート。SOPは壁に貼ったもの以外に、図記号版を君の媒体箱に入れてある」


 フィンが慌てて媒体箱を開ける。

 中から折りたたんだ紙が出てきた。


「いつの間に」


「昨日の発表前」


「言えよ!」


「知っていると、没収された時に反応が出る。知らなければ、ただの媒体箱だ」


「……つまり、俺に黙ってた方が安全だったってことか」


「そういうことだ」


「お前、たまに本当に怖いな」


「記録は一箇所に置くと消える。押収、紛失、改竄、どれでも終わりだ」


 言ってから、俺は白衣の内側に入れたノートの表紙を、布越しに指で押さえた。


 実験で一番怖いのは、失敗そのものではない。

 失敗がなかったことにされることだ。

 誰が、いつ、どんな条件で、どこまで危なかったのか。

 それが残らなければ、次に同じ失敗をする人間を止められない。


 だから俺は、病的なほど記録を分ける。

 原本、写し、感覚記録、媒体調整メモ。

 同じ事実を、違う場所に、違う形式で残す。


 フィンは何か言いかけて、やめた。


「……つまり、先に研究室を押さえてから、評議会で正式に止めるつもりか」


「ああ」


 研究室を封鎖し、資料を押さえ、そのうえで評議会にかける。

 順番が逆に見えるが、権力の手続きとしてはよくできている。

 先に現場を止めておけば、議論の最中に新しい結果が出ることはない。


 フィンは奥歯を噛みしめた。


「最初から結論ありきじゃねぇか」


「それを、会議という形にするんだろうな」


 エリシアが静かに言う。


「気をつけて。今日の相手は、理論ではなく言葉を武器にするわ」


「分かってる」


「いいえ、たぶん分かっていないわ。あなたは正しい説明をすれば通じると思いがちだけれど、相手は正しさではなく、聞こえ方を使う」


「……努力する」


「その返事、不安ね」


「俺も不安だ」


 そう言うと、エリシアは少しだけ表情を緩めた。

 けれど、すぐに前を向いた。


「行きましょう」


     ◇


 評議会室へ続く廊下の前で、クラリス先生が待っていた。


 透写羽ペンを胸元に差し、いつもと同じ穏やかな表情をしている。

 だが、その手に抱えた記録帳は、いつもより少し強く握られていた。


「遅くなりましたか」


「いいえ。時間通りです」


 クラリス先生はそう言って、俺とエリシア、そしてフィンを順に見た。


「ここから先は、発言のすべてが記録されます。天城さん、必要以上に挑発へ乗らないこと。エリシアさん、家名を使われても即答しないこと。フィンさんは……」


「俺は黙ってます」


「できるだけ、で構いません」


「信用低いなぁ」


 軽口はあった。

 けれど、誰も笑いきれなかった。


 重い扉だった。

 黒い木材に銀の補強が走り、中央には学院章、その周囲には聖印が刻まれている。

 学問の場でありながら、裁きの場でもある。

 そんな主張が、扉そのものから滲んでいた。


 フィンが小さく息を吐く。


「……なんか、入る前から怒られてる気分だな」


「扉の設計思想としては成功だな」


「分析すんな。余計に緊張する」


 エリシアは扉を見据えたまま、背筋を伸ばした。


「ここから先は、言葉の実技場よ。反射で答えないで」


「努力する」


「その返事がもう不安だわ」


 俺は学生証の赤い光を手で押さえ、一度だけ深く息を吸った。

 逃げ道はない。

 なら、せめて順番だけは間違えない。


 クラリス先生が扉の前へ進み、静かにノックした。


 低い音が、廊下に響く。


 少し間があった。

 やがて、扉の向こうから声が返る。


「入れ」


 短い一言。

