第五十一話 私のやるべきこと
暗い闇の中、全身を巡る激しい痛みに私は現実へと叩き起こされる。
「っ……?!」
先程まで暗い洞窟の中に居た。
母上との戦いで倒れて、それから隊の仲間が駆けつけてからそれで……。
状況が飲み込めない中、私は辺りを確認する。
辺りは夕暮れ時、例の洞窟の入り口と思われる場所。
少し離れたところで、煉と亥が呑気に米を炊いてる様子が視界に入り込む。
「ちょっと、あんた達何をやってるの!!」
「千歳、目が覚めたのか!!」
「とにかく今は休んでなよ。
今の君じゃみんなの足手まといになる」
「そーそー、凪さんもまだ戻ってないんだ。
久矛さんも、例の二人と、あとカワウソ?的な奴も中に入ったきり戻ってない。
さっき、久矛さん以外の三人を送り届けた犬達は……。
ほら、近くの木陰で休んでる」
煉が指差した方には確かに、休んでいる彼等の姿がそこにある。
いや、今はそんなこと言ってられない。
「すぐに私は戻らないと………」
全身が軋むように、痛みが巡る中で私はふらつきながらも立ち上がり洞窟の入り口へと向かう。
「ちょっと、千歳!!
骨が折れてるかもしれないんだ、これ以上無理をしたら命にかかわる!」
無理やり身体を動かす私を、二人は必死に押さえつけるが私はそれを跳ね除け、例の洞窟を目指す。
「私がやらないと駄目なの!!!」
「…………」
「私は此処で生まれ育った者として、ミカの子として生まれた者としてのケジメを付けなきゃいけない。
私がやらなきゃ駄目なの、凪さんや、久矛さん。
遥やミタモや、あのよくわかんない兄の方が自分よりも強いってことくらい分かってるの………」
「千歳、だったらむしろ君は……」
「でも、私が止めなきゃいけない。
家族を、自分の大切な人達を自分を犠牲にして傷ついていく母上を私は見たくない!
だから私が止めなきゃいけないの……。
母上が自ら、自分の守り抜いてきた人達をこれ以上傷つけさせない為に!!」
「……………分かった」
そう言うと煉は私の肩から手を離した。
「煉、お前本気か?
無理だ、今の千歳じゃ下手すりゃ殺されるぞ!」
「そんなの分かってる。
でも、自分の家族の問題を他人に任せたくはないんだろうよ………。
此処は千歳の故郷なんだ、外の俺達が無駄に口を挟むべきじゃない。
俺達のやるべきことは、亥もそんなの始めから分かってただろ?」
「…………」
亥もまた私から手を離した。
「行って来いよ、千歳。
俺達はお前のやることが正しいと信じるよ。
全部終わったらあとで俺達がお前の分まで怒られてやるからさ?」
「ちょっ、亥……それは余計だって!!」
「なんだよ、煉だけ逃げるのは許さないからな!
怒られるなら全員一緒だ!!」
「怒られるのは亥だけで十分だろ!」
格好付けてくれた割には、最後はいつもの二人の姿に私は思わず笑いが溢れる。
でも、二人の言葉に私は勇気付けられた
「あははは……!!
分かった、私行ってくる!!
