小さな自治
28年1月12日
最初に変わったのは、国ではなかった。
町だった。
Lythraen仮想国家アプリに、新しい通知が届く。
「地域モジュールβ版 公開」
対象は三つの自治体。
人口五万前後の地方都市だ。
湊は画面を拡大する。
「自治体単位で分離運用……?」
凛がスクロールする。
「国全体の投票とは別に、
地域予算の優先順位を参加型で決めるらしい。」
高城が椅子を回す。
「急にローカルだな。」
「急じゃない。」凛。
「Phase1の参加ログ、地方の伸びが大きかった。」
湊は頷く。
「都市は“情報過多”。
地方は“選択肢不足”。」
高城が笑う。
「名言っぽいけど、今考えただろ。」
「半分は。」
⸻
画面に表示される項目。
・老朽化した橋梁の補修
・小中学校の空調更新
・商店街デジタル化支援
・移住者向け住宅改修補助
それぞれに、予算枠と実行時期、
過去の維持費試算が紐づいている。
凛が目を細める。
「ちゃんとランニングコストまで出してる。」
湊も同調する。
「そこを隠さないのが、今回の特徴。」
高城が言う。
「でもさ、これって最終的に議会が決めるんだろ?」
凛が答える。
「法的決定権は議会。」
「ただし、参加率と評価乖離が一定以上になると、
理由の公開義務が発生する。」
高城が口笛を吹く。
「地味に効くな、それ。」
⸻
数日後。
ニュースにはほとんど出ない。
だが、アプリの地域タイムラインは静かに動いている。
ある町では、
空調更新が僅差で橋梁補修を上回った。
コメント欄には議論が並ぶ。
「子ども優先でいい」
「でも橋は通学路だ」
「補修は国交省の補助対象では?」
湊はそのログを読む。
怒号はない。
断定も少ない。
代わりに、「試算のリンク」が貼られている。
凛が言う。
「論点が可視化されてる。」
高城は首を傾げる。
「でも、これってさ。」
「うん?」
「自分の町だけ良くなればいい、って話にならない?」
凛は即答しない。
湊が考えながら言う。
「なる可能性はある。」
「でしょ?」
「だから、国モジュールと連動してる。」
画面を切り替える。
地域選択が、国全体の予算配分シミュレーションに反映されている。
「小さな自治の選択が、
全体最適からどれだけ逸脱しているかが見える。」
凛が補足する。
「逸脱が一定値を超えると、
交付金調整が自動試算される。」
高城が笑う。
「自治なのに、逃げられない。」
「自由には責任がつく。」凛。
⸻
一週間後。
ある自治体議会が発表を出す。
「地域参加結果を尊重し、
本年度補正予算案を修正する。」
小さな一文だ。
全国ニュースにはならない。
だが、アプリ内では通知が鳴る。
「参加結果反映率 82%」
湊は息を吐く。
「数字で返ってきた。」
凛は言う。
「これ、前例になる。」
高城が腕を組む。
「前例ってさ、地味だけど一番強いよな。」
窓の外、冬の光が差し込む。
遠くの町で決まった空調更新。
その決定が、子どもたちの教室の温度を変える。
そして、その選択が、
国全体の予算シミュレーションに微細な波を起こす。
小さな自治。
けれど、閉じていない。
選択は局所で行われ、
影響は広域へ伝播する。
湊はアプリを閉じる。
「大きな革命じゃない。」
凛が頷く。
「小さな修正。」
高城が言う。
「でも、修正が積み重なったら?」
誰も答えない。
画面の片隅で、
次の自治体がβ参加を申請したという通知が光る。
国は変わらない。
まだ。
だが町が、
自分の重さを、少しだけ取り戻し始めていた。




