表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

峠を越したら……

作者: 赤川ココ
掲載日:2026/06/10

手慰み第数弾であります。

お楽しみいただければ、幸いであります。

 ある伯爵家に嫁いだ幼馴染が、出戻って来た。

 どうやら病にかかり、療養のため王都の男爵家に戻されたようだ。

 小さい頃から恋慕っていた、年上の男爵令嬢の不憫な事情に子爵令息は心を痛めていた。

 だが、年頃の令息にも婚約者がおり、中々見舞いに行く事が出来なかった。

 三男坊の自分だが、格上の侯爵家への婿入りが決まっているから、尚更婚約者を無下には出来なかったのだ。

 我慢に我慢を重ねたある日、辛抱出来ない事態になった。

 実家の子爵家と侯爵家に、男爵令嬢の危篤の報があったのだ。

 丁度婚約者との茶会の最中で、子爵令息は衝撃で青ざめた顔を、侯爵令嬢に向けた。

 その目を受けた婚約者も、目を見開いて呟く。

「とうとう……。そうですか。すぐに向かうと、お伝え下さい」

 そう男爵家の伝達に告げると、意外な反応に驚いている婚約者に頷き、侯爵令嬢は言った。

「その時が来たら、一番に駆けつけて欲しいと、友人である彼女から、頼まれていましたの」

 そうだ、婚約者と男爵令嬢は、学生の時は同級生で、身分を超えたライバルであり、友人だった。

 子爵令息が彼女の幼馴染であるのも知っており、一緒に行きたいと頼むと、婚約者は少し躊躇ってから、同じ馬車に乗る許可をくれた。

 走り出した馬車の中で、気持ちだけが急く令息の前で、令嬢も落ち着きなく外を眺めて、何か呟いていた。

 男爵家の前で止まった馬車から、子爵令息は急く気持ちを抑えきれずに外に飛び出し、出迎え全てをすり抜けると、勝手知ったる男爵家に入った。

 侯爵家より遥かに小さな屋敷内を、使用人と医師たちが駆け回っており、緊迫した状態は未だ続いてるいるようだ。

 その中心の部屋の外の廊下で、見知った顔の男爵が、見知らぬ男とうろうろと歩き回っているのが見えた。

 侯爵令嬢が使用人の一人を捕まえて、現状を尋ねて婚約者にも伝える。

「今夜が、山だそうです」

「その山を越えれば、一先ず大丈夫なんですね?」

「……はい。後は、本人の体力次第だと」

 頷いた侯爵令嬢の声に、部屋からの悲鳴に似た声が重なった。

 苦痛に満ちたその声に、子爵令息が思わず部屋の扉に張り付いた。

 そのまま扉を破る勢いで、ドアノブを掴んだ時、新たな叫びが響いたのだった。

「ホギャー! ホギャー!」


 元気な産声が響き、固まった子爵令息の背後で、婚約者が歓喜の声を上げた。

「まあっ。もう生まれましたわっ」

「ははっ。妻の時より、安産だ」

 気の抜けた、男爵の声。

 その傍で立ち尽くした男が、子爵令息を扉から引き剥がし、ドアノブを引き剥がす勢いで扉を開く。

「よく頑張ったっっ。我が愛しい妻よっっ」

「っ。伯爵様っ。まだ、入ってはいけませんっ」

「元気な男の子ですよっ。跡継ぎさまはお任せいたしますから、奥様から離れて下さいませっ」

 産婆たちの剣幕におされ、男が何かを腕に押し付けられて、女たちの指示通り、ワタワタと湯浴みさせる様を、子爵令息は呆然と見ていた。


 伯爵が、子爵令息の不在に気づいたのは、それからかなり後だった。

 生まれたばかりの息子を相手にしている間に、帰ってしまったらしい。

「矢張りまだ、あなたの事を好いているのかもしれません」

 これは、一人残った侯爵令嬢の言葉だ。

 それを聞いた妻は、何とも言いがたい顔になった。

 言葉を発した侯爵令嬢も、同じような顔になっていたが。

 仕方ない。

 伯爵夫人の幼馴染で、侯爵令嬢の婚約者の子爵令息は、素直になれずに初恋を逃した男、だった。

 今でこそ、分別をわきまえているが、侯爵家と縁が出来るまでは、我が強く異性は格下と決めつけ、男爵家の幼馴染の少女には、特に当たりが強かった。

 好意との裏返しにしては、度がすぎる愚行は、学園に入学する頃には更にエスカレートし、男爵令嬢は子爵令息と顔を合わせないよう、学園内を逃げ回る日々を過ごしている内に侯爵令嬢と知り合い、伯爵令息だった自分と縁が出来た。

