第三十四話 何を求め、何を成すべきか
「そろそろ諦めたらどうなの、黒鼬?
アレはもう手遅れ。
それにあなた一人でどうにかなる相手じゃないの」
「その声、タマモか?」
人目を避け獣道を歩いていた自分に声をかけてきた存在は、いつだかの知人だった。
かつての仲間の親族程度として見知っていたが、まさかこんなところで出くわすとは思わなかった。
「………正解、覚えててくれたんだ?」
「力が強いモノは忘れない。
ミタモを探しているなら、自分に聞いたところで意味はない。
それとも、私を討つ為にやってきたか?」
「うーん、そういうのでもないかな。
ミタモは、一応こっちで身柄は預かってる。
大人しくしてくれてはいるだけマシかなってところ」
「自分に何用だ?」
「ミカちゃんの事、覚えてる?」
「酒倉井の彼女のことか?」
「そーそー。
あの子さ、そろそろ面倒な事になりそうでね。
だから、あなたで何とかしてくれないかな?
お役目とか、色々と込みでさ?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味。
ミカちゃんのお役目を引き継ぐ存在が必要なの。
その為に、あなたとミカちゃんでまた子供を作って欲しいって話。
最初の子は双子みたいで、力が分かれて貧弱過ぎた。
結果として、あの子の手助けは出来るけど完全な後継者としては不十分だった。
だからもう一度、あなたにミカちゃんとの子供を作って欲しい訳ね?
出来れば、ここ3年以内には欲しいかな」
「急ぐ理由は?」
「ミカちゃん、人を食べちゃったみたいなの。
だから、お役目を続けされるのは危険。
アレを直接見たあなたなら分かるよね?」
「…………」
「可能なら今すぐ向こうに行って。
送るだけなら、私が手伝ってあげるからさ」
「しかし、アレを放置するべきではない」
「確かに、今動けるのはあなただけ。
他の子達は老いぼれたり、隠居したり。
中には死んでしまったものね、でも大丈夫。
アレはまだ倒される時じゃないからさ?
というか、アレのケジメはあなたのやる事じゃないでしょう?」
「…………」
「アレを追うのはミタモの為?」
「奴には恩がある。
沙苗を生かしてくれた恩がある」
「だから、代わりにアレを始末するの?」
「ヤツ自身も望んでいた事だ。
故に自分のやるべき事だろう」
「そう言われてもさ?
おめおめ死にに行かせるのは勿体ないなぁ?
あなたじゃ勝てない相手だから、一応手助けしてあげてるだよ私?」
「自分との子ではなく、他に候補が居るだろう」
「一番強いのがあの子なの。
最近の怪異はみんな貧弱だから。
私はもう人を前に食ってるから駄目だしさ」
「本当の狙いは何だ?」
「何のこと?」
「とぼけるな、タマモよ。
まさか、分からないとでもほざくか?
何を考え、自分を利用するつもりだ?」
「ふふふ、まぁいっか。
私の目的、そんなの分かりきってるでしょう?」
「…………」
「黒の怪異の復活。
世界に新たな畏れを、怪異達がより強く在る為に。
あなたは必ず協力するわ。
だって、黒の怪異の正体は………」
自分は女がその先を言う前に、反射的に女の首元へ刃を突き立てる。
「怖いなぁ、コクユちゃんは?」
「………ふざけるな女狐」
「でも、協力しないと死ぬわよ?
酒倉井の人達、みんなミカちゃんに殺されるの」
「………」
「私、わざわざ再会の為に生かしたんだから?
感謝してよ、コレがきっと最後だから。
せいぜい足掻きなさい、黒鼬。
楽しみにしているよ、あなたの最後の畏れをね」
突き立てた刃に構わず女は自分の頰に指を伸ばすと、間もなくして自分は白き光に包まれた。
自身が光に消える間際、女は僅かに笑っていた。
●
目が覚めた場所は、何処か面影を感じる田舎道。
そして、地形の面影を僅かに残した酒倉井の姿が目の前に広がっていた。
あの女の意図に従うのは少々嫌気が刺す。
すぐに旅路を再会しようとするが、この地の異変を自分は肌に感じる事が出来た。
「………嘘では無さそうだな」
集落の状況を肌で感じた。
自身の重い腰を上げるか思い留まるも、己のやるべき事を投げ捨てる程の意義はあるのか?
