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第七話 盃を交えて

「まさか君の方から晩酌の誘いを受けるとはね」


 盃に注がれた酒に口を付け、目の前に座る女狐の方を見やる。

 妖艶な魅力を放ちながら、底しれない実力。

 こちらの一挙一動を弄ぶように、この女もまた盃に注がれた酒を飲み干した。

 

 「妾とこうして飲める者は少ないからな?

 あの小童もたまに酒を嗜む程度で、流石に妾と張り得る程は飲めんわ」


 そう言い、僅かに盃に残った酒の水滴に視線を向け微笑みを浮かべる彼女。

 一人の人間に対して、この女がこれ程入れ込むとはやはり彼は我々の思う以上の逸材なのだろうか?

 それとも、彼女の戯れに過ぎないのか……。


 「随分と気に入ってるんですね、遥君を」

 

 「そうじゃな、まぁ悪い気はせんよ」


 「………まぁ、俺はあんたとはいずれは話をしたいと思ってたんだ。

 俺が追う者達について、あなたならば何かを知ってるのではと思ってね?」


 と、こちらが話題を振ろうとすると僅かに酒で火照っていたはずの彼女の様子が代わり、こちらを見透かすような、明らかに味方へ向けるものではないソレに変わった。

 

 「久矛、お前の狙いは何じゃ?」


 彼女の問いに、思わず背筋に悪寒が過ぎる。

 が、話は進めなければならない。

  

 「我々、征伐隊の前任であった見廻り組についてはご存知ですよね?」


 「ああ、勿論知っておる。

 随分腐敗した組織じゃったなぁ、アレは………。

 アレを当時のミカドが解体し、新たに天剱アマツルギとかいう組織を設立した。

 後の征伐隊の前身となる組織であり、確かこの百年あまりの若い組織じゃったな」


 「そうですね」


 「お主の言う見廻り組と、お主の追うモノに何の関係がある?

 アレは確か、かつて妾達が全員とっ捕まえてお前達の居るミヤコの方へと突き出したはずじゃ?

 それこそ妾を牢屋にぶち込んだようにな」


 そう言い、彼女は再び盃に酒を注ぐ。

 揺らめく水面を眺めながら、かつての日々を思い出すかのような表情を浮かべて。

 何処か物悲しく、哀愁に浸るさまであった、


 「あはは、そうですね。

 自分もそうだと聞いて居たんですけど、その見廻り組に存在した黒鼬コクユという怪異については当然あなたはご存知ですよね?」


 こちらの出した怪異の名に、彼女の手が止まった。


 「まさか黒鼬が逃げ出したのか?」


 その言葉に自分は頷き、言葉を続ける。


 「黒鼬含めて、当時見廻り組で問題を起こしたと言われている怪異達が軒並み失踪したとのことで……。

 俺達は現在、そいつ等を追っているんですよ。

 この周辺の集落で起こったことも、奴等の仕業が絡んでいると俺は睨んでいますが……」


 ため息を溢しつつ、彼女は酒に口を付けた。 

 最初とは違い、一口含む程度の量である。

 

 「全く、あやつらをさっさと殺さなかったお前等の落ち度だろうに………。

 お前等は面倒な責任を押し付けられたものじゃな。

 あやつらは当時の妾も手を焼いた程の存在じゃ、厄六ヤクムの連中が野に放たれたとなれば………。

 この失態の責任はかなり大きいぞ?」


 「存じていますよ、勿論。

 だからあなたに直接尋ねているんです」

 

 「…………」


 「アレの求める黒の怪異について、そちらの知っていることを全て話してもらいたい。

 事は一刻を争うんです、黒の怪異と呼ばれる存在が六厄に渡ってしまえばこの世は大変な事になってしまうでしょうから。

 それだけは避けなくてならない、例えどんな手を使ってでも」


 こちらの言葉に、女狐の表情が呆れたモノへと変わった。

 盃に残った酒を飲み干し、悪態を付くように彼女は口を荒げたのである。


 「黒の怪異か……、あやつらまだアレを追って……」


 「アレを知ってるんですよね?」


 こちらが言及するも、女は僅かに視線を逸らした。


 「いや、そうでもない。

 妾はアレを直接見た事はない、が……アレはこの世で最も強い畏れを持った存在であると今は亡き妾の母上が言っていたな……。

 じゃが、アレはかつてミカドの一族が滅した存在よ。

 もう二度と、表に現れることは無いと聞いておる。

 それに奴は太古の昔に滅んだ存在よ……。

 今更、そんなモノを求めたところで………」


 「滅んだ存在ですか………」


 「妾やお前の遠いご先祖様が滅した存在よ。

 アレの存在を知るのは少ない、もはや口伝で数える程度しかその存在を知らぬだろうに………」


 「その存在に、厄六が居たと……」


 「黒の怪異の復活を目論んでいたのがあやつらじゃ。

 じゃが、結局失敗に終わった。

 黒の怪異の実在は証明したのだが、肝心の本体が居ないのだからな………」


 「本体の居場所は?」


 「知らぬ、知ったところでどうするつもりじゃ?」

  

