波は海を超えて
28年2月22日
最初に動いたのは、日本ではなかった。
海外の政策研究フォーラムに、一本の論文が投稿される。
タイトルは控えめだ。
“Distributed Civic Feedback Models in Mid-Sized Democracies”
Lythraenの名は、脚注にある。
だが、グラフははっきりと示していた。
参加率の推移。
地域モジュールの効果。
専門評価との乖離幅。
凛が英語記事を読み上げる。
「“参加率が四割を超えて安定した例は稀”…」
高城が目を丸くする。
「稀って言われてるぞ。」
湊は静かに言う。
「比較対象があるってことだ。」
⸻
数日後。
海外メディアのテック欄に小さな記事が出る。
「東アジアで進む“静かな民主主義アップデート”」
センセーショナルではない。
だが、冷静に分析している。
・アルゴリズム透明性の課題
・不正検知問題
・専門家との摩擦
・地域間温度差
凛が言う。
「外からのほうが整理されてる。」
高城が笑う。
「距離があるからな。」
湊は記事の一文に目を止める。
“The experiment’s greatest strength may not be participation itself, but the normalization of visible disagreement.”
「可視化された不一致の常態化、か。」
凛が頷く。
「対立を消さない設計。」
⸻
その夜、チャット。
【高城】
海外で褒められてるの、ちょっとむず痒い。
【凛】
まだ評価段階。
【湊】
同時に、警戒もされてる。
リンクが共有される。
海外の政治評論家の投稿。
「もしこのモデルが成功すれば、
既存の中央集権的構造に圧力をかける可能性がある。」
【高城】
圧力って。
【凛】
影響力の再配分。
【湊】
輸出されるかもしれない。
少し沈黙。
【高城】
逆に、取り込まれるかもな。
【凛】
どういう意味?
【高城】
表面だけ真似して、
中身はブラックボックスのまま。
湊は考える。
形式だけの参加。
数値だけの透明性。
それは、もっと扱いやすい。
⸻
数週間後。
アジアの別の国で、
「市民評価アプリ」の導入が発表される。
だが仕様は非公開。
アルゴリズムも不明。
凛が言う。
「早すぎる。」
高城が言う。
「成功例ってより、流行だな。」
湊はつぶやく。
「理念が輸出されるとは限らない。」
⸻
一方、日本国内。
政府関係者の一部が、
海外論文を引用し始める。
「国際的にも注目されている試みです。」
皮肉なことに、
外からの評価が、内側の空気を変える。
高城が言う。
「逆輸入かよ。」
凛は小さく笑う。
「正当性は、しばしば外部から与えられる。」
湊はヒートマップを開く。
参加率、四三%。
微増。
海外からの流入IPも、わずかに増えている。
見学か、研究か、それとも別の意図か。
波は、海を越えた。
だが、海は穏やかではない。
輸出される理念。
輸入される評価。
真似される形。
本質が保たれる保証はない。
それでも。
静かな実験は、
もはや一国の内政ではなくなった。
高城がチャットに書く。
【高城】
波ってさ、
どこからが海なんだろうな。
凛が返す。
【凛】
境界は、地図の都合。
湊は最後に打つ。
【湊】
でも、波紋は消えない。
通知がまた一つ増える。
「海外研究機関との公開ディスカッション開催」
小さな自治から始まった揺れは、
いつの間にか、国境を越えていた。
波は静かだ。
だが確実に、
海を渡っている。