多くの疑念が過ぎる。
恐らく、彼の地に関わるということは自分のこれまでを捨てる覚悟で無ければならない。
ここで骨を埋める覚悟、かつての仲間の想いを捨て、この地に留まる覚悟。
「…………」
脳裏に浮かんだのは、娘同様に過ごした沙苗の姿。
そして、この地にて自身を持ち続けるミカの姿。
どちらを取るか、そんなのモノは分かりきっている。
「…………後悔など何度もしたのだがな」
一歩、また一歩と自分は彼の地へと近づく。
それが己のやるべきこと……。
かの地にて、ミカと共に……。
●
そして自分は、自身の息子と名乗るミナウセの案内の元、数百年ぶりにミカとの再会を果たした。
彼女は以前よりも酷く衰弱している様子だったが、変わらず自分を優しく迎え入れる。
もう二度と会えぬだろう、その覚悟であったが。
再会を果たした、そして家族としての日々をようやく過ごせると喜びを露わにする、彼女の様子に自分も嬉しく思った。
しかし、事はそう簡単なモノではない。
残された時間には限りがある。
「ミカ、少しばかり話がある」
息子二人が席を外し、屋内で二人で夜を迎えていた。
囲炉裏の炎に自分は視線を向け、自分後ろには衰弱し寝込む彼女の気配を感じる。
「何でしょうか?」
「身体は大丈夫なのか?」
「激しい運動は厳しいですね」
「本当にそれだけか?」
「誰かから私について聞きましたか?」
「ここに訪れる直前、タマモに会った。
そこで粗方の事情を把握している。
人を食った話は本当なのか?」
「息子達が私に良かれと思ってした事です。
私の為にそれしか出来る事が無かったからだと。
私にもっと力があればこんなことにはならなかった。
ですから、あの子達を責めないであげて下さい。
責任は全て私にありますから、どうか」
「今更悔いても仕方のない事だ。
既に過ぎた事、問題は今後についてだろうな。
一応聞くが、例の衝動はあるのか?」
「たまに、あります。
しかし、我慢出来ない程ではまだ………」
「そうか………」
「タマモさんからは他に何かありましたか?
私はてっきり、後継者が見つかった故に始末されるものだと思っておりましたから」
「それもあるだろうが、奴の目的は後継者として私とお前の子を求めていた。
今のミカ程の力を持つ者が現在居ない状況とのことで、奴はこの判断をした模様。
後始末も勿論、頼まれてはいるがな………」
「…………息子達も始末するのですか?」
「子の始末は頼まれてはいない。
アレの目的は分からぬが、可能な限り早くに子供を求めているらしい。
そちらの担うお役目が関係しているのだろうが」
黒の怪異の復活を企んでいる事は伏せた。
彼女の目的は黒の怪異の封印を守り続ける事。
だが、それが余計に理解に苦しむ。
何故お役目の後継者を求めたのだろうか?
復活を目的とするなら、封印はむしろ解かせるべき。
ミカの容態を知るなら尚更、彼女を始末するべきだ。
だが、何故だ?
何故生かし、自分をこの地へと飛ばした?
「黒鼬さん、どうかなさいましたか?」
「いや、自分の事はいい。
それよりもお役目の後継者についてはどうする?
仮に子を産めたとして、その後は?
その身体で子を産めば、お前はどうなる?」
この問いに、彼女は僅かに言い淀む。
しかし間もなくして、はっきりとした口調でこちらへと語りかけてきた
「私はどうなっても構いません。
この地を、酒倉井を、私一人の命で済むならば私はこの命を幾つであろうと捨てましょう。
それがこの地の未来に繋げられるのなら」
「お役目の為に命を捨てるのか、お前は?」
「違います。
私は、お役目の為には死にません。
以前の私でも、きっと同じことをした。
死ぬことは怖いでも、私のせいでこの地が、彼等が苦しむのはもっと怖いのです。
ですからどうかお願いです。
この地の為に、どうか私を………」




