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第三十五話 異変

 実の父親である黒鼬。

 あの男の考えが、僕には分からない。

 何を考えているのか分からない。


 その顔を籠を隠している様は己に重なる事が余計に苛立ちを覚える。

 兄上と違って、人の顔を持たぬ自身。

 その醜悪な素顔が恥じ、母上の提案により顔を籠で隠す習慣が身についた。

 

 そして、そんな僕の姿を見るたびに母上は優しい微笑みを浮かべる。

 最初は子に対しての想いばかりだと思っていた、しかしそれは誤りだと気付く。


 父親の姿を見て気づいてしまった。

 それが誤りであると、母上は始めから自分達の事など見ていなかったのではないのか?


 そんな不安を僅かに感じ始めていた。

 

 「…………」


 「今日は上手く捕れないな、ミナウセ」


 「そうだな」


 この日、父親と共に魚釣りをしていた。

 お互いに籠を被り、並んで釣り竿を垂らす様はなんとも奇怪なものだろう。

 会話の種などなく、親子と言われたところで今更過ぎるので距離感に困る。

 

 お互いに話上手ではない、

 共通のモノと言えるが、魚を取ることくらいだ。


 「その……、お前も同じなんだなミナウセ」

 

 「見た目のことか?」


 「ああ」


 「あんたの息子だからな、似てるのも当然だろう。

 兄上は母上に似て、人に近いがな……」


 「怪異としての力の影響だろう。

 人に似れば基本的には、力の強い怪異になる。

 稀に例外も存在するがな」


 「例外って?」


 「お前達は双子だろう?

 双子の怪異は端的に言うなら一つに集まる魂の力が分かれたモノと言える。

 怪異というのは畏れという魂の力が集まり、形を成した存在。

 それが双子に生まれたというのは、つまり本来一つで集まるはずだった魂が別れたということ」


 「つまり、僕達の力が弱いのはそれが理由なのか?」


 「あくまで一説に過ぎないがな。

 元々、強い怪異が生まれるのはある種の運でもある。

 彼女の生まれこそ、ミヤコの一般家庭であった。

 それが突然変異の如く力が強くなったのは、お前も知るタマモの先見の明によるモノだろうが」

  

 「タマモか……。

 どうやって知り合ったんだよ、そっちはさ?

 僕はなんか、突然向こうから話しかけられたし」


 「自分も似たようなものだ。

 そもそもあの女狐に目を付けられたら終わりだ。

 当時の仲間からも、彼女は酷く警戒されていたよ」


 「当時の仲間か………」


 「気になるか?

 既に母から聞いてるものだと思っていたが」


 「一応、記録に残していたモノがあったので。

 そこから得た情報、そして自分があんたを探す時に得た情報、食い違う部分があまりに多い。

 何故そんな事になったのか、僕にはよく分かりませんがね」


 「そうか………」


 「どちらが事実ですか?」

  

 「どちらだろうな、知るものはほとんど居ない。

 仮に自分が違うと言って信じるのか?」


 「それは僕が決める事です」


 「そうか、なら好きに解釈するといい。

 見廻り組は、いや厄六は世界の敵であったとな」


 「…………」



 そんな他愛もない日常が過ぎていく。

 そして、家族が再会して一年が経過すると母上は新たな子をその身体に宿していた。

 医者の話によれば来月には生まれるであろうこと。

 父親は当然、あの男だろう。

 

 正直、現在の母上の身体を考えるなら新たに子を産むなど正気の沙汰とは思えない。

 身体を少しでも安静にしなければ、次のお役目の際に支障が起きる。

 そんな中で子を産むなど、そんなことをすれば母上はどうなると思っているのだ?

