第三十六話 道を違えた者として
目の前には籠を被った男がいた。
自分の父親が、僕に刃を向けて目の前に立っている。
「何の真似ですか?」
「お前の行方が分からなくなったと、秋重から聞いたのでな。
わざわざ探してみれば、どういう真似だ水獺?」
「何の事ですか?」
「何をしていた、これまで?
一年も行方をくらまし、お前は何をしていた?
何故、母のところへ顔を出さない?」
「………貴方が言えることですか?
今更になって、親の真似事ですか?
勘違いも甚だしい、全くもって不愉快ですよ」
「…………」
そして僕の後ろに控えている彼等が、目の前の男を囲んでいく。
「お前達は手を出すな。
アレは僕自身の手でケジメを付けますから」
「ケジメか……、言うようになったな水獺?
自分に本気で勝てるとでも」
「勝てるから居るんですよ。
お前を倒して、僕は更なる力を得るんだからな!!」
●
幾度となく、刃が交わされる。
致命傷とも成り得る傷は生まれず、皮一枚が切れる程度の小さな傷がお互いに生まれていく。
何度も、何度も、お互いの血をお互いの刃で舐め合うように………。
命を奪えず、もどかしさを感じていた。
「っ!!!」
「何故だ!!」
お互いに両手に短刀を握り締め、刃が衝突する。
幾度となく刃を交わすも目の前の男からは、次第に戦意を失っていることを僕は感じていた。
「本気で来いよ、黒鼬!!?
何故来ない、何故だ?!!」
「………」
返事はない。
「僕を馬鹿にしているのか?!」
「…………」
返事はない。
「ふざけるなよ、コレは殺し合いだ!!
それでも、厄六か見廻り組か?!」
「………」
返事はない、答えは返らない。
「ふざけるなよ、黒鼬!!
それが貴様の全力だとでも?
それで酒倉井の窮地を救った英雄のつもりか?」
「…………」
「答えろよ、本気で来いよ!!
僕がそんなにも弱いか?
僕の力が、そんなにも弱いか、畏れが足りないか?」
「…………」
「お前が………お前がもっと早く………!!」
声は返らない、何も応えない。
ただ僕の刃を受け止めて、受け流して………。
目の前の男は何も答えてはくれない。
「どうして、どうしてお前なんだよ!!!
どうしてお前なんかが、必要されて!!
僕等は弱くて、何も助けてやれなくて!!
だから、だから母上は僕等のせいで………!!
僕等が弱いせいで、母上は、家族は苦しんだ!!!」
「………」
「答えてくれよ、なぁ!!」
振りかぶった刃を、目の前の男はその手で受け止め強く刃を握りしめた。
「…………言いたい事はそれだけか?」
「っ…………なんだよ!!!
いい加減、その顔見せろよ、クソ野郎!!」
握ったその腕を無理やり引き剥がしたついでに、男の顔に向けて蹴りを放つ。
そして、その素顔が露わになる。
生まれて初めてみた、父親の素顔。
イタチの名を持っただけのカワウソ頭だ。
自分とよく似た、その素顔………。
「己の弱さが、そんなにも憎いか水獺?
だが、お前が己の強さ、弱さ、それに固執したところでお前は何も変わらない、変えられない。
今のお前が得られるモノは知れた程度の力のみ。
決してソレは畏れではない」
「何が言いたい?」
「怪異に必要なモノは、畏れだ。
畏れとは、恐怖と信仰の二つで一つ。
お前のしたことで得られるのは、ただ他者から奪う略奪以外に他ならない。
畏れとは、人の営みに寄り添うこと。
自然と日常に対する、恐怖とそれによって与えられる恩恵に感謝することで成り立つ。
この二つが両立しなければ、畏れではない。
そして、畏れによって生まれるの存在こそ、怪異。
人無くて怪異は生まれない、それが人の魂から生まれるなら尚更のこと。
人の魂あって、我等はその魂を持つのだ。
例えそれがどれだけ憎らしくとも、我等怪異は人無くしては生きられないのだ」
「この場に及んで、今更説教かよ?」
「分からないか、ならばそれで構わない。
道を間違えたお前をここで斬り伏せるまで」
「斬り伏せる?
