第三十七話 家族
「アレが例の人斬りか……。
小さな獣の怪異と聞いていたが、まさか子連れの男とはな………」
「どうするの、九葉?
男はまだしも、連れの子供も始末するの?」
「確かに、子供を殺すのは流石にな……。
だが、子供だけ残してその後の責任問題がうんたらと、全く面倒なことになったな静さんや………」
「んー、そうね。
ここの領主の噂は良くないみたい。
となるとあの子、素材は良さそうだから適当に遊ばれて終わりか、はたまた適当に売られるかのいずれかしかないわね………。
どちらにしろ、私達には関係のないことだけど……。
気分はあまり良くないわ」
縄で縛られた自分と、隣で自分の後ろに隠れる沙苗が居る中、目の前の男女は自分達の処遇を話合っていた。
年貢の納め時、いつかは来ると思っていた。
が、まさか沙苗と共に迎えるとは思わなかった。
少し前の自分なら、全てを諦めその場で自決か、死ぬまで暴れるかくらいはしていただろう。
だが、今は………。
「コクユ……、私達……どうなるの?」
「どうなるんだろうな………」
随分腑抜けたと、自分は思った。
何もかもどうでも良かった、なのに自分以外の誰かを心配するようになっている。
せめて、沙苗の命だけでも………。
そんな妄言が、選択肢として浮かんできた。
目の前で繰り広げられる、今後の行く末。
ここで死ぬのか、他にどうなるのか………?
目の前の会話の行く末、どちらにしろ自分は死ぬ。
なら、沙苗一人の命を見逃してもらうか……。
だが、見逃してその後はどうなる?
それでも、そうだとしても……
「まだ決まらんのか、二人共?
全く、罪人の処遇に手間取るとは……。
さっき捕まえた、あの親子………いや親子なのか?
まぁ、どちらでも良いわ」
そう言って、団子の串のようなものを咥えた狐の女が二人の会話に割り込んでくる。
「…………」
「ほう、小物にしては随分手を掛けたなお主?
さしずめ、復讐か何かで道を間違えたと言ったところかのう?
それに、なるほど……。
お主は人を殺したが、食ってはおらんようじゃ……。
そこの娘と関わる前からか?」
こちらを見透かすような視線を感じ、目の前の女狐の底知れ無さを感じた。
「…………」
「そう睨むな、イタチ男?
あー、そこの小娘、お主等の名は?」
そう言い、自分への興味を失ったのか自分の後ろに隠れる沙苗の元へと近づき女狐は話しかける。
当然沙苗は突然のことに戸惑うも、勇気を振り絞り会話をする事を決意したようだった。
「この人はコクユで、私は沙苗です」
「コクユとサナエか。
良い名じゃな。
で、モノは一つ相談なんじゃが?
沙苗とやら、お主等、妾達と同じ神畏にならんか?」
「シンイ?」
「そうじゃ、妾達と同じ神畏として共に旅をするのはどうかと思ってな?
このまま事が進めば、お前とそこの男は死ぬかソレと同等の扱いを受けるだろう。
しかしじゃ、そこの男の力を失うには少し惜しい。
人斬りとて、力欲しさに食う衝動を抑えられるモノはあまり多くはないからの。
どうする、沙苗とやら?」
「……、それで私とコクユは助かるんですよね?」
「お前達の働き次第じゃよ。
もし再び、勝手に人を殺すような真似をすれば、今度は話し合いの猶予間もなく死罪じゃが。
この場で死ぬことは避けられるじゃろう?
