第四十七話 我が子の為なら
「ミヤコの征伐隊かしら?
どうやら随分と千歳が世話になったみたいだね?」
「こちらこそ。
それで?、あなたはミカ様で間違いないのかしら?」
「ええ、勿論私がミカ本人です。
この酒倉井を長らく守り抜いてきたミカ本人です」
「………はぁ。
千歳の母親にしては、随分と荒っぽい教育ですね?
それとも彼女に似てまだ子供なのかしら?
御家の古いしきたりのあるところって、何処もかしこもそんなところしかないのかな?」
「あら、それはこちらの台詞ですよ。
ミヤコの皆様は随分と地方の私達を舐め腐っているようですけど?
秋重は以前からずっとあなた方との取引には頭を悩ませていましたからね」
「あら、そうだったの?
で、千歳と共に来ていたはず秋重殿の姿が見えないのだけど、今どちらに居るのかしら?」
「秋重は先程死にましたよ。
全く、使えない子でしたね……」
「………死にました、ですか……」
俺達が気絶した千歳の介抱に追われてる中、向こうでの会話内容に肝が冷えていた。
片方は俺達の味方のはずなのに、両方が恐ろしいナニカだと思わず錯覚思ってしまったのである。
「あはは……。
凪さんが強いのは知ってたけど怖すぎだろ………」
「亥、ちょっと今は黙れ!
本人に聞こえたらどうするんだよ!!」
「二人共、何をしているの?
さっさと千歳を連れて避難しなさい」
「「はい!!」」
連れ歩いている黒風の背から持ってきた薬箱で、簡易的ながら治療を施す。
荷物のない白風に千歳を乗せ、俺達は早々にこの場から離れる準備を進める。
「凪さん、あとは頼みます!!」
怪異と対峙している彼女にこの場は任せ、俺達は千歳と共にこの場を離れた。
あの人の事だから、きっと無事。
俺達は千歳の安全を確保、そして外に居るはずの久矛さんを呼んで彼女の救援に戻る。
それだけを優先しなければ……。
●
「行ったみたいですね、そちらのお仲間さんは?
良いんですか、あなたは逃げなくても?」
「あなたの足止めに、あの男共には荷が重すぎるわ。
それに……」
「それに?」
「女同士の喧嘩に、男は邪魔でしょう?」
「そうね。
ですが、喧嘩と言うほどそちらが対等に位置するとは思えませんが……」
三人が無事にこの場から居なくなった事に僅かながら安堵しつつも、目の前の存在を警戒する。
対話は成り立つにしろ、危険な存在。
千歳の実の母、故にあまり酷い言葉は避けたかったのが本音なのだが………。
「全く、面倒な仕事を引き受けてしまったわ」
目の前の怪異は、外見こそ大人の女性の姿をしており、当然ながら血縁である千歳の面影を感じさせる。
何百年と生きた怪異は何度か仕事で見てきたが、アレは妖狐の存在に並ぶ程の圧迫感を感じる。
全身が目の前の存在の恐ろしさに震えが止まらず、普段は辺りの警戒を怠らないぴーちゃんが私の側から離れないどころか一方に動こうともしない。
妖狐と言えば、この前出会ったミタモさんがそう。
彼女もそうだが、やはり長く生きる怪異というのは長くは関わりたくないとさえ思う。
こちらの一挙一動で、その生死を左右できる。
「無理はしない方が身の為よ?
まだまだ若いのに、死に急ぐつもりなのかしら?」
「あなたに言われたくはないわ。
どうやら、身体が弱っていった事実は本当みたい。
千歳は亡くなったあなたをとても尊敬していた。
弱っていくあなたをただ見ている事しか出来なくて、毎日毎日、それこそ死に急ぐような勢いで余裕がなかったもの」
「…………。」
そう、目の前の怪異は確かに力が強い。
数百年生き延びられる程の力はある。
でも、弱っているのだ。
それが事実で、やはり自我を保つ為に人を食わねば自らの力を保てなかったのも本当なのだろう。
しかし、目の前の彼女は千歳を産んだ。
怪異が子を成すことは、力を大きく消耗する。
なのに、弱っている彼女はそれをした。
「生きている事を隠したのは何故?
それに、どうして千歳を産もうとしたの?
私にはそれが分からない。
非合理的で人を食うための餌として私達を呼びつけるにも、あまりに効率が悪過ぎるもの。
人を食わないといけないなら、それこそ身売りを引き受けるだけで済んだでしょうに?
身売りの行為すら、今の世の中でもそう珍しくはないでしょう?
飢えや生活に苦しだ大人が、子供や村の人を売買するなんてよくある話だもの。
お金には苦労しない酒倉井なら簡単に出来たはず。
なのに、それをしなかったのは何故?」
「…………」
沈黙、目の前の女は何も答えない。
一体、彼女は何がしたかったのだろう?
「答えられない?
酒倉井を何百年と守ってきたミカ様は、この質問に答えられないの?
人を食って、食い続けるしか生きる術がない。
でも、それを進んでしなかったんでしょう?
少なくとも、千歳の前ではその姿を晒さなかった。
あなたは本当に、そこにある黒の怪異から生まれた存在なの?」
私は再び、目の前の怪異に質問した。
僅かな沈黙、それから間もなく彼女はゆっくりと何かを語り始めたのだった。
「何で人を食べなかったですか……。
その点に関しては誤りですね。
私は長年、人を食べてきました。
それは、私の子供達が私を生かしたいあまりにその行為に及んだことが影響しています。
そんな我が子から差し伸べられた善意に甘えた。
結果、生き続け、人を食い続ける現在に至った。
お役目という、この身体の本来の持ち主であるミカが長年とやってきた事を続けさせる為に。
この、酒倉井という地を守り抜く為に………」
「つまり自分の子供の為に人を食べたの?
でも、考えなかったの?
あなたの食べた人の中には、あなたと同じように子供や家族がいたはずであると」
「考えた、でもどうでも良かった。
我が子達が無事なら、我が子がそれで笑ってくれるなら幸せであってくれるなら、それさえ叶ってくれれば、私は何も要らなかった………」
「……秋重殿は、千歳の父親でしたよ。
自分の父親だった人を、あの子の目の前であなたは殺した。
子供の為を思って、その幸せを願っていたなら。
何故、目の前にいたはずの実の娘の前で、その親を殺したのですか?
彼女の母親であるはずの、その幸せを一番に望んでいたのなら、何故彼を殺したのですか?」
「分からない、でも殺した。
自分の子なのに、親なのに、そんなことしたくなかったのに、どうしてかな………?」
「……?」
どういう意味だ?
先程の様子とは何かが違う………。
殺して、先程は使えないと罵倒して、今度はその行為に後悔して………。
「ああ………、分からない。
あんなに大切だったはずなのに………。
愛していたのに、私は………ワタシハ………」
何処からか力が彼女に流れ込んでいる?
後ろの封印、どこか綻びて……。
いや、結界の光で覆われていたはずなのに一部が欠けてその力が彼女に流れ込んでいる?
黒の怪異と呼ばれる存在の力を抑えるお役目。
その力が、アレから生まれたという現在のミカに流れ込んでいる。
力が強くなっている。
でも、拒んでいるのか?
元の力を取り戻す事を、拒んで………?
「………アア、カエシテ………。
ワタシノコドモヲカエシテ…………」




