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第四十八話 かつての、名は

 遠い昔の話です。

 酒倉井と呼ばれる以前の、より前のことでした。


 人々はそこで、飢雨とよばれる怪異の恩恵によってその生活が成り立っていました。

 雨も降らず、水も乏しいこの地に恵みを望んだ人々の願いはいつしかその怪異を生み出したのです。


 飢雨が生まれ、人々の願いは叶いました。

 雨は降り、作物は無事育ち。

 集落は繁栄していきました。

 飢雨の恩恵に人々は感謝しました。

 怪異に対する信仰はより強く、その存在は集落にとって掛け替えないものでした。


 しかし飢雨の力には代償が必要でした。

 彼には人間の血肉が必要だったのです。

 それも魂の力が強く、生命力に溢れる存在。

 特に、赤ん坊や子供が望まれたのです。


 集落の人々は、恩恵を受け続ける為に生贄として集落の子供達を捧げました。

 何度も何度も捧げられ、その犠牲から集落の人々は彼の恩恵を受けられたのです。


 それから集落の発展と共に時が経ち、飢雨の存在を集落の人々は疎ましく思うようになりました。

 自分の子供を犠牲したくない者達が声を挙げ、飢雨に対しての反乱を始めたのです。


 ある日から、人の血肉の代わりに野山の獣の肉を与得るようになりました。

 飢雨は集落の人々に言いました。


 「人の肉が欲しいのです。

 人の肉で無ければ、私の力は使えません」と。


 そんな飢雨の言葉に対して、集落のある一人はこう言いました。


 「本日は人の肉を用意出来ませんでした。

 ここ数日、作物の育ちが悪く子供の数が減っております故に………申し訳ありませんが我慢をして下さい………」


 集落の人間の言葉は勿論嘘でした。

 しかし、作物の育ちが悪い事を耳にした飢雨は集落の為に以前よりも大きな力を扱うようになりました。

 

 そして作物はより多く育つようになり、集落の子供の数も増えより集落は大きく発展していくようになったのです。


 しかしそれでも、集落の人々は生贄を捧げる事を以前よりも減らしていき、次第にはその風習すらも無くなってしまったのです。


 ある日、以前よりも痩せ細り、力も弱まってしまった飢雨は人々に言いました。


 「人が食べたい。

 人を食べなければ、私は力は振るえない」と。


 集落の人々は言いました。


 「お前にやる肉はない。

 この地にお前のような化け物は不要である」と。


 間もなくして、外から来た神畏と呼ばれる存在によって飢雨は殺されましたとさ。

 しかし、飢雨は人々を恨みませんでした。


 自分の力がなくても人々は生きていけるのだと。

 最後に大きく発展した現在の集落と、自身の死にゆく姿を見て喜ぶ人々を見届けたのです。


 飢雨が死んだ事に人々は歓喜しました。

 生贄に苦しむ者達が、生贄の為に死んだ人々がこれで報われたのだと。


 飢雨を殺した神畏を英雄様と讃え、その存在を奉る為の社が集落近くの洞窟の奥底に建てられました。

 そこには神畏の殺した飢雨の死体が供えられ、以後人々は英雄の活躍を称えるようになったのです。


 めでたし、めでたし。


 