 「復活せぬよう、我々が手を打つべきだと」


 「ならば、逃げ出した厄六を倒す方が手っ取り早いはずじゃ。

 黒の怪異については、現段階で言うなら放置しても問題はない。

 アレが本来の力を戻すなど、まずあり得ん話よ」


 そう言って、こちらの空になった盃に酒を注ぐ彼女。

 自分の盃にも酒を入れたところで、丁度空になった酒瓶を彼女は僅かばかり名残り惜しそうに床に置いたのだった。


 「…………」

 

 「確か、白霧ハクムじゃったな……。

 確かに、この集落の人間を消す程度あやつの力ならば容易い事。

 しかし、それだけではこの惨状には至らない。

 恐らく適当に白霧の力で捕えた後に何処かへ連れ去ったのじゃろうな。

 痕跡も上手く消してはおるが………全く……」


 「もう、原因に見当がついているのか?」


 こちらの問いに対して彼女は僅かに間を開け、問いかけてきた。


 「千歳だったか、酒倉井の娘は?」


 彼女の口から出たのは意外な人物の名前。

 その言葉に僅かに動揺するも、僅かに返答に困った。

 これ以上は無駄ということか。


 「ああ、向こうで根を詰め過ぎていたからな任務ついでに軽い帰省をと思ってね」


 と、娘の女狐は今回の騒動を片付けたら千歳を利用し酒をたかる算段なのだろう。

 早々に諦め俺はそのまま、自身の盃の酒を飲み干し席を立つ準備をしようとする。


 コレは長丁場になりそうだ、と俺は腹を括った。


 「明日には小娘の故郷に向かうか……」

 

 「他の集落の調査はしなくても良いのですか?」


 「したところで無駄じゃよ、お主の報告が間違いないなら他の集落を調べたところで同じ。

 これ以上この辺りで足踏みをしていると、他の集落にまで被害は及び更に犠牲が増えるぞ?」

 

 女狐の言葉に俺は疑問を抱いた。

 この女、まさか既に真相に気付いていたのか?


 「何が起こっているというのです?」


 こちらがそう尋ねると、女狐は酒を三口程付ける。

 すると。ようやくこちらの求める言葉を返したのだった。


 「酒倉井の上流にはな、昔から硫黄が取れる山があるんじゃよ。

 硫黄、それは火薬の材料にもなる代物。

 鉄砲や大砲等に多く使われたのじゃからな。

 妾の知る当時、酒倉井は酒の産地等ではなく硫黄の産地じゃったよ。 

 当時戦乱の世と化していた時代では硫黄が山程需要があってな、それでかの地はとても潤っていた。

 が、戦乱の世が落ち着けば、その後かの地は酷く寂れてしまって、かつての繁栄も見る影はない。

 しかし、この惨状を見兼ね現れたのがあの村の守り神であったという水迦ミカという水の強い力を有した怪異であった。

 あやつの力のお陰で、酒倉井は酒の名地として新たな産業と共に栄え始めたのじゃ……」


 「まさか………、奴等は……」


 「お主の見解通りならば厄六の連中は硫黄を取る為に、人手を欲したのじゃろうな?

 だから急いだ方が良いぞ、あの手の鉱物を採るとなれば命が幾つあっても足りんからな?

 かの硫黄を売り捌き現世での資金集め、あるいは再び世界を戦乱の世に変えたいのか………。

 全く、面倒で回りくどいやり方をしよって……」


 そう言い、女狐はゆっくりと立ち上がる。


 「明日も早いのだろう?

 妾はもう寝る、お主が何をしようが勝手じゃが妾の邪魔をしようなら許さんからな?」


 そう言って、俺の目の前から彼女は消え失せた。


 「全く、恐ろしい人だ。

 まるで隙がない、終始踊らせていただけか……。

 日下ノ珠丹藻クサカベノミタモ

 流石、元厄六の筆頭を務めていただけはあるな……」

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