第17話
「待たせてごめんね!」
「大丈夫ですよ。待ち時間過ぎてはいませんから」
エレベーターを待つ事すら煩わしい。階段から駆け降り、駐車場にたどり着いた茉央の額には汗が滲んでいる。
息切れをしている彼女にレオンは目を細めて微笑んでいた。
「あ、ありがとう……」
「いえいえ、早速神社に向かいましょう」
「うん、全てを終わらせるためにもね」
乱れた髪の毛を軽く整えた茉央は、長かった一カ月間を思い返す。これで終わるんだという安心感と共に、レオンの車に乗る。
レオンはそのまま車のエンジンをかけようとボタンを押す。
「……あれ?」
「もしかしてエンジンがかからない?」
何度ボタンを押してもかからないエンジン。レオンは家から駐車場まで車で来たから、エンジントラブルとは考えづらい。
タイミングがタイミングだからこそ、茉央の脳裏に嫌な予感が駆け巡る。
──チリン。
「ヒッ……」
「っ! 先輩、車じゃなく電車で行きましょう! “ヤツ“の仕業です!」
遠くから聞こえてきた鈴の音に、二人は一斉に後ろを振り向く。
あの夜に出会った神様の真っ赤な目が見つめている。澄んだ空気はアブラギリの花の香りへと染められた。
レオンはすぐさま察したようで、車では移動出来ないと判断する。
瞬時に車を飛び出せば、茉央の手を引き走り出す。
「な、なんで? なんで、大人しくしていたんじゃ」
「恐らくこの一カ月大人しくしていたのは、力を蓄えていた可能性があります。最後の悪あがきと考えたら、神社にたどり着いた時点で僕らの勝ちです」
大人しくしていたはずなのにと怯えている茉央に対して、レオンは近場の駅を探していた。
神は早く動けないのか、身体を左右に動かし、近づいてくる。
「もし、追いつかれたら?」
「……僕も先輩も無事じゃすまないでしょうね」
繋がれたレオンの手には、じんわりと汗が出ていた。後ろ姿しか見えないが、茉央はレオンが怖がっている事は分かる。
怯えてしまう自分をこれ以上不安にさせない為に、冷静に振る舞ってくれていると思うと、茉央は止まりそうな足を必死に動かす。
「あの駅に乗れば──」
『──先程人身事故が起きた為、一時間ほど運転見合わせをさせて頂きます』
レオンが言いかけた時、駅から聞こえてきた悲鳴や電車の急ブレーキ。業務連絡のアナウンスが流れてきた。
「そんなのアリなのッ!」
「仮にも“神“なんでしょうね!」
使えなくなってしまった電車。明らかに神の仕業だと分かれば、レオンは反対側の出口から出ていく。
茉央が後ろを振り向くと、人々は神がいる空間を避けていた。
にも、関わらず苛立った様子でスマホを弄ったり、電話で会社に事故の知らせを知らせていたりと、無視をしている。
皆異形の存在をまるで日常のワンシーンのように、受け入れている様子を見て、茉央の背筋が凍った。
「歩いて行ける範囲なので、歩いていきましょう。これ以上人を巻き込めません」
「……そう、だね」
自分のせいで被害に遭わなくて済んだ人々がいる。茉央が俯きかけた時、レオンは強く手を握りしめる。
「僕の為に最後まで諦めないでください」
レオンの言葉に茉央は真っ直ぐに背中を見つめた。
自分が頼らなければ、レオンは神に呪ってやると言われずに済んだ。恨まれたって仕方がないのに、助けてくれる彼は諦めていない。
「私、諦めないから……っ!」
自分が助かる事がレオンの為である。弱くなっていた自分を心の中で無視をすれば、茉央は振り返らない。
二人ぼっちの鬼ごっこに勝つ為、走り続けた。
その姿を神は殺意を滲ませ、睨みつけている。
赤い涙が地面に落ち、現実の世界へと侵食し、穢れた神域を広げていった。




