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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第4章 才能の壁に挑む研究室

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第16話 差別と孤立


 学院の朝は、鐘で始まる。


 低く、長く、白石の校舎全体を震わせる音。

 村の朝にあった鶏の声も、工房の炉が息を始める音も、ここにはない。

 代わりにあるのは、整列した足音、制服の布擦れ、遠くを滑る浮遊廊下の低い唸り、そして――誰がどの家の出身かを測る視線だった。


(音まで階級制か)


 仮宿舎から本棟へ向かう回廊を歩きながら、俺は学生証を指先で確かめた。


 銀縁の薄い板。

 名前、所属、仮等級。

 そして、薄く赤く光る注意表示。


《監視付き理論特待生》

《血紋応答:なし》

《実技使用:教員承認下に限る》


 便利な札だ。

 俺が何か言う前に、周囲へ「こいつは面倒です」と告知してくれる。


 前世なら入館証に「危険物」って書かれているようなものだ。

 いや、研究室には似たようなラベルが貼られていた気もする。

 違うのは、ここではラベルが人間に貼られることだった。


「おい、見ろよ。あれが例の無籍だ」

「監視付きって、本当に光るんだな」

「危険物扱いじゃないか」

「ヴァーミリオン様が推薦したんだろ? 何を考えてるんだか」


 声は小さい。

 けれど、小さくする気があるだけで、聞かせる気はある。

 人間の悪意にも、なかなか繊細な調整機構があるらしい。


 俺は足を止めずに歩いた。

 止まれば、観測対象としての俺の反応が増える。

 反応が増えれば、相手は次の入力を探す。

 だから、無反応。

 負帰還。

 ノイズ抑制。


「ユウマ!」


 後ろから明るい声が飛んできた。


 フィン=クロードが、工具袋を肩に引っ掛けて走ってくる。

 制服は着ているが、袖口から工具の紐がはみ出している。学院の白と青の上品な色合いに、工房区の煤っぽさが混ざっていて、本人だけ別の仕様書で作られたみたいだった。


「おはよう。朝から顔色悪いな」


「周囲のノイズレベルが高い」


「それ、悪口言われてるって意味?」


「かなり近い」


「じゃあ普通にそう言えよ。解析しなくていいとこまで解析すんな」


「癖だ」


 フィンは呆れたように笑って、俺の学生証を覗き込んだ。


「うわ、本当に赤く光ってる。かっこいいな」


「どの辺が?」


「限定品っぽい」


「評価関数が独特すぎる」


 そう言うと、少しだけ気が緩んだ。


 学院で初めてできた友人が、差別の構造を全部理解していなくても、横で笑ってくれるのは助かる。

 温度計では測れないが、こういうものも安定化要素だ。


     ◇


 最初の授業は、実技基礎だった。


 場所は第三実技庭園。

 芝生の下に薄いルーン回路が敷かれ、周囲には低い白石の柱が並ぶ。

 中央側には地脈の流れが均一に整えられた区画。

 外周側には、古い結界石と、魔力の揺れが大きい不安定区画。


(中央ほど条件がいい)

(外周ほどノイズが多い)

(つまり、席順だけで結果が変わる)


 俺がそれに気づいたのと、実技担当の教師が名簿を読み上げたのはほぼ同時だった。


「エリシア=ヴァーミリオン、第一環」

「リオネル=グレイ、第一環」

「セリナ=アークロウ、第二環」

「フィン=クロード、第四環」

「天城ユウマ――第七環」


 庭園がざわついた。


 第七環。

 最外周。

 実質、劣等席。


 芝生の色も少し悪い。足元のルーンは摩耗し、柱の一つは欠けている。

 地脈の流れは中央の半分以下で、しかも周期的に乱れる。

 精密な制御を試すには最悪だ。

 ただ、失敗したときの被害が少ないという意味では、管理側にとって都合がいい。


「安全措置だ」


 教師は俺の方を見ずに言った。


「監視対象者には、規定により外周使用を命じる。異議は認めない」


 俺は一度、足元を見た。

 芝生。

 欠けた柱。

 摩耗したルーン。

 風向き。

 結界石の亀裂。


「異議はありません」


 答えると、周囲で小さな笑いが起きた。


「素直じゃないか」

「最下位の場所が似合う」

「理論で地脈でも直すつもりか?」


 俺はしゃがみ込み、足元のルーンを指でなぞった。

 銀粉が落ちかけている。

 線幅が均一ではない。

 これでは、場の位相が跳ねる。


(第七環は劣等席じゃない)

(劣悪な実験環境だ)

(なら、環境補正のデータが取れる)


