誰が為のイノリ
28年3月1日
最初にそれが話題になったのは、
宗教欄でも、政治欄でもなかった。
オピニオン欄だった。
「参加型民主主義は“信仰”になり得るか」
凛が記事を読み上げる。
「……“人は、目に見えないものを信じるとき、
祈りという形式を選ぶ。
では、可視化された数値は祈りを奪うのか。”」
高城が苦笑する。
「重いな。」
湊は画面をスクロールする。
記事は断定していない。
ただ問いかけている。
参加ボタンを押すことは、
意思表示か。
それとも儀式か。
⸻
数日後。
ある宗教団体の代表が会見で言う。
「数値によって善悪を測ることには慎重であるべきだ。」
敵意はない。
だが距離がある。
凛が言う。
「価値判断をアルゴリズムに預けることへの警戒。」
高城が腕を組む。
「祈りは多数決じゃない、ってことか。」
湊は静かに言う。
「祈りは、結果を求めない。」
研究室に沈黙が落ちる。
⸻
夜。
グループチャット。
【高城】
参加ボタン押すのって、
祈りに近いと思う?
【凛】
祈りは不可視の存在に向ける。
これは可視の制度に向けてる。
【湊】
でも、結果がどうなるかは個人には見えない。
少し間。
【高城】
じゃあ半分祈りだな。
凛が打つ。
【凛】
問題は“誰のための祈りか”。
⸻
地方自治体で、小さな出来事が起きる。
ある政策が、市民評価で高得点を得た。
だが議会は採択しなかった。
理由は財源不足。
アプリには、議会側の説明が公開される。
丁寧で、理路整然としている。
それでも、コメント欄には書き込みが増える。
「私たちの声は届かなかったのか」
「参加は意味があるのか」
湊はログを読む。
怒りより、失望が多い。
凛が言う。
「ここが分岐点。」
高城が聞く。
「何の?」
「参加が“儀式化”するかどうか。」
湊は呟く。
「祈りに変わるか。」
⸻
その夜。
湊は一人でアプリを開く。
過去の政策一覧。
反映率。
乖離理由。
再検討予定日。
数字は冷静だ。
だが、その裏にある感情は揺れている。
凛からメッセージ。
【凛】
祈りは、報われなくても続く。
【高城】
でも制度は、報われないと壊れる。
湊は少し考えて打つ。
【湊】
だから説明がある。
だから再検討がある。
既読。
【凛】
説明は、祈りを対話に変える。
【高城】
それでも、
祈りたい人はいる。
⸻
週末。
ある寺院で、若い住職が語る。
「祈りとは、未来を委ねる行為です。
しかし、未来に関わろうとすることもまた、祈りの一つかもしれません。」
ニュースにはならない。
だが、その言葉はSNSで静かに共有される。
凛がリンクを送る。
【凛】
面白い視点。
【高城】
参加=祈りの拡張版?
【湊】
祈りを、他人任せにしない形。
⸻
参加率は四一%。
わずかに下がる。
だが、急落はしない。
失望はある。
反発もある。
それでも、ログは増え続けている。
湊は思う。
制度は万能ではない。
数値は神ではない。
それでも人は、
何かに願いを託す。
未来が少しでも良くなることを。
その願いが、
可視化されたとき。
それは祈りを奪うのか。
それとも。
祈りに、責任を与えるのか。
夜の画面に、静かな通知が灯る。
「再検討案件:公開討論日程決定」
祈りは、
まだ対話に変わる余地を持っている。
誰が為のイノリか。
その問いは、
制度よりも人間に向けられていた。




