温度差の地図
28年1月31日
数字は、全国平均を好む。
けれど現実は、平均にならない。
Lythraen仮想国家アプリのダッシュボードに、新しい可視化が追加された。
「参加率ヒートマップ(都道府県別)」
色の濃淡で示された地図。
濃い地域。
薄い地域。
凛が画面を拡大する。
「やっぱり。」
「何が?」高城が覗き込む。
「地方中核都市が濃い。
首都圏は横ばい、むしろ一部下がってる。」
湊は無言でスクロールする。
都市部では、参加率は三割前後で停滞。
一方、人口十万未満の自治体では五割を超える地域も出始めている。
高城が言う。
「逆だと思ってた。」
「情報が多いほど参加する、って?」凛。
「うん。」
凛は首を振る。
「情報が多いほど、“自分が参加しなくても回る”感覚が強い。」
湊が付け足す。
「地方は、決定が生活に直結する。」
「橋一本で通学時間が変わるしな。」高城。
⸻
その夜。
アプリのコミュニティ欄で、小さな論争が起きていた。
都市ユーザーの投稿。
「地方ばかり交付金が優遇されていないか?」
地方ユーザーの返信。
「都市の税収で成り立っていると言うなら、
都市の集中インフラも地方の資源に依存している。」
さらに別の声。
「温度差を対立にするのは簡単だ。
でも、数値は分断を煽らない。」
湊はコメントの流れを追う。
怒号にはならない。
だが、確かな摩擦はある。
凛が言う。
「地図は、境界を可視化する。」
高城が腕を組む。
「見えなかった差が、見えるようになった。」
「見えること自体は悪くない。」凛。
「でも、どう扱うか。」
⸻
翌日。
研究室で湊が新しいデータを投影する。
「参加率と所得中央値の相関。」
散布図が広がる。
高城が目を細める。
「綺麗に比例してないな。」
「むしろ、ばらけてる。」凛。
「経済的余裕だけでは説明できない。」
湊は言う。
「“自分の声が反映される感覚”が鍵かもしれない。」
凛が頷く。
「過去の政策反映率が高い地域ほど、
次回参加率も高い。」
高城が笑う。
「信頼の複利、か。」
「裏切られると逆回転するけどね。」凛。
⸻
夕方。
ニュース番組で、短い特集が流れる。
「一部地域で政策参加率が五割を超えています。」
インタビュー。
地方の商店主。
「どうせ決まってると思ってた。でも、
この前はちゃんと結果が変わった。」
映像はすぐに別の話題へ移る。
高城がテレビを消す。
「扱い、軽いな。」
「まだ“現象”扱い。」凛。
「構造になるまでは、ニュースにならない。」
湊はヒートマップをもう一度見る。
濃淡は、単なる色ではない。
生活の重さ。
時間の流れ。
期待と諦めの履歴。
「都市は冷たいわけじゃない。」
湊が呟く。
凛が応じる。
「選択肢が多すぎて、温度が分散してる。」
高城が言う。
「地方は選択肢が少ないから、熱が集中する。」
沈黙。
ヒートマップは、国境ではなく、
温度差の地図だった。
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夜。
湊のスマートフォンに通知。
「地域間バランス指数 更新」
新しい指標。
地域の選択が全体財政に与える偏差を示す。
指数はまだ安定している。
だが、わずかな傾きが見える。
グループチャットで凛が言う。
「ここからが難しい。」
「何が?」高城。
「温度差を、“競争”にするか、“補完”にするか。」
湊は画面を閉じる。
揺れているのは値だけではない。
都市と地方。
参加と無関心。
期待と不信。
小さな自治が広がるほど、
その差ははっきりする。
だが、地図は対立を命じない。
ただ、示す。
この国が一枚岩ではないことを。
そして、それでもなお、
一つの予算で結ばれていることを。
ヒートマップの色は、
静かに、少しずつ変わり続けていた。