どうする、サナエとやら?」
「……………」
沙苗が考え込む中、勝手に話を進めた女狐に対して先程の男女が向かう、女狐の勝手な言動に頭を抱えている様子だと察したが……。
「コクユ………私は……」
それからは流されるままに、自分達は神畏として自分達を捕らえた奴等の仲間として行動を共にするようになった。
当初は腫れ物扱い、何を言われやらされても仕方ないと思っていたくらいだが、彼等は自分達をまるで実の家族とでも思っているのかという程、温かく迎えてくれた。
彼等との旅路は自分にとって、とてもかけがえない経験だった。
戦に駆り出された身なっても、沙苗はかつての仲間達との再会を信じ、前線で戦い続け自分もそれに付き従い彼女の為に、その想いを汲み取る為に戦った。
そして………、自分達は長き戦いの果てに再会し各地で起こる異変の調査に赴くこととなった。
世界が窮地になっている大変な事態であると、説明は受けたが再び彼等と共に旅をすることを自分達は嬉しく思った。
その果てで、自分は………。
沙苗の最後を看取ることになった………
血濡れた手、敵の攻撃から自分を庇い右半身が吹き飛び生きているのも不思議なくらいで………。
「沙苗………、どうして………」
「…………おと……うさん……、だい……じょうぶ?」
残された彼女の左手を自分はただ握る事しか出来なかった。
それだけしか出来なかった。
「たたかわないと……わたしも………」
「…………」
無理に動こうとする彼女を自分は抑えたかった。
でも、抑えられなくて、抑える程の力も彼女には既にない。
「まもる………んだ………わたしは………。
シンイだから………たたかうの。
みんなで……かえるん……だ……」
その言葉を最後に彼女は息絶えた。
そして、彼女を含めて多くの仲間が失われた。
その想いを受け継ぎ、自分は長らく仲間の想いを無駄にしない為に一人孤独に生き続けた。
●
「…………、呆気ないな。
所詮は、いつ朽ちてもおかしくない存在か」
倒れた自分を見下す、息子の姿が視界に映る。
身体は思うように動かない……。
「ああ………」
「………貴様、まだ息があるのか……?」
動かない身体、それでも不思議と痛くない。
何も辛くない、何も苦しくない。
ただ、ただ……まだ負けられない。
その一心で、身体を無理やり動かして血を吐きながら視界が霞む中で自分は道を違えた息子に向けて刃を再び向ける。
「……………」
最後の意地、ケジメを付けなければならない。
ただ、それでも………。
自分と息子で同時に刃が振るわれる。
この一撃が最後であると分かっていた。
終わらせなければならないと頭では分かっていたのに、なんと自分は愚かだったのだろう。
「お前………何故………」
「ああ………全く、絆されたものだな」
息子の刃がその身を貫く。
血濡れた身体、その手で自分は息子と最後の抱擁を交わしていた。
「後悔していた、お前達に会ってから……」
「………」
「覚悟はしていたさ。
恨まれることも、憎まれることも、何もかもを………」
「そんな……そんなふざけた事を今更………?!」
「だが、それでも………。
やはり、家族の縁は斬れない……もの……だ…な……」
復讐に染まって、人に絆され……変わってしまった自分の行く末である。
それでも、悪くはなかった……。
怪異は人無くてしは生きられない存在。
人に家族を殺されて、そんな人によって自分は変わり、そして人によって新たな道を得た。
後悔していた、ずっと……。
沙苗を失ったこと、出会ったこと、何もかも……。
それでも、それでも………。
例え自分が、自分だけが生かされても……。
自分の家族だけは殺せなかったんだ………。
あとは、頼んだぞ……水獺、秋重、千歳よ………。
お前達でこの災いを終わらせるのだ……。
●
暗い、暗い、何処までも続く暗闇。
分からない、分からない。
ふと、何処からともなく足音が聞こえてきた。
「…………」
声を出せない、助けを求められない。
誰かが目の前に居るはずなのに、声にならない。
「もう少し、もう少しで全てが終わりますよ」
そんな、誰かの声が聞こえてきた。
誰かが居る、そして私の元へと手を伸ばしてその人物の姿がようやく露わになって………。
え……、何で?
何で私が、そこに居るの?
「今のあなたでは何も出来ない。
せいぜいそこで、見ているだけだね」
「…………」
「また気が向いたら来てあげるよ?
またね、ミカ様」
そう言うと、写し鏡を見ているかのようなその人物は私の前から姿を消した。




