第五十話 その畏れ、正しき在り方を
先にミカの元へと向かった久矛を追って、俺達は犬二匹の案内の元で洞窟の最深部へと向かっていた。
「ミナウセ、この場所の事を知っているのか?」
「母上がお役目を果たす為に幾度となく通っていたのがこの洞窟だった。
母上からは無断で立ち入る事を禁じ、僕はその言葉の掟を守り続けていた。
奥に何かがあるのは確実だったのだろうが、ソレが何かは僕には分からない」
「なるほど、ミタモは何か知っているのか?」
「ミナウセとやらが知らんのなら、妾しかアレを知らないじゃろうな?
この奥にはかつて黒の怪異と呼ばれた存在の力の一部が眠っている。
かつて、キウと呼ばれた怪異の亡骸にこの地で生贄とされた人々の魂の力が合わさったモノ。
ソレがこの地に眠るモノの正体じゃ」
「では現在の母上は、そのキウと呼ばれた存在であると可能性が高いと?」
「キウの本人の可能性はかなり低いじゃろうよ。
大方、生贄とされた人々のうちの誰かの魂がミカの身体に入り込んだ可能性の方が確実じゃ。
しかし、そうなると分からないことがある」
「分からないこと?」
「お主らの存在じゃよ、ミナウセ」
「どう言う意味だよ?」
「お主は秋重との双子として生まれたが、お主はミカの力を引き継がず、父親であろう黒鼬の力を濃く受け継いでいた。
秋重に関しては、ミカの現在の魂の中核を成している人間の魂を受け継いでいる」
「ソレがどうかしたのか?」
「千歳を見れば明らかじゃ。
あやつは、ミカの力を濃く継いでおる。
怪異は血肉の繋がり以上に魂の力が色濃く引き継がれる中、千歳はミカの力を引き継いで生まれた。
中身の魂が違うにも関わらず、千歳はミカの力を継いでおる点がどうも気がかりでな………」
「例外の一つや二つあるんじゃないのか?
それこそ、今回の事態だって途中からはミタモも読めて居なかっただろ?」
「それはそうじゃが……とにかく、今のミカの容態
この目で見なければ何とも言えぬ。
ミナウセとやらも、実の母を斬ることになりかねないことも覚悟しておけ」
「僕としては話し合いで済ませたいところだが………」
「外のアレを見ても、同じことが言えるのか?」
「………」
ミタモの言葉にミナウセは口を閉ざす。
確かに、実の娘に手を上げたのは確実。
そして、秋重殿もミカによって殺された。
既に話し合いだけで済む範疇ではない。
それでも家族だから、なんとかしたいのがミナウセの心情なのだろうが……。
「ミナウセよ、これ以上あやつを無駄に生かそうとすればこの地の民の犠牲でも済まされない。
お主もソレをよく分かっておるはずじゃ」
「………」
ミタモはそれでも言葉を続ける。
要は、目の前の現実を受け入れろとのこと。
彼と同じ立場なら、俺でも確かに同じように悩むだろうが、これ以上無駄に犠牲を増やしたくはない。
それこそ、何百年とこの地を守り続けたミカの意思を無駄にすることになる。
今の彼女がかつての彼女ではないにしろ、これまでを無駄にしない為にその役目を果たす必要がある。
「ミカの気配が近い、気を引き締めよ。
ミナウセ、小童」
そして、俺達の決戦の時は近づいていた。
●
俺達が到着していた時既に、先に向かっていた凪と久矛は倒されていた。
凪の方は片方の腕の骨を折られており、その後も一人で時間稼ぎをしていたのか手の方には包帯で刀と自身の手を括り付けている様子。
そして、遅れて到着した久矛もまた戦いに望んだようだが返り討ちに遭い、まさにその命が奪われそうになっていた。
「母上っ!!!」
ミナウセが声を荒げ、ソレに声を掛けた。
ミタモに匹敵するであろう威圧感を感じさせる怪異の姿がそこにはあった。
彼へと迫る手が止まり、視線が俺達の方へと向かう。
黒い瘴気を放ち、視線を向ける千歳と似た顔付きをしている大人びた女性。
アレが、水架………。
酒倉井の地を何百年と守り続けた怪異の成れの果て。
「ミナウセ………来ていたの?」
「ええ、少し前に戻りました。
状況は把握しています、これ以上のお身体に障る行為は控えて下さい。
どうかお願い致します、母上………」
「…………、そこに居るのはミタモね?。
久しぶりだね、元気にしていた?」
「お主こそ、とっくに死んだものと思っていた。
千歳はお主を随分想っていたようだが、そのお主がこのような有り様とはな………」
「変わったものだね、お互い。
お姉さんに頼まれて、私を殺しに来たの?」
「アレは関係ない。
しかし残念じゃが、お主は殺さねばならない。
お役目は聞いてはおるが。
それ以前に、人を殺めた怪異は始末せねばならないのじゃからな?」
「見廻り組はもう存在しないでしょう?
