第2話
痣らしきものを見つけてから、何日かが過ぎた。最初は薄い影のようだったのに、今では判読できない文字が刻まれているほど濃い。
そんな痣に対して茉央は不気味に感じ、助けを求めるために洗面所からリビングへ移動をする。
「ねぇ、陸。左薬指の痣が日に日に濃くなっているんだけど、こういう時って何処の病院に行けばいいかな」
「そうなの。心配だから見せて」
スマホでゲームをしていた陸に尋ねると、中断をして茉央の痣を確認する。何度も見ているから、不思議に思っている茉央に対して衝撃的なことを告げる。
「……痣ないけど」
「えっ?」
申し訳なさそうな表情で言われた事は、信じがたい事で思わず聞き返す。
これが見えないとはあり得るのかと、 思うほどに、茉央の目には青くハッキリと痣というよりかは刺青にすら感じられる痕がある。
「もしかして疲れてる?」
茉央はふざけているのかと言いたくなったが、陸の心配している顔を見るに、ふざけている訳ではないとすぐに分かった。
分かったからこそ一気に背筋が凍り、恐怖が迸る。
自分には一体何が見えているのだという事実を突きつけられた茉央は、痣を隠すように左薬指をぎゅっと握った。
「そう、かもしれない。ちょっと仕事とかで忙しいから」
「じゃあ、もう寝よっか。俺も一緒に寝るからさ」
誤魔化すように目を俯いた茉央に対して、陸は微笑みながら一緒に寝室に行こうと誘ってくれる。
普段は零時になるまでゲームをしているのに、自分の体調を優先してくれた優しさに、愛おしさとほんの少しの罪悪感が甘くて苦い。
こくりと頷いて一緒にベッドに入れば、茉央はぎゅっと甘えるように陸を抱きしめる。
「今日はやけに甘えん坊だね」
何も言わなくなった茉央の背中を、ぽんぼんっと軽く叩いてくれたら、だんだんと眠たくなってきた。
「おやすみ」
茉央から寝息が聞こえることを確認すると、陸も瞼を閉じて夢の世界へと向かう。
あどけない寝顔を見せる陸を、真っ赤な目が恨めしそうに睨みつけていた。
朝日を浴び、起きた茉央は背伸びをする。不本意で視界に映った痣は昨日よりも不気味に感じた。
茉央は夢じゃなかったんだと不安になるが、隣にいる陸の寝顔を見ると和らぐ。つい、柔らかい頬を優しく撫でる。
「……ふふっ」
無意識に甘えるように手に擦り寄る陸を見て、幸せが零れてしまった。そろそろ朝ご飯を作らなくちゃと、リビングに向かう。
せっかくの休日だからと綺麗に整理されたキッチンで、鼻歌混じりに大好きなふわふわなパンケーキを手慣れた手つきで焼く。
穏やかな陽射しに、痣の青さが少しだけ沈んで見えた。
──ガシャン!
「な、なに!」
寝室から何かが割れる音が響き渡る。茉央の脳裏に浮かんだのは、未だ眠りについている陸のこと。
「陸大丈夫? ……きゃああああああ!」
心配と不安から火を止めて駆け足で寝室の扉を開ける。茉央の脳は目の前に広がった光景を拒絶した。
窓が割れており、陸の左側の手足などに破片が突き刺さっている。滴り落ちる血は、傷口から肌を赤に染める。陸はその痛みで起きていた。
「だ、大丈夫……。救急車呼んでもらえる?」
悲鳴をあげている茉央を心配かけないようにと、弱々しくも笑みを浮かべる陸。
電話の向こうで響く声も、言葉として茉央の頭に入ってこなかった。
気づけば、陸は既に運ばれていた。警察が何を言っているのか、自分が何を伝えたかも分からない。
「石みたいな物も見当たらないし、劣化していた訳でもないです。割れるのは不自然ですね」
警察は淡々と報告を伝えてくれたが、身体が硬直し、現実を拒絶する。心が置いていかれたまま、気がつけば夕暮れだった。
時計の音だけが響く部屋で、茉央は唇を軽く噛み耐える。病院から陸の手術は無事に成功をしたのを電話越しに聞いて、緊張の糸が茉央を解放された。
「なんで陸が……」
不幸な出来事と張り詰めた心がほどけ、茉央は独りぼっちの部屋で静かに涙を流す。
「今日はもう食べたくないや」
暫く泣いた後、すっかり外は暗くなり晩ご飯を作る気力もなく、ソファーで眠りにつく。
ソファーで眠りについた茉央の涙が乾いた頃。
──薄桃色に染まった目尻を、真っ黒な指がゆっくりと這った。