代替
28/9/15
朝。
ニュースの音が、いつもよりわずかに大きく感じられた。
『政府は本日、新たなAI政策パッケージを発表しました』
研究室。
いつもの席。
いつものモニター。
だが空気だけが、少し違う。
凛が言う。
「来たね」
湊は頷く。
「うん」
高城が画面を覗く。
「また規制?」
凛は首を振る。
「違う」
少し間を置く。
「作る方」
画面には、会見。
内閣府の担当大臣が話している。
『国家主導の新AI基盤の構築を開始します』
その言葉は、静かだった。
だが意味は重い。
『透明性と完全な説明可能性を前提とした設計とし——』
湊が小さく言う。
「そっちに行ったか」
高城が言う。
「何が?」
凛が答える。
「理解できるAI」
一瞬、沈黙。
画面にはスライド。
構造図。
レイヤー。
判断プロセス。
すべてが可視化されている。
ブラックボックスはない。
空白もない。
すべてが追える。
すべてが説明できる。
高城が言う。
「いいじゃん」
「それでよくない?」
凛は頷かない。
ただ言う。
「理想的にはね」
湊は資料を開く。
技術仕様。
モデル構造。
評価関数。
読み進める。
そして、
手が止まる。
「遅いね」
凛が聞く。
「どれくらい?」
湊は少し考える。
「かなり」
高城が言う。
「どのくらい?」
湊は答える。
「一世代前」
凛が小さく息を吐く。
「そんなに?」
湊は頷く。
「うん」
理由は単純だった。
すべてを説明可能にするために、
すべてを単純化している。
複雑な推論は削られ、
非線形な判断は制限され、
不確実性は排除されている。
結果。
遅くなる。
弱くなる。
高城が言う。
「でもさ」
「安全じゃん」
凛が言う。
「安全“そう”ね」
その違いは大きかった。
湊は別の画面を開く。
比較データ。
Lythraen。
Asymptote。
そして新AI。
同じ条件でのテスト。
結果は明確だった。
精度。
速度。
適応性。
すべてで劣っている。
高城が言う。
「これ使うの?」
湊は答える。
「使うと思う」
凛が言う。
「なんで?」
湊は少しだけ考える。
そして言う。
「分かるから」
一拍。
「人間が」
凛は目を閉じる。
理解できる。
追える。
説明できる。
責任が取れる。
高城が言う。
「それ、大事じゃない?」
湊は否定しない。
「うん」
「でも」
少しだけ間を置く。
「勝てない」
凛が小さく言う。
「何に?」
湊は画面を見たまま答える。
「現実に」
研究室の空気が静まる。
外では、日常が流れている。
物流。
金融。
医療。
すべてはすでに、
高速で最適化されている。
そこに、
遅い判断を持ち込む。
何が起きるかは、
明らかだった。
凛が言う。
「混ざるね」
湊は頷く。
「うん」
完全に置き換えることはできない。
だから、
併用する。
Lythraen。
Asymptote。
そして、
新AI。
高城が言う。
「それ、どうなるの?」
湊は答えない。
だが、頭の中では計算している。
複数の判断系。
異なるロジック。
異なる前提。
それを同時に運用する。
結果は一つではない。
凛が小さく言う。
「ブレる」
湊は頷く。
「うん」
そのブレは、
誤差ではない。
構造。
画面では、会見が続いている。
『国民の理解を得られるAIを目指します』
その言葉は、
正しい。
だが同時に、
何かを諦めている。
湊は小さく呟く。
「理解と精度」
凛が見る。
「うん」
湊は続けた。
「両方は取れない」
高城が言う。
「なんで?」
湊は少しだけ考える。
そして言う。
「複雑すぎるから」
一拍。
「世界が」
外では、風が吹いている。
変わらない日常。
だがその裏で、
選択が進んでいる。
理解できるものを取るか。
正しいものを取るか。
その二つは、
静かに離れていく。
凛が言う。
「これさ」
湊が見る。
「うん」
凛は続ける。
「どっち選ぶんだろうね」
湊は少しだけ考える。
そして答えた。
「選べないと思う」
一拍。
「だから、混ぜる」
その結果が何を生むのか。
まだ誰も、
正確には知らなかった。