 「アレが………黒の怪異の一部なんだ。

 とんだ嘘っぱちだわ、全く……。

 元は人間の自業自得なのに、上はアレを鎮めたいと」


 「黒の怪異の力の一部であることは事実だろう。

 飢雨を殺す為にアレの力を受けて殺されたのだから、アレは後にこの世にとって大きな障害になり得る」


 「そう、面倒なことになるのは確かだね。

 要は時限爆弾が仕掛けられてるってことだもの。

 アレを鎮める為に必要なものが、生前の飢雨と同じ水の力を持つ怪異が必要。

 あくまで仮の処置は施したけど、コレが外に漏れ出るとこの辺り一体は当然おしまいね」


 「ミヤコに戻ったところで、当てはあるのか?」


 「うーん、目を付けてる子は何人か居るよ。

 その子のいずれかに、お役目と称して私からアレの封印を頼むつもり。

 ついでに、封印維持の為に近くの集落から力を集めて貰うなり、何かしらの恩恵を与えられるように教育もしないといけないかも………。

 ま、教えたところで一度見限って裏切った子達の末裔共が素直にその子に従ってくれるかは分からないけど」


 「全く、面倒な仕事を受けたものだなタマモ」


 「しょうがないでしょ、コレは私じゃ無理なの。

 だって、この封印の中身は怪異の力じゃないもの。

 聞いてた話と全く違ったんだからさ。

 怪異の骸に人間の魂が集まったもの、言わば人にも怪異にも成れなかったなりの果てだからね。

 私の中の食人衝動が働くけど、怪異のような気配が中のソレを押し包むように存在している。

 魂の数がとんでもないもの、仮に一部の魂が漏れ出る可能性もある。

 気を抜いたら、あなたの身体の中の魂が抜き取られてアレに奪われるちゃうかもね?」


 「………変な冗談はやめてくれ」


 「ちぇー、つまんない。

 でも全部が嘘って訳じゃない。

 仮に何かしらの器を用意すれば、魂が入り込んで付喪神みたいに動けるようにはなると思うよ。

 実際それをお目にかかれるかは分からないけどね?」


 「お前が無理であると判断した理由は?」


 「アレは要は、恨みを持って死んだ人間の魂の塊。

 それも沢山、人を殺した経験のある私が手を付けると内部のソレと私の力が引き合って私の身体が奪われ兼ねないんだ。

 さっきの仮の封印で危なかったからね、多分二度目はないと思っていい。

 でも、コレが人の魂の集まりってことなら、何らかのカタチで今後利用出来る可能性があるかも。

 それこそ、この力が外にドカンって放って離れたところに存在する本物の黒の怪異の復活を誘発するとか?」

  

 「正直、起きては欲しくないな」


 「そうだね、じゃそろそろ次に行きましょう。

 もしかしたら、また来ることになるかもね。

 勿論それは、遠い先のことであなたはもう死んでるだろうけどさ?」



 飢雨が殺されてしばらくが過ぎた頃、集落はかつての繁栄の面影を無くしていきました。

 原因は当然、飢雨が死んだことによるもの。

 

 彼の力によって成り立ってたこの地の繁栄。

 彼が亡くなり、その力が無くなったことで集落の繁栄は終わりを迎えていきました。

 

 集落では争いが起きました。

 収穫された僅かな作物を巡ったり、他の集落との小競り合い。

 かつて飢雨を殺すことに賛成していた人々に対して、飢雨へ捧げる生贄を断った者達。


 所構わず、集落の人々は争い殺し合いを行いました。


 そして集落はかつての面影を失います。


 いつしか、人々はかつての飢雨の誕生の逸話に準じて再び生贄を与えるようになりました。


 飢雨を殺すことに賛成した人々の死体。

 生贄を断った者達など集落にとって気に食わない存在を片っ端から殺して、その死体を神畏を称える為に建てた社に捧げたのです。


 人々は信じていたのです。

 私達が生贄を与えれば、再び飢雨が目覚め生前のように恵みを与えてくれる事を信じていたのです。


 しかし、飢雨は目覚めませんでした。

 彼のような怪異も生まれませんでした。


 出来上がったのは、彼の亡骸だったモノに積み上がる集落の民だったモノ達でした。

 

 そんな中、また一人、一人と殺されました。

 殺されたのは、集落の若い夫婦と小さな赤子でした。


 父親は赤子が生まれて間もなく集落からの脱走を計画したことを近隣に密告され、殺されました。

 集落の人々は、生まれた赤子を新たな生贄として捧げようと母親から赤子を取り上げ、絞め殺しました。


 殺された赤子は男の子だったそうです。


 赤子の母親は彼等に抗いましたが、旦那同様の裏切り者として集落の者達の手によって殺されました。

 

 裏切り者となった夫婦二人の首は、一月酷集落の入り口に晒された後に、殺された我が子と同じく例の社へと供物として捧げられました。


 旦那の名は、秋重。

 赤子の名は、水獺。

 

 そして、殺された母親の名前は………。

 千歳という名前だったそうです。

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