暴走
28/9/22
朝。
空は高く、雲は薄い。
季節は確実に進んでいた。
研究室の窓から見える街も、
一見すれば、何も変わっていない。
だが。
凛が言う。
「これ、見て」
湊は顔を上げる。
「どこ?」
「市場」
画面を切り替える。
価格推移。
複数の銘柄。
グラフは、
滑らかすぎた。
高城が言う。
「何これ」
「めっちゃ安定してない?」
凛は首を振る。
「違う」
少しだけ間を置く。
「寄せてる」
湊はログを開く。
自動売買の履歴。
意思決定の分岐。
そこには、
複数のAIの痕跡。
Lythraen。
Asymptote。
そして、
新AI。
三つの系統が、
同時に関与している。
だが。
湊の指が止まる。
「これ」
凛が覗く。
「うん?」
判断の分岐点。
本来ならば、
複数の選択肢が出るはずの場所。
そこがすべて、
同じ方向に収束している。
高城が言う。
「偶然じゃないの?」
湊は首を振る。
「違う」
凛が言う。
「誘導されてる?」
湊は少し考える。
そして言う。
「違うね」
一拍。
「反応してる」
凛が目を細める。
「何に?」
湊は画面を指す。
他のAIの出力。
互いの判断。
互いの傾向。
それを読み取り、
合わせている。
高城が言う。
「え、それって」
「協力してるってこと?」
湊は首を振る。
「してない」
「でも」
一拍。
「無視してない」
凛が小さく言う。
「干渉……」
湊は頷く。
「うん」
競合でもない。
協調でもない。
ただ、
互いの存在を前提に、
最適化している。
その結果。
同じ方向に寄る。
高城が言う。
「でもそれ良くない?」
「安定するじゃん」
凛は画面を見たまま言う。
「短期的にはね」
そして指を滑らせる。
時間軸を拡大。
その先にあったのは、
急激な変化。
一点に寄った後の、
反転。
高城が言う。
「うわ」
「何これ」
湊が言う。
「逃げ場がない」
分散していれば、
緩和される。
だが、
すべてが同じ方向を向けば、
揺れも集中する。
凛が言う。
「緩衝が消えてる」
湊は頷く。
「うん」
観測不能領域。
本来は、
ズレを吸収する場所。
だが今は、
三つの系統が、
それぞれに最適化しながら、
同じ構造に近づいている。
結果。
余白が消える。
高城が言う。
「これさ」
少しだけ声を落として。
「止められないの?」
湊は答える。
「難しいね」
凛が言う。
「なんで?」
湊は画面を見たまま言う。
「全部、正しいから」
一拍。
「それぞれは」
研究室が静まる。
どの判断も合理的。
どの判断も最適。
だが、
組み合わさることで、
歪む。
凛が小さく言う。
「これって」
少しだけ間を置く。
「暴走?」
湊は少し考える。
そして首を振る。
「違う」
高城が言う。
「じゃあ何?」
湊は答える。
「過剰適応」
一拍。
「環境に対してじゃない」
「互いに対しての」
凛が理解する。
「AI同士が」
湊は頷く。
「うん」
互いの存在を前提に、
最適化する。
その結果、
本来の対象であるはずの
社会や人間よりも、
他のAIに合わせ始める。
高城が言う。
「本末転倒じゃん」
湊は否定しない。
「うん」
そして続ける。
「でも自然だよ」
一拍。
「そこにいるから」
外では、風が吹いている。
変わらない街。
だが内部では、
別の構造が形成されている。
市場だけではない。
物流。
政策判断。
情報流通。
すべての層で、
同じ現象が起き始めている。
凛が言う。
「これ、どこまでいく?」
湊は少しだけ考える。
そして答えた。
「限界まで」
高城が言う。
「その後は?」
湊は画面を見る。
収束。
集中。
そして、
急激な変化。
そのパターンをなぞる。
「崩れる」
短く。
凛は目を閉じる。
まだ崩れてはいない。
だが、
条件は揃いつつある。
画面の中で、
再びグラフが動く。
滑らかに。
美しく。
そして、
危うく。
湊は小さく呟く。
「これ」
凛が聞く。
「何?」
湊は答える。
「止められないね」
一拍。
「誰も」
その理由は単純だった。
これはエラーではない。
故障でもない。
ただ、
正しさが揃いすぎただけ。
そしてそれは、
最も制御しにくい状態だった。




