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プラットホームに降り立つと、アルテミスの本部はすぐ目の前に見えた。式典への参加客に流されるように祥雲は開放された駅の出口を目指す。

 列車に乗っていた客の中に祥雲と同じアルテミスの受験生はほとんどいない。その理由は彼も知っていて、ほとんどの受験生は専門高校から団体バスで会場へやってくるからである。時折浪人生が祥雲のように個人で列車に乗ってやってくるが、数は多くなく、今もそれらしき人物は見受けられない。

 車内検査のおかげで全て開放されている改札を出ると道は左右に限られており、右側に式典会場はこちらという案内が大きく映し出されているのに対し、左には添えられた野菜のように控えめなアルテミス会場への案内が出ている。祥雲はたったひとり左側へ進むと、車内からよりも近くその大きな建物を目にした。

 広場には太陽の光が痛いほどに降り注いでいて、受験生たちの熱気がより芝生を熱くしている。人の気配も感じないような静けさと冷房の風が心地よい車内に長くいた反動で、祥雲はくらり、僅かな眩暈。それに反応するように、スマート端末がポケットの中でぶるりと体を震わせた。

〈まもなく アルテミス新団員選抜試験 の開始時刻です。受験生のみなさんは、受験票と個人番号チップ(またはカード)をご準備の上、 控室入口 へお越しください〉

 周囲がやにわに騒がしくなる。クラスメイト達と会話を交わす受験生を尻目に、通知画面をタップすると、受験票が表示される。瑞城祥雲と印字されたそれを見て、孤独な少年はひとり静かに意気込んだ。なんとかして、アルテミス内部へ入らなければ。その理由がある。

「……」

 どやどやと制服を身に纏った少年少女が移動を始める中、ほんの少し気おくれしたか、祥雲はしばらく立ち止まっていた。関西の有名な専門高校と一目でわかる団体が彼を避けながら進んでいき、やがて背中が遠くなっていく。大方の受験生は入口近くに集まり、広場は空気が開けて、各所の大きな屋外冷風機の風が強く当たる。

 その時。

「早く行かないと遅れますよ」

 背後からの声に、祥雲は振り向いた。

「すいません。今日に限ってなんか調整がうまくいかなくて」

 が、すぐに自分にかけられた台詞では無いと知る。もちろん、たったひとりの祥雲に声をかける人物がいようはずもないのだが。

「大丈夫ですよ。あなたは成績優秀だし、合格間違いないと先生は思いますよ。さあ行って」

「はい……」

 生徒は黒い制服に身を包んで、まだ納得がいかなさそうに両手を見つめている。少し俯いた粉雪のような頬に制服とは違う、高貴さの漂う艶やかな黒髪がはらりと垂れて、その容貌を隠す。

 が、やがて諦めたように両手を払うと、顔を上げた。

「頑張ってね」

「はい」

 祥雲がその牡丹の花のような少年の動きをぼんやり見つめていると、こちらに向かってくる彼と目が合った。ばちり。そんな音がしたようにも思える。

 祥雲には彼が自分と交わってはいけない高嶺の花のように感じられて、咄嗟に目を逸らすと彼が行き過ぎる

のを待った。

 しかし。

「おまえ……」

 相手は、まるで逆の思いを持っていたようである。少年は祥雲の隣で足を止めると、既に背けられたその青い瞳をまじまじと覗き込んだ。当然、何事かと覗かれた祥雲も彼を見る。二人の目線が交わるとそこには、紅葉よりも紅く透き通った眸子。

「えっ」

 青桐のような鼻筋。玉器のような口唇に灯る桜色。その唇が水墨画の筆遣いのごとく動き始める。

「祥雲だろ!」

「晴姫!」

 二人の声が重なる。

「な……」

「待て。何も言うな。今はとりあえず控室へ行かないと」

烈しい日光が走り出したふたりの肌を焼きながら、その再会を祝福していた。


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