十二
「ここまでどうやって来たか覚えてないって? そんなウソが通用すると思ってんのか? お前らは受験生を装って内部に不法侵入した不審者だな。何が目的だ? 誰に言われて来たんだ? はやく言わねえとカラスの餌にすんぞ」
半袖の白いシャツに橙色のネクタイと腕章を身に着けた女性が、やや、否かなり乱暴な口ぶりで問い詰めるのを、少年たちは口を噤んで聞いていた。少し赤みのかかった茶色い髪が数束かかる襟には、金色の装飾が施されている。
すでに受験票などの身元を証明できるものは彼女に示したが、祥雲と晴姫を襲った不可解な出来事は、どんな団員にも疑心を抱かせる状況を作り出していた。
「でも本当なんですよ……」
晴姫は落ち着いて何度も口にしたセリフをまた言った。どう頭を回転させても、彼らを襲ったこの事件を説明する手立てがない。
祥雲は少しは落ち着いたものの、未だトラウマを目にしたショックで瞳孔が忙しなく動いている。
「はー、仕方ねえ。面倒だが霧南を呼ぶか。おい、逃げたりしたら一生歩けないようにしてやるからな」
その八重歯で噛みつくようにそう言うと、彼女は太もものベルトから端末を取り出して数秒操作した。直後、耳についた端末を手で押さえる。音声通話連絡が入ったらしい。
「なんだよ。いいから早く来いって」
晴姫は耳を澄ませるが、相手の声は聞こえない。
「は? なんでお前がそんなこと知ってるんだよ。言えませんって、おまえ……。あー、わかったよ。わかったわかった。後でちゃんと説明しろよ!」
短い音声通話連絡が終わり、彼女はベルトへ端末を戻しながらこちらに向き直る。
「取り調べは後だ。とにかくお前らを受験生控室に戻してやる。行くぞ」
祥雲が不安と不思議の入り混じった顔で晴姫を覗った。晴姫は肩をすくめて見せる。が、少年はともに事が前へ進んだことに安堵していた。
のだが。
すでに人々から忘れ去られた厄日という概念が現代にもまだ残っているとしたら、まさに祥雲と晴姫にとっての七月五日がそうであろう。
「比向! どこ行ってたんだよ、お前もう呼ばれたぞ」
「は?」
「なんかもうひとり不在で失格になってたやつがいたけど、もしかして君がそう? みず……なんとかって」
「……」
二人をここまで連れてきた茶髪の団員女性が当然だと言うように目を閉じる。
しかし、二人の衝撃と悲嘆の入り混じった表情があまりに気の毒と感じたのか、苦い顔で
「残念だったな」
とひとこと声をかけた。
祥雲と晴姫の夏は、こうして終わった。思いもよらぬ形で。誰も予想しなかった展開で。
二人の端末がポケットで同時に鳴る。
「受験資格の失効を検知しました。速やかに控室から退場してください。異議の申し出を希望する場合は、こちらをタップしてください。繰り返します。受験資格が失効しています。速やかに――」
無慈悲。
そうして彼らは、この場に存在することすら許されず、静かに控室を後にした。その背中のなんともの悲しいことか。
消えるように開き、そして重く閉まった扉をちらりと振り向いて、晴姫はため息をついた。
「信じらんねえ……」
「おれも……」
外は灼けるように暑い。彼らが見た地幻獣も、壁の穴も、カラスも、今では熱に浮かされて見た悪い夢のように思えた。とはいえ、現実の状況はもっと悪い。
「何があったんだ?」
祥雲が疲れ切った顔で呟く。
「わかんねえ。なんなんだよ、くそっ」
眉根に皺を寄せながら、晴姫は先ほど忌々しい音声を発した端末を再び取り出した。手慣れた操作で素早く音声通話連絡をコールする。
「誰?」
「すぐわかる」
電子音が数回鳴った後、
「晴姫? どしたん?」
拡散設定された音声が、二人の気持ちと対照的に端末から明るく飛び出した。
「えっもしかして優鵺くん!?」
祥雲が数時間ぶりに大きな声を出す。青い瞳が丸く開かれて、口元はわずかに喜びを感じさせる弧を描いている。
「優鵺くん、祥雲。覚えてるよな?」
「おお!?」
電話の向こうの青年は晴姫の紹介に重ねて驚きと歓喜の混じった声をあげた。
姫川優鵺は、祥雲と晴姫の幼少時代の幼馴染にあたる。年齢は彼らよりも八歳ほど上だが、かつて晴姫が父親と暮らしていた部屋の隣に住んでおり、晴姫や祥雲と頻繁に顔を合わせていた。優しく博学で、幼い二人にとっては憧れのお兄さんであった一方で、優鵺自身も幼い友人をかわいく思い、親しく接していたのである。
大怪災後、すぐに大阪へ避難した祥雲と違い、晴姫と優鵺はしばらく東京に残っていたために、ふたりは現在も親交が続いていた。
「覚えとるに決まっとるよ! 祥雲も今日受けに来とったん?」
「うん。今仕事中?」
祥雲の代わりに晴姫が会話を続ける。
「ちょうど終わったとこよ! 今日は晴姫が来るけ、半休取っとるから試験が始まるまでの警備で終わりやけん、今片付け終わって警察署戻って着替えよるとこ。そっちはもう終わったん?」
「終わったっていうか、うん、まあ、終わって、迎えに来てほしいんだけど」
「おーけーおーけー! すぐ行くけ待っとき! 広場の正面出口までおいで!」
満開の向日葵のように活発な、健やかな声の持ち主は、電話が途切れた後、言葉通りすぐにやってきた。




