↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第5章 魔法の証明と異端の烙印

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/116

第22話 再現試験


 翌朝、旧東棟地下の小実験室は、研究室ではなく工房になっていた。


 正確に言えば、研究室と工房と寺子屋を無理やり混ぜたような場所だ。

 机の上には薄膜ルーン、石英片、銀線、黒鉛板、古い干渉計。

 床にはフィンが持ち込んだ工具箱。

 壁には俺が書いた大きな紙。


【SOP-01:低出力火花SEL】

【目的:低魔力者による初等火花の安全な再現】

【禁止:高出力化、連続発動、媒体未確認での起動】

【最優先:停止】


 自分で書いておいて、少し堅すぎると思った。


「字が多い」


 案の定、フィンが一行目で文句を言った。


「必要事項だ」


「必要なのは分かる。でも、現場で燃えそうになってるときに、こんな長文読まねぇぞ」


「燃えそうにならないための文章だ」


「燃えそうになったときにも読める文章にしろって言ってんの」


 フィンは炭筆を奪うように取ると、紙の端に記号を描き始めた。


 丸。

 横線三本。

 波線。

 ×。

 四角で囲った点。


「起動、調整、危険、中止、停止。こんな感じでいいだろ」


「いい」


「即答かよ」


「分かりやすい。採用だ」


「お、俺の手順が学問になった」


「まだ図記号だ」


「でも動いたら正解だろ?」


 フィンは満足そうに笑った。


 エリシアは壁のSOPをじっと見ていた。

 紅のリボンの下で、腕を組んでいる。


「詠唱の欄が短すぎるわ」


「短詠唱だからな」


「そういう意味ではないわ。発動者の呼吸、注意の向き、感情状態が抜けている」


「入れると長くなる」


「でも、抜くと失敗する」


 正論だった。


 俺は炭筆を持ち直し、詠唱欄の下に追記する。


【発動前:呼吸二拍以上安定】

【焦燥・怒り・恐怖が強い場合は発動禁止】

【発動者自身が停止語を唱えられること】


 エリシアが頷く。


「それならいいわ」


「感情変数は、君の担当で注釈を頼む」


「私が?」


「君の方が、火の感情依存を見抜ける」


「……分かったわ。感覚語も、対応する観測項目と一緒に書く」


 昨日までなら、エリシアは「感覚語を数値化する」ことに少し抵抗を示したかもしれない。

 だが昨夜、彼女の火は干渉縞として見えた。

 自分の感覚が否定されたのではなく、翻訳されたのだと、たぶん理解し始めている。


 クラリス先生は机の端で、静かに全体を見ていた。

 透写羽ペンはまだ動いていない。

 代わりに、彼女自身の目が観測器のようだった。


「天城さん」


「はい」


「今日の再現試験で重要なのは、成功回数ではありません」


「失敗条件の分類ですね」


「はい。それと、発動者が自分で止められること」


「了解しています」


 先生は頷き、扉の方へ目を向けた。


「今日は、再現試験に協力してくれる学生を何人か呼んでいます」


「事前説明は?」


「私から、低出力試験であること、停止条件を優先すること、拒否しても不利益はないことを伝えています」


「助かります」


「ただし、最初の再現者は、すでにこの部屋にいます」


 クラリス先生の視線が、自然にフィンへ向いた。


「……え?」


 フィンが工具を握ったまま固まる。


「最初の再現者は君だ」


「え、俺? 俺、発動担当?」


「道具の癖を見られる。低魔力ではないが、血紋補正は強くない。初回再現者としてちょうどいい」


「ちょうどいいって言われると、便利な部品扱いされてる気がする」


「部品は大事だ」


「そこは否定しろよ」


 文句を言いながらも、フィンは発動台の前に立った。

 彼は工房系だ。

 貴族のように整った詠唱は苦手だが、媒体に対する手触りの理解は速い。


 俺はSOPを読み上げる。


「一、媒体確認。石英片にクラックなし。銀線の緩みなし。黒鉛板の接触あり。二、干渉計基線確認。三、発動者の呼吸二拍安定。四、短詠唱入力。五、縞が二本以上乱れたら停止」


