13話
二人がお店から出る時、久しぶりに一人で帰らなくていいという安心感から、飲みすぎた茉央は頬をほんのりと赤くして酔っていた。
レオンは茉央に肩を貸し、マンションへと向かっている。
「先輩……。飲み過ぎですよ」
「だいじょうぶだって〜。まだ飲めるわよ〜」
「それは酔っ払っている人がよく言うことですよ」
レオンの呆れた口調に、ケラケラと楽しそうに笑う茉央は上機嫌だった。あの日以降、こんなにも笑ったのは記憶にない。
「あれ〜? どうしたのレオンく……」
マンションの近くにある十字路に差し掛かった時、レオンは足を止める。
いきなり止まったから、話しかけようとした茉央の口を塞ぎ、影となっている塀へと隠れた。
「先輩、静かにしてください。“来てしまいます“」
何するのと言いたくなった茉央に、強めの口調でレオンは注意する。表情は青ざめ、口を抑えている手は僅かに震えていた。
──チリン。
一体何があったのか理解出来なかった茉央にも、聞こえてきた祭囃子。
何重にも重なる音と、揺れる何を書いているか読めない札。その光景は日本らしさはなく、異国の台湾を連想させる。気配は何人、何十人があり、笑い声が響き渡った。
進むはずだった真ん中の道に赤い提灯の灯りが灯されると、現れたのは蛇や猿といった動物の仮面をつけたナニカ。
それは人の形をしていたが、人ではないことは脳の警告音で悟っていた。
参進行列だと知らないはずなのに、茉央は理解をしてしまう。ナニカは手に提灯を持ちながら、奇妙なリズムで首を揺らす。
日本語でもなければ、向こうの公用語である台湾華語でもない。聞き覚えのない古代の言語のように感じられる。
だが、茉央には彼等が何を言っているのか。何を探しているのかが、分かってしまう。
『花嫁を探せ』
もしレオンが口を抑えられてなかったら、茉央は悲鳴を響かせ、恐怖のあまり足から崩れ落ちていた。
彼等は自分を探している。アレは人が見てはいけないモノであり、気付かれたら最後魅入られて、“神隠し“にあっていた。
真ん中まで差し掛かった時、見えたのは札が大量に貼られた存在。神聖さと禍々しさが混ざり合ったアレこそが、自分が契りを交わしてしまった神様だと本能的に分かった。
緊張感から呼吸が乱れそうになりながらも、茉央は理性を保ち続ける。
次第に遠くなっていく音。あれだけ明るかった道は、一瞬で夜へと変わり、静寂が二人を包んだ。
糸が切れたように身体に力が一切入らず、二人はその場にしゃがみ込む。
「あ、あれが神様……?」
酔いはすっかり覚めた茉央の小さな声は、思った以上に響いた。イメージしていた神様と、実際見た神様と思わしき存在の乖離に今までの世界が壊れてしまう。
レオンも返事が出来ないのか、冷たいコンクリートを見つめている。
暫く二人は未知への恐怖に足が動かなかったが、レオンが茉央の冷たくなった両手を包み、ハッキリと言う。
「一カ月、絶対逃げ切って生き残りましょう」
レオンの声には恐怖が滲みんでいた。だけど、真っ直ぐ見つめている瞳は死んでおらず、負けそうになっている茉央を映し出す。
「……うん。うんっ!」
茉央は負けそうな自分を隠して、力強く頷いた。
本当は逃げたくて仕方がない。だが目の前にいるレオンが、陸と同じ目に遭ってしまったらと考えると逃げるなんて、情けない事をしたくなかった。
もう同じ過ちを繰り返したくない。
二人は支え合いながら、ゆっくりと立ち上がる。
これが始まる一カ月の鬼ごっこを共に生き残る。強く握り合った手が無言の誓いを交わす。
何処かの家から聞こえてくる穏やかな会話が、非日常のように遠く感じた。




