抵抗
28年2月7日
最初の違和感は、数字ではなかった。
“声明”だった。
Lythraenに、珍しく公式以外の大きな通知が出る。
凛が無言でリンクを開く。
「……来たね。」
高城が背後から覗き込む。
「何が?」
湊が画面を読む。
『現在の参加型評価モデルは、専門的知見を軽視し、
長期安定性を損なう可能性がある』
『短期的感情に基づく数値が、政策決定に影響を与えることは危険である』
高城が吹き出す。
「感情って。」
凛は真顔だ。
「“専門性”を盾にしてる。」
湊はスクロールを続ける。
『責任の所在が曖昧になる恐れがある』
「そこは事実だよね。」高城。
凛が頷く。
「だからこそ、論点にしてきた。」
⸻
その日の夜。
グループチャットが騒がしい。
【高城】
うわ、業界団体ガチ反対じゃん。
【凛】
ガチというより、牽制。
【湊】
参加率、逆に上がってる。
【高城】
炎上商法かよ。
【凛】
人は“否定されたもの”を確かめたくなる。
【湊】
でも、これから圧力は増える。
少し間が空く。
【高城】
正直さ、わかる気もするんだよな。
【凛】
何が?
【高城】
自分が積み上げてきた専門性を、
“参加率”で測られるって怖くない?
既読が並ぶ。
湊が打つ。
【湊】
測られてるのは専門性じゃない。
透明性。
凛が続ける。
【凛】
でも、そう受け取られない可能性はある。
⸻
翌日。
テレビ討論番組。
コメンテーターが言う。
「民主主義は専門家と市民のバランスが重要です。
すべてを数値化すべきではない。」
反対派は慎重な言葉を選ぶ。
過激ではない。
理屈は通っている。
だからこそ、厄介だ。
研究室。
高城が腕を組む。
「これ、どっちが正しいって話じゃなくなるな。」
凛は静かに言う。
「構造の話になる。」
湊がホワイトボードに線を引く。
専門家 ←→ 市民参加
「今までは、専門家側に重心があった。」
凛が補足する。
「Lythraenは、重心を中央に寄せようとしてる。」
高城が言う。
「でも、中央は不安定だ。」
沈黙。
⸻
その夜。
アプリにもう一つの通知。
「参加結果と専門評価の比較レポート公開」
開くと、並列表示。
市民評価スコア。
専門委員会評価スコア。
多くは近い。
一部、大きく乖離している項目がある。
凛が言う。
「これを出したか。」
高城が目を見開く。
「火に油じゃない?」
湊は首を振る。
「隠すより、並べる。」
乖離の理由も記載されている。
専門側の懸念。
市民側の優先理由。
どちらも削られていない。
高城が小さく言う。
「対立、じゃないんだな。」
凛が応じる。
「まだ。」
⸻
数日後。
参加率は一時的に下がる。
だが、急落はしない。
代わりに、“議論ログ”が増えている。
数字の抵抗ではなく、
言葉の抵抗。
湊はチャートを見つめる。
「これは、必要な摩擦だと思う。」
高城が笑う。
「楽観的だな。」
「摩擦がなければ、定着しない。」
凛が静かに言う。
「問題は、摩擦が“破断”に変わるかどうか。」
窓の外、夜。
通知は鳴り続ける。
支持も、疑問も、反発も。
Lythraenは止まらない。
だが、初めて明確な“抵抗”が現れた。
それは暴動でも炎上でもない。
合理的で、
丁寧で、
そして本気の反対。
変化は歓迎だけでは進まない。
揺れの次に来るのは、
必ず、押し返す力だ。
それでも。
数字は、まだ呼吸している。




