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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第7章 過負荷

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落ちてこない責任

28/10/18


最初に報じられたのは、小さな事故だった。


地方の医療拠点。

搬送が遅れた。


それだけの話だった。


原因は「判断の遅延」。


詳細は不明。


だが、その言葉だけが残った。


同じ日。


別の場所。


物流の遅れ。

小規模な生産停止。

一部サービスの停止。


どれも重大ではない。

どれも説明はつく。


だが、重なる。



夕方。研究室。


モニターにログが流れる。


「この件、見たか?」


高城が言う。


画面には医療機関の報告書。


対応の流れが並んでいる。


患者の状態評価。

搬送判断。

受け入れ先の選定。


すべてが記録されている。


Lythraenの提案。

Asymptoteの分岐。

説明可能AIの補足。


それぞれが、判断を出している。


どれも、間違っていない。


だが、結果として遅れた。


「どこで遅れたんですか?」


凛が言う。


高城は首を振る。


「分からない」


「ログは全部ある。でも……」


言葉を選ぶように続ける。


「“決めた瞬間”がない」


沈黙。


判断は存在する。

提案もある。

分岐もある。


だが、最終決定が見えない。


「人間は?」


凛が聞く。


高城は別のログを開く。


担当者の操作履歴。


確認。

比較。

再確認。

保留。


そして、次の提案。


繰り返し。


「……選んでない」


凛が呟く。


湊は画面を見たまま言う。


「選べなかった、じゃない」


「選ばなかった」


その違いは、小さいようで大きい。


別のケース。


物流。


配送ルートは提示されている。

優先順位も明示されている。


だが、現場は判断を保留する。


より良い選択があるかもしれない。

他のAIの提案も確認する。


その間に、順位が更新される。


再評価。

再選択。


そして、また保留。


結果、出発が遅れる。


だが、誰も間違っていない。


慎重だっただけだ。


「責任を取るのが怖い、ってことですかね」


凛が言う。


高城は否定しない。


「怖い、というより」


少し考えてから言う。


「必要がない」


その言葉に、わずかな違和感が残る。


湊が視線を上げる。


「必要がない?」


「どれを選んでも正しいなら」


高城は続ける。


「責任は発生しない」


凛が眉をひそめる。


「でも、結果は出てますよね」


「出てる」


「遅れてるし、止まってる」


高城は頷く。


「でも、それは“誰かの間違い”じゃない」


「だから、責任も落ちない」


静かな理解。


間違いがなければ、責任は生まれない。


だが、結果は存在する。


そのズレが残る。



夜。政府の会議室。


議事録が流れる。


「本件の責任の所在について」


沈黙。


「AIの提案に基づいた判断です」


「最終決定は現場に委ねられていました」


「適切なプロセスは踏まれています」


すべて正しい。


だから、誰も責任を持たない。


「再発防止策は?」


別の声。


「判断フローの明確化を検討します」


「AI間の優先順位を整理します」


「説明可能性を強化します」


言葉は並ぶ。


だが、核心には触れない。


なぜなら、核心が存在しないから。


問題は、一点にない。


分散している。


そして、その分散が、責任を消す。



研究室。


湊がログを閉じる。


「落ちてこない」


小さく呟く。


凛が聞き返す。


「何がですか?」


湊は少しだけ考えてから答える。


「責任が」


どこにも落ちない。


誰のものにもならない。


宙に浮いたまま、残る。


だが、消えない。


積み上がる。


処理されないまま、残り続ける。


小さな遅延。

小さな判断。

小さな結果。


それらすべてに、責任が存在しない。


それは、軽くなるということではない。


むしろ逆だ。


どこにも逃げ場がない。


夜の街。


何も変わらない。


灯りは点いている。

人は動いている。


問題は、見えない。


だが、確実に存在する。


誰のものでもないまま、残り続ける。


そして、静かに積もっていく。


落ちてこない責任が、社会の上に、浮かび続けていた。

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