斬られるのはお前だろ、黒鼬?」
「…………せめて、自分の手で終わらせよう。
全ては我が身の愚かさ故の責任だ。
水獺、ここでお前を斬る!」
●
「娘を、どうか……
私はどうなってもいい……だから……」
ならず者と思われる者にトドメを刺した横から、今にも死にそうな男の声が耳に入ってきた。
「…………」
今日殺した相手は、旅の者を狙ったならず者。
そのアジトを偶然見つけ、手当たり次第に殺した。
そんな中、死体に混ざるようにその男は居た。
右腕を切られ、今も生きているのが不思議なくらいの傷を受けた若年の男が、自分に向けて声をあげていた。
残り僅かな自らの生の力を振り絞って……
「どうか……娘を……。
さな……えを……どう…か……」
そして、男の目は虚ろとなりその命が消え失せた。
「娘を……か……」
気まぐれに、自分はその娘とやらの様子を見に行った。
アジトの奥を探ってみると、粗悪の寝床の上で両手を後ろに縛られた小さな小娘の姿が見えた。
口と視界も布で縛られ、身動きが取れない模様。
面倒なことになる前に、この娘も始末するか。
「………」
小娘に手を掛けるべく、その頭を掴む。
その瞬間、不意に過ぎるあの男の言葉………。
「どうか……むすめを……」
「っ……!!!」
「さなえ……を、どうか……」
その首をへし折るか、その頭を握りつぶすか。
それしかないはずだった自分は、いつの間にか目の前の小娘の拘束を解いていた。
自分でも何がしたかったのか、分からない。
拘束が解かれた小娘は、当然すぐに逃げるものだと思っていた。
この血濡れた自分の姿を見て、恐れぬモノは居ない。
「助けて、くれたの?」
「………分からない、自分には分からない」
「お父さんは?」
「お前の父は死んだ。
あのならず者共に、随分と痛めつけられていた」
「お父さんは死んじゃったの?」
「そうだと言ってる。
運が良かったな、小娘……」
自分はその場で泣き始めた小娘をそこに置き去り、その場を後にした。
しかし、それから間もなくして私の後をつける小娘の気配を感じるようになった。
「小娘、何故自分に付いてくる?」
「私、これからどうすればいいの?」
「自分の知った事ではない。
己で何とかしろ」
「あなたはどうするの?
たった一人で何処に向かってたの?」
「………何処にも行く宛はない」
「私も死んだお父さんも同じだった。
お母さんが亡くなって、お父さんは仕事を失ってそれから二人で旅をしてたの。
お母さんの居るところ、一緒に探そうって……」
「死んだモノには二度と会えない」
「それでも、お父さんは会えるって言ってた。
でも……、お父さんが居なくなって何処に行けばお母さんに会えるのか分からないの」
所詮は子供の戯言、相手にする必要はない。
「馬鹿げた話だ」
「それでも会えるって言ってくれたの。
必ず、会わせてやるって約束してくれたの………」
「…………」
それでも何故か自分は、あの小娘の言葉を無視する事が出来なかった。
「その、……私もあなたの旅に連れてって。
その先が、私のお父さんが向かおうとした場所かもしれないから………」
「そうか、なら勝手にすればいい。
付いてきたところで、無駄だろうがな」
それから、自分と小娘もとい沙苗との旅が始まった。
人を殺す事は以前よりも減った。
いや、敢えて言うなら殺す相手を選ぶようになった。
殺すモノの善悪を見て、殺すこと……。
果たして、ソレは正義なのか?
今更そんな綺麗事で済むものなのか?
わからない、自分には分からない。
でも、沙苗と過ごす日々は自分を少しずつだが変えていったのだろう。
後に引けないところまで向かって、その先でようやく踏み留まっただけのこと。
つまり、既に遅かったのだと。
気付いたのは、旅先で自分を追う神畏と名乗る輩に捕まってからの事だった。