二人共、ありがとう!!」
二人から離れ、私は洞窟へと再び潜り込む。
母上を止める為に、私の故郷を守る為に。
●
目の前の怪異の力は圧倒的だった。
これまで直接戦った怪異の中でも随一と評価出来る。
数年前に対峙した黒獣よりも小さく、明かりと広さは確保されているにしろ洞窟内特有の視界の制限。
怪異本体の力はもれなく、全てが当たれば命に関わるであろう一撃が無数に飛んでくる。
「ミナウセ、後ろだ!!」
「そっちこそ、右を見ろ!!」
そして、何とも数奇な定めと言えよう。
数日前に斬られた相手と共闘している。
全ては目の前に立つ、ミカを倒す為。
アレを止めなければ、俺達は愚かこの地の命運が掛かっているという………。
そして、前線で俺達がどうにか敵の包囲網をくぐり抜けている中、後方から機会を伺うミタモの影。
ミカは後方の彼女を一番に警戒している。
俺達に警戒こそすれ、前方をアレだけの水の塊を飛ばしているのだから避けるだけで手一杯なのは目に見えている。
故に、警戒しているのは後ろのミタモただ一人。
「そりゃ、俺達じゃ相手にならないか………」
「おい、このままだとこちらの体力が尽きるぞ?」
「向こうが力尽きる可能性は低い。
ミナウセ、片方が前線に更に出て注意を引き、もう片方で背後を取るぞ。
それで恐らく、首も取れる」
「…………、分かった。
僕が後ろに回る、お前が前線に出て母上の注意を引いてくれ」
「分かった!」
俺はミナウセの言葉に従う。
俺は怪異との間合いを詰めに向かい、敵の攻撃に対して正面から対抗する。
「カエシテー!!!」
もはや理性が残っているかさえ怪しい。
それでも、敵の攻撃は確実に俺達の命を奪いに来る。
「はっ!!!」
一撃、一撃と無理やり攻撃を凌ぎ間合いを詰める。
あとニ、三歩で刀の切っ先が頬を掠めるであろう距離にまでくるも怪異の姿は忽然と消え去った。
背後に回ってきたはずのミナウセの姿が視界に入り込み、お互いの刃がすれ違うように交錯し身体が衝突したのだった。
「いってぇ………クソっ!!
嘘だろ、いきなり消えるのかよ!!」
「違う、アレは母上の力の一つだ。
母上は水の怪異、その身体を自在に水へと変えられるのは当然だろう」
間もなくして、離れたところにミカは姿を現すと、最初と同様に水の力による攻撃が再開された。
再び攻撃をが躱し、凌ぐという部分に逆戻りし苛立ちを感じてしまう。
「当然だろうじゃねえよ!!
身体が水なら刀で斬れる訳がないだろうが!!」
「いや、母上の身体は常に水にはならない。
変えられるのは僅かな時間だ」
「つまり?
次に使えるのはそれなりに時間が掛かるのか?」
「そういうことになる」
ミナウセの言葉通りなら、次に使えるまでには猶予がある可能性が高い。
問題は………一度相手を追い詰めて消えて間もなく、次の一撃を控えてなくてはならない。
さっき俺と奴がやったのがそれに一番近い状況。
逃げ場を無くしたが、怪異は水に姿を変えて俺達の攻撃を躱して見せた。
となると………
「ミタモ!!
俺達がもう一度奴を追い詰める!!
次に姿を現した時、お前が奴を仕留めろ!!」
「相わかった!!!」
離れたところに立つミタモの返事を聞き取り、そして辛うじて攻撃を耐えているミナウセも俺の意図を汲み取り理解したようだった。
「ミナウセ、分かってるよな!」
「もう一回、やるんだろ?」
「ああ、今度は俺が背後に回る。
俺の方がミタモとの付き合いは長いからな。
ミカの背後の方向から、俺がアイツに居場所を伝達する」
「しくじるなよ、人間!!」
そして俺達は再び反撃に出る。
今度はミナウセが前線に出て、ミカの注意を引く。
当然、正面から間合いを詰めたアイツに注意は向き俺は怪異を後ろから回り込むように走る。
順調に進んでるかに思えたが、俺は横から迫るナニカの存在を知覚し降りかかる攻撃を刀で受け止める。
「っ!!?」
視界の先には黒い影のようなモノがあった。
人間の形をしているが、瘴気を放つ死体のようで腐敗臭が酷く鼻がイカれそうになる。
「なんだよ、コレ!!
済まないミナウセ、一旦………っ?!!」
俺は奴の方へと視線を向けた時、ミナウセは腹をナニカで貫かれていた。
骨………のような、ナニカの先がミナウセの身体を貫いていたのである。
「あ………?」
「ミナウセェェェ!!!」
自らの思わぬ状況に困惑した奴の表情。
そして理解してしまった直後、視線は僅かにこちらへと向かう。
間もなくして薙ぎ払われるかのように、ミナウセの身体は洞窟の壁まで投げ飛ばされてしまったのだった。




