第五話 征伐隊
神畏達が狼藉を働いているという噂を聞き、彼等を探るついでに立ち寄った無人の集落。
そんな夜更けに俺達の元を訪れたのは久矛というミヤコの征伐隊と名乗る存在だった。
そして現在、寝床として借りている空き家に彼等を招き入れて会話を交わしていた。
「こちらも名乗ったんだ。
流石にお前達も名乗ってはくれるだろう?」
久矛はそう言い、俺達を断りにくい状況へと追い込む。
まぁ、向こうが先に素性を名乗ったのは事実。
そして、同じ神畏だと名乗っても問題はなさそうだとは思うが………。
「緋祓遥、あんた達と同じ神畏だよ。
俺の連れのこの女狐は、ミタモだ」
「ほう、なるほど君が例の………」
久矛はそう言うと俺とミタモの方を見比べるように見て、何かに納得したようだった。
そして、どうやら俺達を知っている様子である。
「久矛殿は俺達を知っているのか?」
「若手で腕の立つ者だと聞いてる。
出世のあまりの早さに実力を疑っていたんだが、なるほど君に彼女が付いてるなら合点がいく」
「………そうですか」
「まぁいいさ。
で、あの村の怪物を倒してくれたのは君達だろう?
仲間の伝達で既に報告は受けている、ミヤコに戻り次第本部から相応の報酬が受け取れるようこちらから手配をしておいた。
一応、こういうのも俺達征伐隊の仕事なんでね」
「その割には随分とお仲間さん達は威圧的でしたよね?
神畏同士だから、多少警戒してしまうのもあるでしょうが、何か特別な理由が他にあるのでは?」
俺が征伐達のお仲間さん達の神畏を眺めながら先の理由を尋ねると少々苦笑いを浮かべながらお仲間の彼等は俺から視線を逸らした。
「この辺りで神畏達が色んな集落を荒らしているという報告を受けていてね。
その対処に訪れてみたらこの集落の惨状。
この近くにある8つの村全てが同じ状況だったんだ」
そう久矛殿は告げる。
彼の告げた衝撃の言葉に俺は思わず反応が遅れた。
「8つの村全てが?」
「ああ、その通り。
こちらはこちらで別の道から探っていてね、狼藉を働く神畏の取り締まりへ動こうとした矢先にこれときた。
全く、この集落達の身に何が起こっているのか?
住人はどうなったのか行方が分からないんだよ。
聞いていた話と全く違う状況でね、俺個人の見解としてはただの神畏がやったこととは思えないんだ。
集落の支配の為に、わざわざ村の住人を消し去る必要はないからな、それも小物なら尚のこと………。
例え殺したとしても、その痕跡が何も無いのはあまりに不自然過ぎるからね。
それだけ強力かつ強い力を持った怪異を、ミヤコで管理されていないのはおかしい話になる」
「なるほどな。
で、俺達をこうして尋ねた理由は?」
「ようやく見つけた第一住人ってことと、噂で聞いた君達を見つけ次第協力出来ないかと思ってね」
「協力ですか……」
「君達、かなり強いんだろう?
それに、ミタモ殿を見れば君達の実力はわかるさ。
はぐれものとはいえ、村を巣食っていた怪異を討伐した君達の実力を見込んで協力を頼みたいんだ」
「………。
わざわざ俺達でなくとも本部のあるミヤコから人手を借りる手もあるだろう?
こうして単独で動く俺達よりも見知った仲間と連携するのがミヤコ直下の組織以前に、組織として動く神畏なら当然の判断になるはずだ」
「まぁ、確かにその通り。
でもね、こちらもそう言ってはられない状況なんだ。
人員は一度既に招集したんだが、道中でとある怪異に殺されてしまったらしいんだよ。
君が追っているであろう、片腕の怪異にね?」
「何っ………!?」
「交渉といこうじゃないか?
この周辺の村に起きた異変の解明に協力して欲しい。
こちらは報酬として、君の追う片腕の怪異の動向について教えよう。
数年以前の記録ではなく、ここ一ヶ月以内の奴の動向に関する情報だ。
情報以外にも勿論、成果に応じての報酬も与える。
どうかね?、遥君、ミタモ殿、君達にとってもそう悪くない取引だろう?」
「…………」
返答に俺が悩んでいると、隣に座るミタモが俺の服を掴んできた。
そして、代わりに話を付けると言わんばかりに俺の前に出て口を開いた。
「報酬に酒を追加しろ、酒倉井の酒を三斗程な?」
彼女の言葉に俺は絶句した、それどころか久矛殿まで気が動転し開いた口が塞がらないまである。
「あ、あぁ……別にそれくらい構わないよ。
というか、こちらの支払う報酬で好きなだけ買えばいい話じゃないのかい?」
と、先程まで若干凍りついたいた場の空気が一転。
ミタモの放った衝撃の発言に、征伐隊の仲間まで視線を逸らし笑いを堪えているではないか……。
「ミタモ、お前はどうしてもいつもこうなんだ!」
「うるさい小童!
