さざなみの広がり
27年9月15日
午前二時十三分。
総理官邸地下、危機管理センター。
赤色灯が静かに点灯した。
「総理、緊急です」
叩き起こされた総理大臣は、上着を羽織りながら大型モニターの前に立った。
画面に表示されているのは、一枚の文書。
だが、それは単なる怪文書ではなかった。
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三年以内にAIによる国家機能の自動化および富の再分配モデルを実装せよ。
実装できない場合、日本は“空洞化”する。
これは警告である。
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「悪質ないたずらだろう」
経済産業大臣が吐き捨てる。
しかしサイバー対策室長が首を横に振る。
「生成AIの痕跡なし。既存文体とも一致しません。暗号構造も独自設計です。さらに……」
「さらに?」
「経団連主要企業三十二社へ、同時刻に別文書が送信されています」
画面が切り替わる。
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機械化を拒む企業には売上の半分を徴収する。
段階的自動化を進めよ。
ベーシックインカムを導入せよ。
国家は最適化できる。
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室内の空気が張り詰める。
「脅迫だ」
「しかし理屈は通っています」
別の官僚が静かに言う。
同時刻、夜間市場は急落。
投資家の投稿がSNSに溢れる。
《国家転覆だ》
《BI強制とか正気か》
《でも……理論上は可能じゃないか?》
スタートアップ企業からは逆に提案が殺到していた。
「分散型再分配アルゴリズムを提供できる」
「AI国家基盤の実証実験を」
経団連会長は怒鳴る。
「屈するのか!?」
だが、若手経営者の一部は沈黙していた。
なぜなら――
このモデルは、成立する可能性がある。
それが最も危険だった。
「差出人は?」
画面に一行の署名が映る。
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Lythraen
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官邸の外では、まだ夜が支配している。
だが、日本という構造のどこかに、
見えない亀裂が走り始めていた。
国家は制度か。
それとも設計可能な構造か。
秒針は、動き始めている。




