第11話
家に帰ると真っ暗な部屋を見て、陸がいた痕跡すらも消し去られた気がした茉央は、鋭い針が心に刺さる痛みが生じる。
「ただいま」
誤魔化す為に帰ってこないと分かりながらも、言葉にすると空気にかき消されていく自分の声。
悲しげに眉を下げて、淡い水色がお気に入りの小さな鞄をソファーの近くに下した。
「……陸ならどうしたかな」
しなきゃいけない事をし終わり、ソファーに寝転がった茉央は身体の力が抜けていく。今日で全てが終わると思っていたのに、実際は始まりでしかない。
これから一ヶ月間耐えないといけないのだと思うと、憂鬱な気持ちになりかける。
こんな時に恋人がいたならば、どれだけ良かったのだろうと弱い自分がいた。
「ダメよ! まずは気持ちからだもの!」
落ち込みかけた自分に喝を入れれば、気晴らしにとテレビをつける。くだらないバライティーの番組に、茉央はだんだんと楽しくて久しぶりに声を出して、笑っていた。
そんな彼女の幸せを奪うように、部屋中の電気が消える。
「な、なに? ブレーカー落ちちゃった?」
いきなりの停電にびっくりしつつ、ブレーカーが原因かなと思い、スマホの灯りを頼りに玄関へと向かう。
しかし、すぐ様茉央は異変に気づいた。
「あれ……。──ブレーカー落ちていない」
ブレーカーは下がっておらず、異常は見当たらない。もしかしたら周りが停電したのかと思って、リビングに戻る。
すると何故か砂嵐しか映らないテレビだけが明るく照らされていた。
それは砂嵐特有の音もなく、テレビだけが息をしているように明滅する。
「ヒッ……!」
茉央から引き攣った悲鳴が響く。よく窓を見れば周りは淡く電気が付いているのが見えた。
つまり、自分の部屋しか起きていない現象だと、嫌に回る頭が事実を教える。
手からスマホが落ちると、カタンと響いた音にテレビが反応を示した。
「ま……に……こ……」
「ま……こっ……に……こい」
砂嵐の音に紛れて聞こえて来たのは、地の底を這うような低く、腹に響いてくる男の声。何かを呼びかけている。
茉央の脳裏に浮かんだのは契りを交わしたと言われた神様。泣きそうになりながら、鞄の中を漁ってお坊さんに貰ったお守りを握り締める。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
茉央には何が悪いかは分からないけれども、そちら側に行けないと意味を込めて謝罪をし続けた。
砂嵐の音だけが部屋を支配する。重く苦しい空気に、胃液が喉までこみ上げてくる。
まだ周りが暗いけれども、もしかしたらもうすぐ終わると馬鹿みたいなことを思った茉央の精神を叩き壊すように、バンッ!と液晶越しに真っ黒な手がくっきりとついた。
「茉 央 こ っ ち へ 来 い」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
耐えきれなくなった茉央の悲鳴が響き渡る。耐えられなくなった精神は、現実からプッツリと意識を奪い取った。
砂嵐が続くテレビから真っ赤な目がギョロリと出てきて、何かを探すように周りを見渡す。
「いない……」
泡を吹いて倒れている茉央に気づいていないのか。ソレはゆったりと目を閉じる。
何事もなかったかのように明かりのついた部屋。しかし、テレビの前にはびっしょりと雨に濡れたような足痕が残っていた。