妾の酒を横取りする気か!!」
「横取りするかよ!!
てか、やっぱりお前は馬鹿じゃないのか!!
ここに来てまで、酒をくれと話を付ける馬鹿が何処に居る!!」
「ここに居るじゃろう!!」
「どうしてだよ!!」
「はっはっはっ……!!
面白いな君達は、それくらい威勢が良いならこちらとしても頼もしい限りだよ」
●
彼等との諸々の話を終え、ミタモの晩酌を見届けていると外から彼等の話声が聞こえてきた。
悟られないように彼等の元へと近づきその会話を盗み聞く事にした。
声の主はどうやら久矛殿と、その仲間の一人の様子。
「あのような者に我々が協力を申し立てる等、正気ですか久矛殿!
ミカド様直属の征伐隊を務める我々が、得体の知れぬ野良の神畏の手を借りるなど………」
「屈辱的か?」
「ええ、そうです。
幾らあなた様のご命令であっても……。
このような真似は……」
「敵の力は強大だ、それにこちらの追う組織の者と関係が示唆されている以上、こちらの戦力はあまりに乏しい。
この周辺の集落を襲ったと思われる白霧の怪異、元は温厚な土地神として民から慕われたようだが、ある時を境に一変した。
その一変したきっかけに、我々の追うアレが関与している可能性が高い。
白霧の怪異、そして我々の追うアレを同時に相手取る事はかなり厳しいだろう。
それくらいは分かっているよな?」
「ですが、他にやりようは………。
やはり本部からの増援を待つのが………」
「その間に、我々の追うアレの行方はどうなる?
この状況も恐らく、我々の追うアレの仕組んだモノに他ならない。
最初に合流するはずの仲間に、例の片腕を仕向けられたのが向こうの策略である事は明白だ。
我々の追跡を遅らせること、それが向こうの狙い。
こうして遅らせる事を繰り返された結果が、この惨状に他ならない。
言い方に問題があるだろうが、今はこの小さな集落で事が済んでいるだけ遥かにマシだ」
「…………」
「それに、あの二人の実力は信用出来る。
この数百年、誰もあの女狐と組めた器のある存在が現れなかったんだ。
緋祓君は強いよ、君よりも、勿論俺よりもな?」
「本気で仰って?」
「本気だよ、これでも少し悔しいくらいだ。
あのミタモとかいう女狐、酒ばかりだと思ってるだろうが油断は禁物。
あの話し合いの場で少しでも言葉を違えていたなら、容易く我々を殺していただろうな。
その上、こちらの身分を分かった上であの女狐は酒を要求するなど、何とも身勝手な要望を告げたときた。
こちらの目的等、あの女の前では晩酌の酒と比べるまでもない程に些細なものらしい。
あの通り、混ざり者とはいえ仮にも妖狐の一族。
その力は絶大、ミカド様の側近も妖狐かあるいはそれに準じる者達ばかりだ。
例え、名のしれた名家のお前だろうと妖狐と比べればその力の差は明らかだろう?
俺も含めての話だが、とにかく………。
俺達は征伐隊である前に神畏だろうに……。
女狐含めて、怪異に対しての畏れを決して忘れるな。
話は以上……」
そう言うと久矛殿はこちらに近づいてくる。
そして、角で鉢合わせる手前で立ち止まり声を掛けてきた
「聞いていたか、緋祓君?」
「………ええ、まぁ一通りは………」
「気を悪くしないでくれ、アイツはまだ若い。
君とそこまで変わらないくらいなんだ」
「別に構いませんよ、慣れてますし。
何なら神畏として旅をしている以上、似たような疎ましい扱いをされる事に慣れてますので」
「そうかい。
ミタモ殿は晩酌の続きかな?」
「ええ、もう結構な量を飲んでますが……」
「そうか………」
「一ついいか?」
「何かな?」
「何故、俺達に親しくする?
征伐隊を率いる者としてか?
それとも、個人的な理由か?」
「………、君と似たようなものだよ。
明日の出発は早いぞ。
寝坊しないよう早く布団に入りたまえ」
そう言うと、彼は俺の肩を軽く叩き自身の野営地へと戻って行った。
そして、俺をじっと睨む彼の仲間の一人。
「あんた、俺がそんなに気に食わないか?」
「………別に」
そう、ソイツは吐き捨て俺の目の前から立ち去った。
コレは色々と大変かもしれない。
安易に引き受けて良かったのか、今更ながら気が僅かに引けてきた……。