 笑われているのに、少しだけ気分が上がった。

 よくない傾向だ。

 実験条件が悪いほど燃えるのは、前世からの悪癖である。


「おい、天城」


 中央側から声がした。


 リオネル=グレイ。

 風属性の名門。

 青銀の制服に鷹の徽章。背筋は伸び、視線はまっすぐだ。

 まっすぐすぎて、こちらを測線で切ってくるみたいだった。


「その席で何を観察している?」


「ノイズ源」


「自分のことか?」


 周囲が笑った。


 リオネルは笑わない。

 彼の挑発は、雑な嘲笑ではない。試験問題に近い。

 俺がどう返すか、それを見ている。


「俺自身も含む。観測系に観測者が与える影響は無視できないからな」


「……相変わらず、君の返答は不愉快なほど遠回りだ」


「褒めてる?」


「半分も褒めていない」


 どこかで聞いた比率だ。


 リオネルは杖を軽く持ち上げた。

 風が彼の周囲で薄く回る。

 自動補正の綺麗な流れ。

 血紋スキル層が、呼吸するだけで場を整えている。


「今日の基礎実技は、初等風圧と初等火花だ。君が理論でどこまで這い上がれるか、見せてもらおう」


「這い上がるには、まず地面の高さを測らないとな」


「君は、本当に――」


 リオネルが言いかけたところで、第一環のさらに内側から視線を感じた。


 エリシア=ヴァーミリオン。


 紅のリボン。

 整った横顔。

 彼女は何も言わない。

 嘲笑もしない。

 止めもしない。


 ただ、見ていた。


 観察者の目だ。

 村で俺の火を見たときと同じ目。

 けれど今日は、そこに少しだけ違う色が混じっている。

 感情を隠そうとしている人間の、わずかな硬さ。


(助け舟は出さない、か)


 それでいい。

 彼女がここで俺を庇えば、「ヴァーミリオン家に守られた無籍」というラベルが補強される。

 観察に徹するのは、合理的だ。


 合理的なのに、胸の奥が少しだけ冷える。


 孤立とは、誰もいないことではない。

 誰もが見ているのに、誰も同じ場所に立っていないことだ。


     ◇


 実技基礎は、血統魔法のために作られていた。


 教師が杖を掲げ、標準詠唱を示す。


「火の種よ、掌に灯れ」


 第一環の学生たちが同じ言葉を唱える。

 杖先に小さな火花が灯る。

 簡単そうに見える。

 実際、彼らにとっては簡単なのだろう。


 詠唱が初期条件を入れる。

 血紋スキル層が位相を整える。

 杖の媒体が不足分を補う。

 結果、火が出る。


 自動車のアクセルを踏めば進むのと同じだ。

 エンジンの燃焼サイクルを知らなくても、車は動く。


「天城ユウマ」


 教師が名を呼んだ。


「同じ術式を実行せよ。ただし、出力は最低。許可なく応用を加えるな」


「了解しました」


 俺は監視封印付きの仮杖を握った。

 ガルド製の杖は、学院側で封印札を追加されている。

 石英片の根元に、小さな赤い札。

 出力が規定値を超えると、回路が遮断される仕組みだ。


(雑なヒューズだな)

(でも、あるだけマシか)


 俺は杖を構えた。


「火の種よ、掌に灯れ」


 唱える。


 何も起きない。


 分かっていた。

 標準詠唱は、血紋スキル層への命令を含んでいる。

 俺には、そのポートがない。


 周囲から笑いが漏れた。


「やっぱり」

「詠唱しても無理か」

「下位判定ならそんなものだろ」


 教師は淡々と言う。


「再試行」


「はい」


 もう一度。


「火の種よ、掌に灯れ」


 何も起きない。


 ただし、今度は見えた。

 杖先の石英片に入ったマナ場の揺れ。

 標準詠唱が起こす微小な周波数帯。

 封印札が余計なノイズを出している。

 第七環の地脈揺らぎが、ちょうど火花の成立帯を横切っている。


(なるほど)

(失敗条件が揃いすぎてる)

(これ、逆にきれいなデータだ)


「三回目」


 教師の声に、周囲の笑いが少し大きくなる。


 俺は深く息を吸った。

 標準詠唱をそのまま唱えても無駄だ。

 だが、今日は初日。

 応用は禁止。

 なら、禁止されていない範囲を探す。


 詠唱文は変えない。

 杖も変えない。

 出力も上げない。


 変えるのは――呼吸のタイミングと、杖先の角度。


「火の種よ、掌に灯れ」


 声の高さを、ほんの少し落とす。

 母音を短く切る。

 杖先を欠けた柱から三度だけずらし、地脈ノイズの谷に合わせる。


 石英片の周囲に、薄い干渉縞が一本だけ浮いた。


 火は、出ない。


 だが、火が出る直前の赤い点が、半拍だけ残った。


 笑いが、少し止まる。


 教師の眉が動いた。


「今のは何だ」


「成立直前の熱核です。標準術式では起動しませんでしたが、入力帯は確認できました」


「火を出せと言った」


「はい。なので、次は出します」


 周囲がまたざわつく。

 リオネルの目が細くなる。

 エリシアの指が、紅のリボンに一瞬だけ触れた。


 教師はしばらく俺を見ていたが、短く言った。


「許可する。ただし、標準詠唱の範囲内だ」


「分かりました」


 俺は杖を握り直した。


(今日やることは決まった)

(劣等席を、観測席に変える)


 笑いたければ笑えばいい。

 最下位扱いでいい。

 外周でいい。


 法則は、席順を読まない。


 必要なのは、条件だ。

 条件が見えれば、次は設計できる。


 俺は足元のルーンを見下ろし、小さく呟いた。


「まずは、この最悪な環境を校正する」


 誰にも聞こえないくらいの声だった。


 けれど、エリシアだけは。

 なぜか、その言葉を聞いたように、わずかに目を伏せた。


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