「長い」


「試験中は読む」


「はいはい」


 フィンは仮杖を握った。

 彼用の杖は、昨夜のうちにフィン自身が調整したものだ。

 石英片は小さく、銀線は一巻き。

 黒鉛樹脂は少し厚め。

 発動しやすさより、暴れにくさを優先している。


「じゃ、いくぞ」


「呼吸」


「分かってるって」


 フィンが息を吸う。

 吐く。

 少し肩の力が抜ける。


「……ign」


 短い音。

 俺のものより少し高い。


 薄膜ルーンに縞が出る。

 だが、中心で歪む。

 フィンの杖先に赤い点が生まれかけ、すぐに痩せた。


「停止」


 俺が言うより先に、フィンが叫ぶ。


「stop!」


 赤は消えた。

 黒鉛板に熱が逃げ、薄膜の縞も消える。


「失敗!」


 フィンが両手を上げる。


「いや、停止成功だ」


「火はついてないぞ」


「暴走してない。自分で止めた。最初の試験としては合格」


「成功の基準が低くね?」


「安全試験だからな」


 クラリス先生の羽ペンが走る。


【試行一:起動未達。停止成功】

【失敗要因:入力周波数高め、杖角度上向き二〜三度、発動者発声前肩緊張】


 エリシアが補足する。


「火が前に出ようとして、足場を失っていたわ」


「対応は?」


 俺が訊くと、彼女は少し考えた。


「杖を少し下げる。声を尖らせない。あと、発動前に工具袋を外した方がいいわ。腰が引っ張られて姿勢が歪んでいる」


「え、そこ?」


 フィンが自分の工具袋を見る。


「道具に引っ張られて火が失敗するとか、工房生として恥ずかしいんだけど」


「道具は嘘をつかない」


「それ、ガルドさんっぽいな」


「ガルドなら、たぶん殴って直す」


「やっぱ外すわ」


 二回目。


 工具袋を外し、杖角度を下げ、発声を丸める。

 縞はまだ乱れたが、赤い点が一拍長く残った。


 三回目。


 黒鉛板の角度を調整。

 呼吸を二拍から三拍へ。

 フィンの短詠唱は低くなる。


「……ign」


 赤が残った。

 小さい。

 火花というより、炭の奥の赤に近い。

 だが、消えない。


「維持、一拍」


 俺が言う。


「二拍」


 クラリス先生が記録する。


「三拍」


 エリシアの目が細くなる。


「外皮が薄い。停止した方がいいわ」


「stop」


 フィンが停止語を唱えた。

 赤はすっと黒鉛板へ吸われるように消えた。


 部屋に沈黙が落ちる。


 フィンが自分の手を見た。


「……今の、俺がやった?」


「やった」


「お前の補助じゃなくて?」


「手順と媒体の補助はある。けど、発動者は君だ」


「俺、火属性の成績、下から数えた方が早いんだけど」


「だからいい」


「いいのかよ」


「血統スキルに頼っていない再現例として価値がある」


 フィンはしばらく黙っていた。

 それから、にやっと笑った。


「じゃあ記録しとけ。フィン=クロード、火花三拍。停止成功」


「もう書いています」


 クラリス先生が穏やかに言った。


     ◇


 フィンの試行記録を整理し終えた頃、扉が控えめに叩かれた。


 クラリス先生が「どうぞ」と声をかけると、一人の男子学生が緊張した面持ちで入ってきた。

 先ほど先生が言っていた協力者の一人だ。


 名前はマレク。

 実技基礎で第六環に置かれている学生で、魔力量は低い。

 C-indexも高くない。

 学院の分類では「補助職向き」。

 本人の希望は、都市結界の整備士だという。


「本当に、僕がやっていいんですか」


 マレクは緊張で顔が白かった。


「やっていい。ただし、止めることを優先する」


「成功しなくても?」


「失敗は記録できる。暴走は記録する前に人が怪我をする」


「……はい」


 マレクは杖を持つ手を震わせていた。

 当然だ。

 彼はこれまで「危ないから触るな」と言われてきた側の人間だ。

 魔法はできる者がやるもの。

 できない者は離れて見ているもの。

 それが学院の常識だった。


 俺はSOPの最初を指差す。


「読む」


「え?」


「声に出して読む。手順は、頭の中に閉じるより外へ出した方が安定する」


 マレクは紙を見た。


「一、媒体確認。石英片に傷なし。銀線……緩みなし。黒鉛板、接触あり。二、呼吸二拍……」


 声は震えている。

 だが、読み進めるうちに少しずつ整う。

 手順は、心拍を下げる。

 順番は、人間を支える。


「発動前に停止語を確認」


「stop、です」


「違う。自分で言いやすい音にしていい。短く、迷わないもの」


 マレクは少し考えた。


「……戻れ」


「採用」


 エリシアが頷く。


「いい言葉ね。火を帰す感じがあるわ」


 マレクは少しだけ安心した顔をした。


 試行一。


 火は出ない。

 薄膜もほとんど反応しない。


 マレクの肩が落ちる。


「やっぱり、僕には……」


「失敗理由は?」


 俺は遮る。


「え?」


「才能以外で言う」


「え、ええと……声が小さすぎた?」


「他には?」


「杖が震えました」


「他には?」


「……呼吸、止めてました」


「三つ出た。次は三つ潰す」


 マレクは目を瞬いた。

 失敗したのに、責められない。

 代わりに、条件が分解される。

 それが不思議らしい。


 二回目。

 まだ出ない。

 だが、薄膜に一本だけ縞が出る。


 三回目。

 赤い点が生まれ、すぐ消える。


 四回目。

 マレクが焦って声を強めすぎ、縞が乱れる。