 

 母上は喜んでいた、兄上も、そしてあの男も同じく。

 しかし僕は、それを素直には喜べなかった。


 今の家族としての幸せ以上に、これから先を見据えた上で家族の行く末に不安を覚え始めていた。


 だが、僕が考えたところでどうにかなる話ではない。 

 子を産むかどうかは、母上の意思を尊重する。

  

 それが家族として正しいと、己に言い聞かせた。


 そしてその月が変わった辺りに、母上は一人の女の子を産んだのだった。


 生まれた子は千歳と名付けられた。

 そして千歳を産むと、母上の衰弱の進行が更に早まり始めた。

 あと何年生きられるだろうか?

 

 分からない、でも……でも、この時間をもう少し。


 そんな儚い夢を抱いていた。

 それが叶わないものだと、間もなくして僕自身が身をもって知ることになるとは思わなかったが………

 


 千歳が生まれて間もなく、僕は兄上と共に近隣集落への取引に向かっていた。

 生贄は現在も尚続いている慣習。

 完全に絶った訳ではない、近隣集落から取り寄せることもあれば遠い村からの身売りによって得ることもある。

 怪異としての禁断症状を少しでも抑える為に、定期的に人を食わせなければならないらしい。

 

 そして今日、ある程度の金品や薬を交渉材料に新たな生贄を得ようとしていたのだが………。


 「やけに静かだな、兄上」


 「そうだな、この辺りまで来れば人の暮らす音の一つでも僅かに聞こえてくる。

 自分よりも耳のいいお前が聞こえぬというのは、おかしい話だ」


 「先に行って様子を見てこよう」


 「無理はするなよ」


 兄上の言葉を聞き終える間もなく、僕は集落の中心部へと向かっていた。

 中央にある、数百年前に母上が設置した古い井戸を中心に発達したそこそこ大きな規模をも持つ集落。

 しかし、僕はそこで人の声を聞くことはなかった。


 兄上が到着するまでそう時間は掛からない。

 一軒一軒、人を訪ねるも声は愚か気配もない。


 しかし、獣に襲われたような痕跡も見られない。

 畑の方にも作業をしている者の姿はなく、獣がそろそろ収穫時の野菜をかじっているところが目に入った。


 「………何が起こっている?

 生贄を恐れ、とうとう逃げたとでも?」


 いやあり得ない話だ。

 金に困っていたなら、こちらが貸し付けていた。

 生贄に関しても、罪を犯した罪人を優先し、その次に老いた老人と優先度もある程度決まっている。

 向こうもそれを承知の上で行っていた慣習だ。


 だが、集落の人間は何処にも居ない。

 全員生贄として捧げたのか?


 いや、昨日も野菜の取引をした集落の一つだ。

 昨日今日で、失踪するような真似はまずあり得ない。


 ここで何かがあったのか?


 「……………」


 何かがおかしい。

 何が起こっている?

  

 思考を巡らせるも、僕には何も分からない。

 何が起こっているのか見当が付かない。


 「ミナウセ、そんなところに居たのか?

 どうだ、誰か居たのか?」


 「誰も、何処にも居ない」


 「そうか……」


 「兄上、取引はどうしますか?」


 「取引は一度中止にしよう。

 自分と手分けして、もう少しこの辺りを調べる」

  

 「見つからなければどうしますか?」


 「………その際は白霧を尋ねてみよう。

 あやつに聞けば、何か分かるかもしれない」


 「…………そうですか。

 とにかく、急いで残っている人間を探しましょう」


 日が暮れるまでの間、僕等はこの集落で人を探し続けた。

 しかし、何の手掛かりもない。

 誰かに襲われたような痕跡も何も……。

 

 他に何がある……。

 手当たり次第に何かがないか、僕は辺りを確かめる。

 日も暮れて、視界はあてにならない。

 

 聴覚でも、嗅覚でも何でもいい。


 神経を尖らせ、僕は何かの手掛かりを求めた。

 すると、何かを微かに感じた。


 「…………水獺?」

 

 僕はそれに誘われるがままに、その違和感の元へと向かう。

 匂いがした……。

 あり得ない、匂いが残っていた。


 「…………、ここから匂いを感じる」


 「水獺?、何を言って………」


 「母上の匂いだ、この井戸の底から……」


 「母上の?