 それだけで、場の温度が一段下がった気がした。


 クラリス先生が扉を開ける。

 俺たちは、評議会室へ入った。


 評議会室は、学院長室より広く、寒かった。


 円卓。

 高い天井。

 壁に刻まれた聖印と学院章。

 窓は細く、光は弱い。

 中央には、記録用の水晶球が浮いている。


 ゼノス学院長は正面に座っていた。

 白髪、静かな目、学院長杖。

 その横にザレス。

 黒衣の姿が、壁の影とほとんど同化している。


 ほかにも数名の教授、監査官、事務官がいる。

 彼らの視線が、入室した俺たちへ一斉に向いた。


「クラリス=エルダーレン。監督教員席へ」


 事務官が淡々と告げる。


「はい」


 クラリス先生は一礼し、左側の席へ移動した。

 俺たちの側に立ち続けるのではなく、評議会の中に置かれる。

 それだけで、彼女もまた審査される側なのだと分かった。


「エリシア=ヴァーミリオン。参考人席へ」


「承知しました」


 エリシアは背筋を伸ばしたまま、円卓の斜め前に設けられた席へ向かった。

 紅のリボンが、冷たい室内で小さく揺れる。

 彼女は座る前に一度だけ俺を見た。

 焦るな、という目だった。


「フィン=クロード。学生補助者として後方待機」


「……はい」


 フィンは不安を飲み込み、後方の壁際へ下がった。

 椅子はない。

 立つことだけが許されている位置だった。


 最後に、事務官の視線が俺へ向く。


「天城ユウマ。中央へ」


 俺は円卓の中央へ進んだ。


 足音が、やけに大きく響く。

 記録用の水晶球が淡く光り、俺の学生証の赤い表示を映し返した。


 監視付き理論特待生。

 血紋応答なし。

 危険指定候補。


 貼られたラベルが、言葉になる前からそこにあった。


 学生証の赤い光が、やけに目立つ。


 ゼノスが口を開く。


「天城ユウマ君。昨日の発表について、学院評議会は重大な懸念を抱いている」


「承知しています」


「まず確認する。君は低魔力者、血紋応答なしの者、あるいは標準術式適性の低い者に対しても、外部媒体と手順により魔法発動を可能にする研究を進めている。相違ないか」


「相違ありません。ただし、低出力初等範囲、安全停止条件付きです」


 ザレスがすぐに言う。


「限定を付ければ危険が消えるわけではありません」


「消えません。だから測ります」


「君はまた測定の話をする」


「危険管理の話です」


「違います」


 ザレスの声が強くなる。


「これは、秩序の話です。王国の術式免許制度は、未熟な者が危険な術式に触れぬよう築かれてきました。血統、適性、教師の認可、段階的訓練。それらを飛び越えて、誰でも手順書で魔法を使えるなどと広めれば、混乱を招きます」


 誰でも。

 またその言葉だ。


「私は“誰でも簡単に”とは言っていません」


「しかし学生たちはそう受け取った」


「受け取り方の責任をすべて研究側に負わせるなら、誤解を防ぐ教育が必要です」


「詭弁です」


 ザレスの聖印指輪が、淡く光った。


「さらに問題なのは、君の説明が神授詠唱体系を軽視している点です。詠唱を周波数、祈りを境界条件、魔力を場の整相度として扱う。これは魔法の神聖性を損なうものです」


 来た。

 宗教的断罪。


 俺は一度、息を吸った。


「神聖性を否定するつもりはありません」


「では、なぜ祈りや詠唱を、音の高さや手順の違いで説明しようとする」


「説明できる部分を、説明しているだけです。声の高さ、呼吸、媒体の角度、発動前の条件。それらが結果に影響するなら、記録する価値があります。祈りそのものを否定しているわけではありません」


