第4話
人々は黒を纏っていた。白い百合を手に持ち、俯いている。その姿はまるで台湾で見かけた花嫁の参列者のように見えた。
今日は陸の葬式。
雨が枯れた涙の代わりに、茉央の頬に伝う。
今でも鮮明に警察から話された事を思い出す。
ブレーキの効かなくなった大型のトラックと電柱の間に挟まった陸。
誰が見ても陸だとは分からないほど、形を失っていた。そんな姿に茉央は人目を気にせず、慟哭を霊安室に響かせた。
陸の鞄にはプラチナの婚約指輪が入っており、その日プロポーズするんだと会社の同僚に言っていたらしい。
閉ざされた幸せな未来は火葬場の火が全てを燃やし尽す。灰の中で陸だった肉体は消えて、骨しか残らない。
骨箸で掴んだ彼は軽すぎて崩れてしまいそう。
鼓膜の奥で、軋む音が異物のように打ちつけられる。茉央はそれを他人事のように聞いていた。
「茉央ちゃんは幸せになるのよ」
陸の両親が親切心でありきたりな言葉を投げかける。
──それは鋭いナイフとなって茉央の心を切り裂いた。
煤だらけのウェディングドレスを纏ったのに、迎えに来ないシンデレラ。ガラスの靴すら砕けたなら、誰も見つけられるわけがない。
「寒いよ……」
温もりが半分になった部屋で、冷たい身体を抱きしめしゃがみ込む茉央。
黒いモヤが茉央の髪にそっと触れるように揺らめいた。
仕事場の上司は茉央に気遣って有給を使い、一週間の休みを与えた。
しかし、茉央の心は暗く沈んだままであり、悲しみが深まれば深まるほど痣らしきものは広がっていく。
泣くことにも疲れて、ただ身体の内側がじっくりと焼かれるように、熱を持っていくのを感じた。
休みが終わった後は、左腕に花と文字がびっしりと刻まれており、罪人の刺青に見え恐怖から包帯で隠す。
久しぶりの会社は心配してくれる優しい人ばかりで、何も感じなくなった自分が異質なのではと茉央は犯された左腕を強く抑える。
鈍ってしまったと思っていたタイピングも、スムーズに出来て意外と薄情なんだと知っては自虐に笑った。
次第に会社の人も茉央が大丈夫だと分かると、いつも通りに接し始める。
身体と心が乖離したまま、人形みたいに操られるように仕事をする茉央の机に、缶のココアが置かれる。
「茉央先輩。大丈夫ですか?」
「レオンくん……」
心配そうにする青年の声。レオンの爽やかな声は、陸が好んで使っていたシトラスの香りを思い出させる。
「なんだかずっと無理している気がして」
気を遣ってくれる優しい後輩に、茉央は陸を重ねてしまい言葉が詰まった。
止まっていたはずの涙で茉央の視界は滲んでいく。
「ちょっと休憩室に行きましょう。僕も休む予定でしたから」
茉央は泣きそうになると、レオンはそれに気づき、休憩室に連れていく。
途中まで我慢していた。しかし、久しぶりの人の温もりに耐えきれなくなった茉央は静かに涙を零す。
もう居ない陸に会いたくて仕方がない。いつの間にか、自分はこんなにも弱くなってしまったのと茉央は自分を責める。
それでも一人で歩めない自分を空にいる陸は困ったように笑ってくれていると、信じたくて仕方がない。
──チリン。
遠くで鈴がかすかに鳴る。鈴の音に空気が震えるように反応し、周囲は重く暗いまま包み込まれる。
その瞬間、左腕の包帯の下でアブラギリの花が香りを放ち、ゆっくりと茉央の内側に広がるような気配がした。