 いやあり得ない、母上は何百年と酒倉井の地からは動けずにいたはずだ。

 それは、自分達が良く知ってるだろう?

 動けないから、自分達が生贄を取って食わせて」


 「なら、何故ここから母上の匂いがする?

 この井戸の底から、僅かだが……。

 ほんの僅かだが、僕は確かに感じるんだよ」


 「っ…………」


 「なぁ、兄上………、コレは現実なのか?」


 「水獺、いやだが………まだ決まった訳では……」


 「いや、それでもこんなこと………。

 今まで一度も………」


 思考が混乱する中で、僕はかつての言葉を思い出していた。

 あの女狐に言われた言葉を………。



 

 「あとね、もう一つ言っておかなきゃ。

 人を食べた怪異はね、一度食べてしまったらその魂の味を忘れられなくて求めるようになるんだよ。

 つまり、人を殺すようになるんだよ。

 あの欲求を取り除くのはほぼ不可能、私だってまだ完全には出来てないからね?

 あの子、多分隠れて何人か食ってるんじゃない?」



 「何人か食ってる?

 そんな次元の話か?」


 いや、違うこれまでも僕等は母上に人を食わせた。

 人を食わせて、生かし続けた。


 その結果がコレなのか?

 こんなことが本当にあっていいのか?


 いや、始めたのは自分達だ………。

 お役目を続ける為に、母上を生かす為に、人を食わせることを、その犠牲を必要とした自分達のやったこと。

 

 「…………っ!!!」


 「おい、ミナウセ!!」


 気付けば僕はその場から逃げていた。

 己の弱さが産んだこと。

 ただ生きて欲しくて、母上の力にずがってしまったが故に起きた悲劇……。


 これまでに何人食わせた、何人を食った?


 考えたくもない、考えたくない。


 でも、でも………。

 お役目は果たさなきゃならなかった。

 母上は、それを望んでいた。

 家族はそれを望んでいたから。

 だから、僕等は続けさせる為に生かした。

 生きて欲しかったから、その犠牲を許容した。


 何がおかしい?

 僕等はおかしいのか?

 家族に生きて欲しいと思うことが、そんなにもいけないことなのか?


 いいじゃないか、人一人の命くらい。

 それで、たったそれだけでこの世の平穏は守られる。

 それで沢山の人々が食うに困らず、暮らせるのだ。

 沢山のお金も、酒や水、他にも数多の自然の恵みの恩恵も母上がお役目を果たしていたからこそだ。


 母上の畏れがあって、お前達人間は生きていられた。

 なのに、それがおかしいのか?

 間違っていたのか?

 どれだけの時間、どれだけの歳月、その人生を母上は捧げた?

 

 間違いだったと?

 母上を生かそうとした事が間違いだったと?


 人間の為に尽くした母上のしたことが間違いだった?


 ふざけるなよ、そんなこと……。

 そんなことがあってはならない。

  

 母上が居たから、その力があったからこそ人間達はこれまで長らく生きてこれた。

 酒倉井の者達は生きてこれたのだ。

 

 消えるべきは、お前達人間だった。

 じゃなきゃおかしい、母上の力に、その畏れにすがって生きてきただけのお前等がのうのうと生きる事が許されて……。

 何故、母上一人の死がここまで疎まれなければならないのだ……。

 

 それを認める、弱き自分も憎い。

 認めない、絶対に認めない。

 

 こんなこと、こんな結末は認めない。

 

 力が全てなら、畏れが全てなら……変えてやる。

 僕がこの世の畏れとなって、全てを変える。

 

 弱い畏れは必要ない。

 力が全て、無ければそれまで………。


 母上をこれ以上、苦しませぬ為に………。

 僕が、この世の畏れを全て背負う。

 

 家族が……その命をもって守ろうとした。

 これ以上、人間によって奪われることのないように。


 誰にも奪わせない、それが過ちだとしても。

 絶対に失わせない、奪わせない。


 どんな手を使ってでも、家族の敵は僕の敵だ。

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