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パンドラ。  作者: hikakiso
3/3

ザクロの実

折れたオベリスクにもたれ掛っていると落雷が弾け落ちた。


もう何が起きてもおかしくはない。


散らばっているザクロの実を頬張って、空にぽっかり空いた空間を眺めていた。何も起きない。


ザクロの実は甘酸っぱくこの怪しい空とは似ても似つかない爽やかさが風が口いっぱいに広がる。


「ねぇおじさん。ここで何してるの?」


急に話しかけられてとっさに言葉に詰まった。


「え?」


男はとっさに後ろを振り返った。


「おじさんは何者でココで何してるの?」

「いや……。」


5歳から6歳ぐらいの少年が立っていた。


ボロボロの服装だが怪我はしてなさそうだ。


腕には竜の腕輪をしていて腕が一部鱗状の模様だ。


「腕どうしたんだよ。」


「これかい?この腕輪のせいでなったみたい。」


「……そっか。」


「それでおじさんここで何してるのさ。」


「何をしてるって考え事だよ。」

「何を考えてるのさ。」

「生きることについてとか自由についてかな…。」


一瞬間を置いて少年は言葉を紡いだ。


「へー。つまらないこと考えるんだね。」


「つまらないって何だよ。」

少年はおちている実を見つけて同じように口いっぱいに頬張りだした。


「この実スゲー酸っぱいね。」


笑顔で語りかけてくる。


「そうだね。でも君はこの身を食べて平気なの?」


「なんで?」


一旦木の実を拾うのをやめた手がまた再び木の実を拾い出し、口の中に放り込んだ。


瞳の中には、折れたオベリスクも、弾け落ちた落雷の残像も、何ひとつ映っていない。ただ、そこにある「今」だけを見つめている。

口の周りを真っ赤にした少年が言う。


「んでさぁ。おじさんいつまでここにいるの?」

「わからん。そのおじさんって言うのやめない?」

「んー。」

少年はまたザクロに指を伸ばした。


呼称を捨てた後の男を、彼はどう定義するつもりもないらしい。


ただ、ザクロを噛み砕く小気味よい音だけが、空っぽの空間に響き渡った。


「ところで、その腕輪、外してやろうか?」

男の手が少年の細い腕に伸びかける。


だが少年は避けるでもなく、ただザクロの種をプッと砂の上に吐き出した。

「やっぱりか。んー。多分おじさんそれ出来るんだろうけど、それはやらなくていいかな」


少年の声は、落雷の残響よりもずっと静かで、断定的だった。


「……どうしてだ。外せば、君は楽になれる。普通の子供に戻れるんだぞ」


「その普通って何さ」


少年は鱗に覆われた自分の腕を、月光のような冷たい光に透かして見せた。


「これがなきゃ僕はここにいないし、おじさんとも会えなかっただろ? 呪いも運命も、僕の一部なんだ。勝手に取っちゃ僕が消えてなくなるみたいじゃない」

「それにこの鱗カッコいいだろ?」


差し出した男の手が、空中で行き場を失って止まる。

少年はまたザクロに手を伸ばし、口の端を赤く染めて笑った。


「おじさんはそこでそうやって難しい顔をして見ててよ。それがおじさんの仕事だろ?」

「それとも何?おじさんも一緒に来るの?」


男は笑ってタバコに火をつけた。

「ねぇそれなに?」


タバコに興味を持った少年にはこう言うしかない。

「ガキにはまだ早いもんだよ。」

「フーン」

少年の目は真っすぐこちらを向いて目線をはずさない。


「んでさぁ。おじさんはこれからどこにいくのさ。」

「だからさぁ…。わっかんねぇけど、この無限に広がる砂漠を歩くんだろうさ。」

「へーそうなんだ。この突っ立ってる黒い板何?」

そう言って少年が黒い板に触ると端からモノリスが崩れていく。


「あ。やっべ」少年は悪びれもせずに笑った。

男は笑って返した。

「それじゃあ僕からもおじさんにプレゼントをあげるよ。」

「プレゼント?」

「そう。ちょっとした予言だよ。」

「…。なんじゃそりゃ。」


少年はおもむろに明後日の方向を指さした。


