第18話
神から逃げるように走り続けた。人生で一番走ったと言える自信がある。
走り続けて辛いはずだが、いつまでも続けばいいのにともう一人の茉央は願ってしまう。
気づけば周りは見慣れたビル群ではなく、田んぼの稲が静かに揺れている。風が身体を冷やして心地がいい。
「後少しで着くはずです」
レオンはスマホを見ながら、茉央を元気づける為に、声をかけた。その気遣いが嬉しくて、茉央は頬に熱が籠る。
「神様、追いかけてこなくなっちゃったね」
茉央が後ろを振り返ると、神が見えなくなっていた。あれだけ縁切りをさせない為に、邪魔をしていたのに、茉央は呆気なさを感じる。
「今は見えないだけでかもしれません。神社に辿り着くまでは安心しちゃダメですよ」
「そうだね」
レオンは神が諦めるとは思っていないようで、油断してはダメだと告げる。アブラギリの刺青が残っているから、潜んでいる可能性が高い。
茉央はまた前を見る。最後かもしれない愛しい姿を忘れないために、レオンの大きな背中を見つめ続けていた。
「見えてきました。あの階段を登れば縁切り神社です」
「思ったより静かな場所だね」
視線の先にあったのは、石で出来た鳥居と本殿に続くと考えられる長い階段。お坊さんが頼んだ神社だから、賑わっていると勝手に茉央は思っていた。
「地元の人しか知らない隠れスポットらしいですよ。あまり神主さん自体が広めたがらないみたいですが、力は本物と父が言っていました」
レオンからその話を聞いて、縁切りという特別な場所だからかもしれないと茉央は納得をする。
レオンが階段を登って行くので、茉央も一歩踏み出そうとすると、一気に空気がピリついた。
身体の底から湧き出す恐怖が溢れ出る。茉央はレオンの手をぎゅっと握りしめた。
「なんか怖いよ……」
「ここの神様が、先輩の神様の気配を感じているのかもしれませんね。神様は縄張り意識が強いと聞きましたから。逆に言えば、お互いにそれだけ強い神様なのかも」
怯えている茉央にレオンは大丈夫だと優しく声をかけ続ける。本当は足を止めてしまいたい。
でも、ここで逃げたらレオンも自分も終わってしまう。レオンだけでも助けたい。その気持ちだけで、茉央は前に進んでいく。
もうすぐで本殿の入り口と思われる赤い鳥居が見えた。茉央は入る前に秘めていた気持ちを明かそうと口を開く。
「ねぇ、レオンくん。縁切りが終わった後も、今までみたいにお話ししてもいいかな」
不安そうに震えている言葉にレオンの手は少し緩んだ後、すぐに繋ぎ直した。
「先輩って意外と馬鹿ですね」
「えっ! なんで? 私馬鹿じゃないもん!」
いきなり馬鹿だと言われ、驚きながらも反論をする茉央。
振り返ったレオンの表情は不満そうな嬉しそうな複雑な笑顔で、茉央の心臓がキュッと締め付けられる。
「先輩にはまだまだ教わりたい事があります。一人でお酒飲ませていたら、酔い潰れてしまいそうですし。一人で怖くて震えているかもしれない。僕は先輩だから、助けようと思ったんですよ」
「それって……ううん、やっぱりなんでもない。ありがとう」
脳裏に浮かんだ感情を口にしたくなった。だが、茉央は首を横に振り聞かずに微笑んだ。
淡い期待で聞いて違った時に、傷つきたくなかった。
仮にそうだとしても優しいレオンだからこそ、自分ではなくもっといい人と巡り合って欲しい。
レオンは何も言わずに、寂しそうに眉を下げたが、すぐ前を向いて最後の一段を登った。
後ろ髪を引っ張られながらも、茉央も最後の境界線を超える。
縁切り神社の敷地内にいた小鳥達は、茉央達を見て、羽ばたいていく。
──小鳥達に気を取られていた茉央の頭に、アブラギリの花冠を載せる真っ黒な手が見えた。




