表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第3話

 その日茉央は待ちきれない様子で、ソワソワと玄関付近を彷徨いている。


 今日は陸が病院から帰ってくる日だからだ。電話では話していたけど、茉央にも仕事があり、中々会えずに寂しい気持ちが募っていた。


 ──ピンポーン。


「はーい!」


 鳴り響くチャイム音に、茉央は確認もせずに扉を開ける。そこに立っていたのは、陸であった。


「ただいま」


「おかえり!」


 陸の優しい声に茉央は玄関先だというのに、溢れ出す気持ちに抑えきれず、抱きついた。


 陸にも茉央の会いたかった気持ちが伝わって強く抱きしめ返す。


 ただお互いの体温を確かめ合うように、暫く無言の時間が続いた。


 陸のよくつけるシトラスの残香は消え、薬品の香りに変わっていたけど、久しぶりの温もりに茉央はようやく生きた心地を取り戻す。


 落ち着いた後、リビングのソファーに座り紅茶を飲みながら、恋人の会話に自然と笑みが溢れる。


「痕も残らないみたいでよかった」


「茉央がすぐに連絡してくれたから、助かったよ。……本当は怖かったけど、今は帰れて嬉しい」


 あれだけの怪我を負ったのに、陸の手は思っていたより温かい。


 茉央はそれだけで胸の奥がじんと熱くなった。


 あの光景を思い出すたび、胸の奥が痛む。けれど今はそれを忘れたくなるほどに穏やかで、茉央は甘えるように陸の肩にもたれかかる。


「落ち着いたらまたデートしようね」


「勿論。前行きたいと言ってたお店に食事しよう」


 二人だけの幸せを閉じ込めるように、誓いのキスをする。


 そんな二人を見た秋風が、外で泣き声を立てて窓を叩く。


 それが“警告”だったと知るのは、もう少し先のことだった。


 あの事故を皮切りに陸の周りで、不幸が続く。出勤中に植木鉢が落ちてきたり、陸のお母さんが転けて骨折した。


 それに比例するように茉央の見えない痣はより濃く、指から手へと静かに広がっているのに痛みはないからこそ不気味だ。


 けれど心配させない為に辛いとか言わずにいつも通りに微笑む陸の姿を見て、茉央は痣を相談出来ずにいた。


 茉央が夕ご飯を作っていると、陸から電話がかかってきたので、出てみると陸からの報告に驚きの声をあげる。


「えっ、昇級の話が出た? すごいじゃない!」


「うん、働きを認められてチーフにさせてくれそうなんだ」


 仕事が終わった後も資料集めをしたり、遅刻だってした事がない。コツコツと真面目にしてきた結果なことは茉央も分かっている。


 不幸続きだった中での昇級話に、安堵をしたのは茉央だけではない。


 電話越しとはいえ、喜んでる声で陸が笑顔なことは想像しなくても分かる。


「今日はご馳走にしなくっちゃ! 陸の好きなハンバーグ作るわ」


「やった。今日は早めに帰るよ」


「ご飯が冷める前に気をつけて帰ってね」


 二人の和やかな空気のまま茉央が呼びかけ、嬉しい気持ちのまま通話を切りかけたその時。


 ──刹那の静寂を遮り、不意に鳴り響くクラクション。


「陸? ねぇ、陸。大丈夫?」


 だんだんと音が近づいてきて、何かがぶつかった。最近の出来事から不安が頭によぎって、呼びかけるけど周りの悲鳴のせいで届かない。


「ねぇ、返事して陸!」


 優しい恋人の声はなく、代わりに冷たいコンクリートへ落ちた乾いた音だけが返事をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
描写がとにかく上手い……! ショッキングな光景がありありと想像できて、茉央と一緒に恐怖を体験ているような……。そんな感覚になります! 陸、どうなるのでしょうか……。
なにが起きた?! じわじわ怖い……不吉な影がー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