「おじさんはあっちの方に行くといいよ。そしたらいい事があるかもしれない。でも、よくない事が起きるかもしれない。だけど行くしかないのはわかってるよね。」



男は少年が少し怖いと感じた。


真っすぐな眼差しで全てを見透かしてる様に突き抜けた心眼を喉元に突きつけられている様な、逃げ場のない恐怖だ。


少年は構わず言葉を重ねる。



「おじさんが勇気が無くなったのはよくわかるよ。だって怖いものね。だけど、きっと歩いたら。歩き出したら怖くなくなるよ。重たい車輪が動き出すみたいにさ。」


少年は大人の様な事を言うなと思って黙って耳を傾けた。

「そう。それと動物にも逢うかもね。僕と会ったみたいに。」

言い終えると少年はパクっと転がった赤い実を口に入れて、大きく伸びをした。


男は転がった箱を手に取った。

「これ持って行ってくれないか?」


少年は少し困った顔をして言う。

「これおじさんにとって大事な箱じゃないの?」


「もう入れられないからな。」

「へー。何が入っているのさ。」


少年は箱の縁をなぞりながら、覗き込むように首を傾げた。


男は少しだけ言葉に詰まった。


砂漠の風が、崩れたモノリスの破片をさらっていく。箱の中には、確かに何も入っていない。かつてそこにあったはずの野心も、愛も、誰かを救いたいという傲慢な願いも、すべては砂に還った。


「……何もない。ただの……だ」

「ふーん。……かぁ」

少年はつまらなそうに鼻を鳴らすと、ひょいと箱を持ち上げた。


「じゃあさ、これ僕が持っていってあげるよ。…なら、向こうで夜になった時に混ぜちゃえば、重くないもんね」


そう言って少年は、まるでおもちゃを預かるような軽やかさで、男の箱を抱え直した。


男はおもむろに少年の腕輪に手をかざした。

すると少年の鱗状の模様は薄くなって見えなくなった。


男がそっと手を退けると、そこにあったはずの、どろりとした鱗の感触は消えていた。


醜く、それでいて誇らしかった呪いの模様は、まるで始めからなかったかのように、少年の滑らかな肌の奥へと沈み込んでいる。


「……あれ?」


少年は不思議そうに自分の腕を回し、何度か握り拳を作った。


重みはそこにある。脈動も熱も、呪いの気配も確かにそこにある。だがその姿だけが、男の掌の熱に溶かされて消えていた。


「……これなら、街に行っても変な顔をされないか」


少年は小さく呟き、初めて「子供らしい」無邪気な笑顔を男に向けた。


「ありがとおじさん。やっぱおじさん魔法使いだったんだ。」

「いや。魔法なんか使えねぇよ。もし君みたいに魔法が使えるならさぞ楽しいだろうね。」

少年はヘヘッというような屈託のない笑顔でこちらを見た。


「んじゃこれも渡しとくわ。」


男は青色のクリスタルを懐から出した。


「え!これって!!」


少年は驚いた顔でこちらを見ている。




「持って行くか?」


「いや。これはおじさんが持っていてよ。多分おじさんの方が必要になるんじゃないかな。」


少年のその言葉は砂漠の夜風よりもずっと静かに、男の胸の奥深くまで染み込んできた。


差し出された男の手の中でクリスタルが切なく脈動する。


少年はその青い光を愛おしそうにでも、きっぱりとした目で見つめると一歩後ろに下がった。


「おじさんあっちの方に行くんでしょ? だったら、一人よりはいいじゃん?」


男は、自分の喉が熱くなるのを感じた。

全てを清算し空っぽになって砂漠に消えるつもりだった。だが、目の前の少年は男が捨てようとした「最後の絆」を、無理やりその手に握り直させたのだ。



「お前は、本当に生意気だな。」


「ヘヘッ。だって……。」


少年はそう笑うと今度こそ本当に砂漠の陽炎の向こうへと駆け出していった。

小脇には「空箱」を持って、腕には赤い腕輪が妙に光っている。


「じゃおじさん!!次の夜でまた会おうね!!」


男は黙って妖艶な煙を深く吸い込んだ。

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