 政略結婚と言うには、伯爵家に旨みはない結婚だが、田舎の領地を持つ伯爵家は、騎士団を指揮する侯爵家と懇意にしていた方が、野盗討伐の加勢を頼みやすい所を、前伯爵は魅力に感じたらしかった。

 娶る事になった小伯爵は、そう言う思惑とは裏腹に、夫人と相思相愛となり、無事跡継ぎに恵まれたのだったが……。

 伯爵には、同じ人生を一度終えた記憶がある。

 出産に伴い、男爵家の領地に戻った夫人を、鬱で早死させてしまった記憶も。

 原因は、出産後に国中を震撼させた、侯爵一家殺傷事件だった。

 犯人は、令嬢の婚約者で夫人の幼馴染である、子爵令息。

 侯爵家で暴れ回り、令嬢他女使用人に剣で斬りかかり、拘束に動いた護衛を含む数名に怪我を負わせた騒動で、初めに斬りかかられた令嬢と、彼女を庇った使用人数名は、命を落としてしまった。

 伯爵家の跡継ぎ誕生の報を伝えたタイミングでの、子爵令息の愚行でもしやと思っていたのだが、あのクソガキ、夫人が里に戻った理由を、勘違いしていたらしい。

 それを知ったのは、夫人の忘れ形見となった息子が嫁を取ったのを見届け、早逝した後だった。

 一人で領地管理と王都での仕事に明け暮れ、過労で倒れた伯爵は、息を引き取ってすぐ、学生の時に巻き戻っていた。

 丁度、男爵令嬢との縁談が進み、男爵夫妻との顔合わせをした頃で、その時父である伯爵と、舅である男爵が、夫人たちと男爵令嬢に席を外させ、男三人で真剣に顔を突き合わせたのだ。

「あのガキ、娘が故郷に出戻ったと、勘違いしていました」

「は?」

 寝耳に水の理由に、伯爵家の二人は思わず間抜けに返した。

 そんな二人に、男爵は子爵令息の言い分を伝えた。

 病を理由に領地に出戻った男爵令嬢を見舞いたかったが、婚約者が承知してくれなかった。

 その日は早馬で、子爵家に令嬢の危篤の報が届いて、すぐに男爵領に向かうつもりだったのに、婚約者に止められてしまい、カッとなって剣を振り回した。

「無事だった侯爵家の使用人が、証言しました。玄関先での会話で、侯爵令嬢は婚約者に冷静さを促し、男爵家よりの報を伝えようとしていたそうですが、あやつは突然剣を抜いて、暴れたようです」

 あの武闘派の侯爵家の面々が、後手に回ったのも頷ける経緯だが、伯爵は別な事に違和感を持った。

「頭が、おかしくなったのか?」

 小伯爵も、うろ覚えの子爵令息の顔を思い浮かべ、唸ってしまう。

 そこまで思い詰める程、自分の婚約者に執心していたのだろうか?

 頭が可笑しい令息の心境は傍に置き、記憶を共有した三人は、前の人生と同じように、縁を結んだ。

 結婚式で、再び初々しい花嫁姿を拝んだ新たな伯爵は、己の中で強く誓った。

 夫人の心身全てを、生涯守って見せる。

 そのために、持てる全てを使って根回しをした。

 夫人の出産を、領地ではなく王都の屋敷にしたのも、その一つだ。

 侯爵令嬢を出産時に呼ぶ手配をするに当たって、同じように前世の記憶があった侯爵の協力も得られた。


 幸せそうに笑い合う女たちと、夫人に抱かれて眠る赤子を見守りつつ、伯爵は男爵家を去った子爵令息の行方を、侯爵家の者から伝え聞いた。

 ふらふらと屋敷を出た令息はすぐに保護され、密かに処理する手筈が整ったらしい。

 前の人生では、世間に散々醜聞を撒き散らして、平民として処刑されたが、今回はそんな終わり方はさせない。

 子爵家とも話をつけた侯爵は、娘も伯爵夫人も煩わせない存在にすると、請け負ってくれた。

 侯爵家はこれからまた、婿探しが大変だろうが、そこは伯爵家も協力しようと思う。

 今は、一つの峠を越えた二人を、感慨深く見守ろう。

 



スマホでの文字打ち、まだまだ慣れません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