貴方にはもう関係ないじゃない?」
「関係ないな、じゃが妾のやるべき事じゃ。
それで、引く気はないのか?
ミカよ、ミナウセの……。
お主の子の言葉をどうするつもりじゃ?」
「殺しなさい、ミナウセ。
そこの二人を殺しなさい」
「殺せば、母上は手を引いてくれるのですか?」
「………」
ミカは何も答えない。
ただ、俺達が邪魔なだけのようである。
意思疎通、会話は成り立つと思われたがお互いの立場は並行線だった。
いや、ミタモは分かっていたはずだ。
でも、一度話しを試みたのは友としての情だろうか?
「母上、お引き下さい。
これ以上はいけません、どうかお願いします」
「全く、残念だわ。
本当に残念な人達、みんなみんな私から何もかもを奪ってしまうのだから。
返してよ、私の子供を返してよ………!
返して、返して返して返してカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ………!!!!」
壊れたように、そう何度も叫び続ける彼女。
これ以上の会話は無駄だ。
「ミカ、お主にはやはり死んで貰うことになる。
千歳のことは、妾達に任せておけ。
お主はよくやった、だからもうよい………」
ミタモはそう言うと、俺の元へと歩み寄り俺の首元へ とその手を伸ばし、そして空いた手を右手へと触れてきたのである。
間もなくして、再び彼女の力が俺の中に入り込んでくる。
「ミタモ、本当にいいんだな?」
「ああ、妾達の畏れを存分に思い知らせよ」
「……、分かった。
ミナウセ、そういう訳だがお前はどうする?」
「僕も手を貸すよ。
母上をもうこれ以上苦しませたくはない」
「分かった。
ミタモ、他の二人のことを頼んだ」
そして俺は刀を引き抜き、目の前の怪異と対峙する。
「…………ミカ様。」
「カエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ……」
当然会話は成り立たない。
それでも……俺は構わず言葉を続ける。
「あんたの娘の千歳は、随分とあんたに憧れていたようだった。
あんたのようになりたくて、毎日のように無理をして鍛錬していたような馬鹿な奴さ。
ほんと馬鹿な奴だよ、それでもなミカ様?
千歳は、あんたの娘はあなたのように、母上のようになりたかっただけの心優しい普通の少女だったよ」
返答はない、それでも俺は言葉を続ける……。
「過去がどうであれ、死ねば全てが終わりなんだ。
失ったものは取り戻せない。
失った命は二度とは戻らない。
でもな、今あんたには目の前にあるだろう?
生きている家族が目の前に残ってる。
なら抗えよ、伝えろよ?
その家族の為に少しでも、ほんの少しでも今のあんたの気持ちを伝える為に………。
あんたが今どうしたいのかを伝えてやれよ!!」
「…………」
刀の切っ先を俺は目の前の怪異へ向ける。
答えは返らない、ならやるべき事は決まっている
「俺は神畏として、あんたを滅する!
その畏れが正しく振るわれる為に!
あんたが怪異としてではなく、母親として家族と向き合える為にな!!」
「カエシテ!!
ワタシノコドモヲカエシテ!!!」
「帰ってこいよ、ミカ様!!
そこはあんたの居るべき場所じゃないだろ!!
ミナウセ、行くぞ!!」
「ああ、分かっているさ!!!」
そして戦いは幕を開けた。
何百年にも渡る、この地の因縁に終止符を打つ為の最後の戦いが……。