「都合のよい逃げです」


「逆です。曖昧なまま人を怪我させる方が逃げです」


 室内の空気が硬くなる。


 クラリス先生がわずかにこちらを見た。

 少し抑えろ、という目だった。

 分かっている。

 でも、これだけは譲れない。


「天城君」


 ゼノスが静かに言った。


「君の信念は理解する。しかし、学院は個人の信念だけで動く場ではない。知識には管理が必要だ」


「管理には記録が必要です」


「記録もまた、管理下に置く必要がある」


「管理と封鎖は違います」


「場合によっては同じだ」


 ゼノスの声は穏やかだった。

 だからこそ重い。

 彼は怒っていない。

 ただ、天秤を動かしている。


「昨日の発表以後、低魔力学生の間で手順書の写しを求める動きが出ている。工房系学生からは媒体改造の相談も増えている。君の研究は、すでに制御されていない」


「だから公式に安全手順を整備するべきです」


「評議会の審査前に広がること自体が問題なのだ」


 沈黙。


 俺は拳を握った。


 正しい。

 制度の側から見れば、そうだろう。

 審査前に広がる技術は危険だ。

 だが、審査という名で止めれば、失敗は地下へ潜る。

 人は隠れて試す。

 手順のないまま、噂だけで真似る。


 それが一番危ない。


「では、提案します」


 俺は言った。


「旧東棟の実験を停止する代わりに、初等範囲の安全講習を設けてください。SOPは学院管理下で配布。発動許可ではなく、危険条件と停止手順の教育として」


 ザレスが鼻で笑う。


「つまり、異端の手順書を学院が公認せよと?」


「事故を減らす手段としてです」


「異端は、常に善意の顔をして門を叩く」


 その言葉に、室内の数名が頷いた。


 クラリス先生が立ち上がる。


「副学長。異端という語を用いるには、学術審査が不足しています。本件は少なくとも現象の再現記録があり、危険停止も成功しています。まずは検証委員会を――」


「クラリス先生」


 ザレスが冷たく言う。


「あなたはこの研究の監督責任を問われる立場でもあります」


 先生の表情は変わらない。


「承知しています」


「ならば、慎重に発言されるべきです」


「慎重に申し上げています。測定可能な現象を、信仰上不快だからと封じるのは、学院の名に反します」


 空気がさらに張り詰めた。


 ザレスの目が、今度はエリシアへ向いた。


「エリシア=ヴァーミリオン。あなたは共同観測者として署名したそうですね」


「はい」


「ヴァーミリオン家の火を、この未登録理論の根拠に用いたのですか」


「私の火を観測対象として提供しました」


「その意味を理解しているのですか」


「理解しています」


「ならば、自重なさい。名門の火は、無籍者の数表に仕えるものではありません」


 エリシアの目が鋭くなった。


「私の火は、私のものです。家名のものではありません」


 室内がざわついた。


 ザレスは一瞬だけ黙る。

 だが、すぐに言葉を戻した。


「若さゆえの激情ですね」


「観測に基づく判断です」


「君は天城君の影響を受けすぎている」


「影響を受けたのは事実です。けれど、判断したのは私です」


 エリシアの声は静かだった。

 だが、熱がある。


 ゼノスが杖の先を軽く鳴らした。


「議論は十分だ」


 水晶球が淡く光る。


「評議会判断を下す。天城ユウマ君の低出力火花SEL研究は、現時点をもって危険指定候補とする。旧東棟地下測定室は封鎖。関連媒体、薄膜ルーン、実験記録の写しは学院管理下に置く。今後の発動実験は、教員二名以上の立ち会いと評議会許可を必要とする」


 予想していた。

 それでも、言葉として聞くと重い。


「また、SOP-01の無許可配布を禁じる。学生への指導、写本、実演も停止」


 フィンが後ろで息を呑んだ。


 俺はゼノスを見た。


「質問しても?」


「許可する」


「安全停止手順の共有も禁じますか」


 ゼノスの眉がわずかに動く。


「発動を誘発する恐れがあるため、現段階では禁じる」


「危険条件を知らないまま真似る学生が出た場合は?」


「学院規則により処罰する」


「処罰は、事故を止めません」


 ザレスが鋭く言う。


「評議会判断に異議を唱えるのですか」


「記録として残してください。私は、安全手順の封鎖に反対します」


 水晶球が光る。

 記録された。


 ゼノスはしばらく俺を見ていた。


「記録した」


「ありがとうございます」


 評議会は終わった。


     ◇


 旧東棟地下へ向かった時には、封鎖はほとんど終わっていた。


 扉には封印札。

 銀線の結界。

 学院章の刻印。

 その上から、聖印が重ねられている。


 研究室ではなく、禁忌の倉庫のようだった。


 フィンが扉を殴りそうになり、俺は腕を掴んだ。


「やめろ」


「でもよ」


「殴っても開かない。開いても俺たちが悪くなる」


「……くそ」


 フィンは拳を下ろした。


 エリシアは扉の封印を見つめていた。

 その目には、怒りと悔しさが混じっている。


「ごめんなさい」


「なぜ君が謝る?」


「私の家名では、止められなかった」


「止める必要はない」


「でも」


「記録は残っている」


 俺は白衣の内側から、小さなノートを取り出した。

 昨夜から今朝までの写し。

 手書きの線は歪んでいる。

 数値も荒い。

 だが、残っている。


 フィンの媒体箱にも図記号版がある。

 エリシアの観測ノートにも感覚対応表がある。

 クラリス先生の透写記録もある。


 扉を封鎖しても、現象は消えない。


 俺はノートを閉じた。


「真理は、封印札で消えない」


 声に出すと、思ったより青臭かった。

 フィンが少し笑う。


「今の、ちょっと格好つけた?」


「少し」


「認めるなよ」


 エリシアも、わずかに口元を緩めた。


 けれど、すぐに遠くから足音が聞こえた。

 廊下の角。

 黒衣の監査官が、こちらを見ている。


 監視は始まった。

 研究室は閉ざされた。

 SOPの配布は禁止された。


 だが、問題は何も解決していない。


 発表を聞いた学生たちは、もう知っている。

 低魔力でも、条件次第で火に触れられる。

 停止手順があれば、火を戻せる。


 知ってしまった者は、忘れられない。


 だから次は、より危険になる。

 手順なしで真似る者が出る前に、安全の方を先に広げなければならない。


 俺は封鎖された扉を見た。


 安全は、隠して守るものじゃない。

 設計して、共有して、更新するものだ。


 そのために、別の道を探す必要がある。


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