「戻れ!」


 赤が消える。

 停止成功。


「いい判断」


「でも、失敗です」


「危険条件を見て止めた。成功の一部だ」


 エリシアが静かに言う。


「あなたの火は、まだ小さい。でも今、自分で戻せたわ。それは大事なことよ」


 マレクは唇を噛んだ。

 泣きそうな顔だった。


 五回目。


「……灯れ」


 彼は自分で選んだ短詠唱を使った。

 標準詠唱ではない。

 だが、声は落ち着いていた。


 薄膜に縞が浮かぶ。

 中心は弱い。

 それでも、縞が切れない。


 石英片の先に、小さな赤が灯った。


 一拍。

 二拍。

 三拍。


 フィンが拳を握る。


 四拍。


 クラリス先生の羽ペンが止まらない。


 五拍。


 エリシアが言う。


「外皮が薄い。戻して」


「戻れ」


 赤が消えた。


 マレクは、しばらく動かなかった。


「……できた」


「五拍。停止成功」


 俺が言うと、彼の顔が崩れた。


「できた……僕、できたんですか」


「条件を守ったからな」


「才能じゃなくて?」


「才能もゼロではない。でも、才能だけじゃない」


 その言葉を聞いた瞬間、マレクは両手で顔を覆った。


 俺は少し困った。

 実験室で泣かれると、どう対応していいか分からない。


 エリシアが静かに近づき、彼に布を差し出した。


「泣くのはいいけれど、手順書を濡らさないで」


「す、すみません」


「謝らなくていいわ。記録が滲むのが困るだけ」


 言い方は硬い。

 でも、優しかった。


     ◇


 夕方までに、再現試験は十二回行われた。


 完全成功は三回。

 起動のみ成功が四回。

 停止成功は十一回。

 危険停止の遅れが一回。


 数字だけ見れば、華々しい成果ではない。

 だが、俺にとっては十分すぎる結果だった。


 低魔力者が、外部媒体とSOPで火花を維持した。

 失敗理由が、才能ではなく条件として分類された。

 停止条件が、発動者本人に扱えた。


 それは、魔法が個人芸から技術へ移るための第一歩だった。


 クラリス先生が集計表を机に置く。


「発表できます」


「まだ早いです」


「学術的には、早いです」


「なら」


「政治的には、遅らせるほど危険です」


 俺は言葉を止めた。


 先生は続ける。


「この記録はいずれ漏れます。なら、断片として噂になる前に、こちらから条件と停止基準を添えて出すべきです」


「……危険なものを、危険管理込みで公開する」


「ええ。隠された危険は、測れませんから」


 俺が以前言った言葉だった。

 それを返されると、反論しづらい。


 フィンが壁のSOPを見上げる。


「発表するなら、これ、もっと読みやすくしようぜ。あと図も増やす。学生が見るなら、文字だけだと寝る」


「学院の発表会で寝るやついるのか?」


「難しい話は睡眠魔法より効くぞ」


 エリシアは記録紙を手に取り、少しだけ眉を寄せた。


「発表すれば、反発されるわ」


「分かってる」


「特に、“誰でもできる”という言い方は危険よ」


「正確には、誰でもではない」


「でも、人はそう聞くわ」


 それも正論だ。


 俺はSOPの題名を見た。


【低出力火花SEL】


 小さな火花。

 たった数拍の赤。

 けれど、その意味は大きすぎる。


 血統がなくても。

 高い魔力量がなくても。

 感覚が鋭くなくても。

 条件を守り、媒体を選び、停止できれば、魔法現象に届く。


 それは希望だ。

 同時に、秩序への挑戦だ。


「発表では、こう言う」


 俺は炭筆で新しい一文を書いた。


【才能を否定しない。才能への丸投げを否定する。】


 エリシアがそれを見て、静かに頷いた。


「それなら、私も補足するわ。感覚は消えるのではなく、記録されるのだと」


「俺は媒体側を説明する。高い結晶じゃなくても、ちゃんと選べば動くってな」


 フィンも笑った。


 クラリス先生は、発表申請用の紙を取り出した。


「明日の午後、理論魔法研究会の枠を押さえます。教員数名、学生代表、評議会監査役が同席させましょう」


「監査役?」


「ザレス副学長です」


 部屋の温度が少し下がった気がした。


 フィンが露骨に顔をしかめる。


「うわ、黒衣の説教おじさん」


「その表現は記録しません」


 クラリス先生が穏やかに言う。


 俺は壁のSOPを見た。

 丸。

 横線。

 波線。

 ×。

 停止。


 手順は増えた。

 関わる人も増えた。

 危険も増えた。


 だが、もう俺一人の火ではない。


 マレクの五拍。

 フィンの三拍。

 エリシアの基準波。

 クラリス先生の記録。


 それらが一つの表になっている。


 科学は、共有された失敗から始まる。

 なら、明日はその失敗を、世界の前に置く日だ。


 俺は発表申請書に名前を書いた。


 天城ユウマ。


 その横に、クラリス先生が署名する。

 少し遅れて、エリシアが筆を取った。


「共同観測者として、名前を入れるわ」


 フィンが手を上げる。


「俺は?」


「機材補助者」


「よし、肩書きついた!」


 小さな笑いが起きた。


 けれど、笑いの奥で全員が分かっていた。


 明日の発表は、ただの研究報告ではない。


 魔法を、才能と信仰から少しだけ引き剥がす。

 その最初の公開実験だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。