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Lythraen ― 逆なる条理 ―  作者: 白想玲夢
第3章 断層

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間章2話 凍結された仮定

数年後、彼は“改訂版”の論文を出した。


尖っていた主張は削られ、

崩壊を示唆していた部分は、

「限定条件下での可能性」と書き換えられた。


査読は通った。

評価も得た。

研究室も与えられた。


安定は、手に入った。


だが、あの裂け目は消えていなかった。



ある日、若い学生が質問した。


「先生、この仮定はなぜ必要なんですか?」


彼は一瞬、言葉を失った。


その仮定は、理論を安定させるための“留め金”だった。

外せば体系は揺らぐ。

だが、本当に必要なのかと問われると、答えは曖昧になる。


「今は、それが最も整合的だからだ」


彼はそう答えた。


学生は納得したように頷いた。

だが彼自身は、納得していなかった。



凍結された仮定。


それは社会にも似ていた。


人々はある前提を共有し、

疑わないことで安定を得る。


もし誰かがそれを外せば、

連鎖的に構造が崩れるかもしれない。


理論は社会の縮図なのか。

それとも社会が理論に似るのか。


彼は、次第に確信し始めていた。


世界は均衡によって保たれているのではない。

均衡している“ことにされている”のだと。



彼は再び、あの歪みに向き合おうとした。


だが今度は、若き日のように無垢ではなかった。


守るべき研究室。

守るべき学生。

守るべき家庭。


真理を暴くことは、

連鎖を引き起こす。


もし理論の中心が曲がっていると証明すれば、

それを基盤にした応用はどうなる?


その影響は、どこまで波及する?


数学は抽象だ。

だが抽象は、現実を支えている。



彼は気づいた。


証明とは、

事実を明らかにする行為ではなく、

“世界を一つの方向に固定する”行為なのだと。


一度証明されたものは、

後戻りしにくい。


思想的に、不可逆になる。


その重さを、彼は知ってしまった。

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