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第三十三話 今更が過ぎて

 タマモが去ってからどれくらいの時が過ぎただろう。

 日に日に衰弱していく母上の姿を見ることしか出来ず、僕は再び父親探しに向かっていた。


 手掛かりは掴めないまま、更に二年程が過ぎる。

 それでも諦める事は出来なかった。


 せめて、母上の為に……。

 生きている内に、父親に会わせたい。

 

 その一心で、それしか出来ない自分を呪いながら僕はずっと手掛かりを求め続けたが何も得られない。

 

 そのまま、気付けば更に三年の月日が経過していた。



 「……………」

 

 母上の家の近くにある河原に訪れていた僕は、兄上勧められ気晴らしに魚取りをしていた。

 母上の容態は悪くなる一方、お役目をこなすだけで手一杯の模様である。

 残された猶予も少ない中、タマモがいずれ後継者を連れてくるだろう。

 そうなれば、母上は自ら……。

 

 「…………」


 「そこの者。

 酒倉井の者とお見受けするが少しよろしいか?」


 声の方を振り向くと虚無僧姿の何者かがそこにいた。

 自分と酷似した、籠を被る謎の男。

 

 「………、此処に何の用が?」


 「自分はこの地を治めるミカ殿を尋ね、参った者」

 

 「お前はその御方にどのような要件があってだ?

 わざわざ、よそ者を案内する義理はない」


 「昔の縁を尋ね、自分は此処に」


 「貴様、名は?」

 

 「名は黒鼬コクユだ」


 「っ?」


 僕はその手に握っていた獲物を思わず離した。


 「お前が黒鼬、なのか?」


 「自分を知っているのか?

 事と次第によっては………」


 そう言うと、男は腰に帯びた短刀に手を掛けた。

 自分も応じるように手を掛ける寸前、理性が働き手よりも先に口が動いた。


 「今更、来たのかお前は?」


 僕の言葉に男の動きが止まった。

 そして、お互いの姿を見合わせ何かを察した模様である、動揺のあまりに男は僅かに一歩程後退した。


 「っ………、お前のその姿……。

 お前、名はなんという?」


 「僕の名は、水獺ミナウセ

 酒倉井水獺、この地を治めるミカの実の子だ。

 そして、黒鼬。

 お前の子でもある、母上からそう聞いている」


 「そうか、お前が……」


 「聞きたい事は沢山あるが、後にしよう。

 母上の元に案内する、付いてこい」


 「恩に着る」



 その日、母上と黒鼬がようやく顔合わせした。

 実に何百年ぶりの事だったのか、母上は奴との再会を非常に喜んでいた。

 顔は籠の中で表情は分からないが黒鼬自身も同じ様子だと僕は感じた。


 しかし、僕と兄上はその様子を心の底から喜べずにいたのだった。


 「妙だと思わないか、水獺?」


 その日の夜は兄上に呼ばれ、いつものように晩酌に付き合わせられながら、会話を交わしていた。


 「僕はあまりそうとは思わないかな。

 ただ、今更過ぎて実の父親と会えたっていう実感が沸かないんだよ」


 「そうか、まぁその点は自分も同じだ。

 しかし、今の今まで音沙汰も手掛かりのなかった父親が今日になって見つかるのは、おかしいと思う。

 正直、あり得ないだろ?」


 「………、だとして僕等に何が出来るんだよ?

 母上も残り短い、後継者が来るまでどれくらいの猶予があるかも分からない。

 ならせめて、今のこの瞬間だけでも母上が少しでも幸せであってくれるなら………」


 「しかしだな、母上だけの問題ではなかろう。

 聞けば、我等に伝わる見廻り組とミヤコを含め他の集落に伝わる彼等はまた違う存在なのだろう」


 「当時者である母上は、彼等に救われた。

 僕等もそう聞いて、育っただろう?

 確かに、奴等のせいで母上は全盛期の力を失ったようだがこの地が救われたのもまた事実。

 母上の記した日記も、その記録は確かに残っている。

 他の地がどうであれ、酒倉井と母上は見廻り組によって救われたんだ」


 「お前はあの父親の肩を持つのか?」


 「……、どうだか。

 例え奴が何か企んでるとして、母上やこの地に害を成すならば僕は誰であろうと容赦はしないさ。

 仮に何か企んでいるとして、兄上はアレの狙いに目処が付いてるんですか?」


 「お役目関連ならば、新たな後継者が来る前に今のお役目を担う母上の始末に来た辺りかと」


 「なら、僕等もさっさと始末してるのでは?

 お役目を担う母上どころか、この現状に至らせた僕等兄弟の責任の方が明らかに重い。

 しかしだ、先に顔を合わせた僕や兄上、そして母上をすぐに手をかけなかった辺り、目的がどうであろうとすぐに手を下す必要はないと向こうは判断している。

 すぐに何かする必要がなく、僕等を害する目的もないのなら、後継者はそう早く来る訳ではない。

 つまり、兄上の仮説は成り立たない」


 「なるほど、確かにその通りだ。

 では、あの父親は何を考えているのだろうな?

 あれだけ長い間、一度も連絡も寄越さず来ることも無かったのに、今になって姿を現した。

 お役目が全く関係ないとは思えない。

 家族としての情があるなら、尚更だ。

 今の今まで見捨てた相手だ。

 いかに怪異であれど何百年と生きれる保障があるとはお互いに確実とは言えないからな」


 「生きて会えたこと自体が幸運だった。

 本来、いずれかは死んでもおかしくない。

 母上はまだしも、父親の方は音沙汰が全く無かったのだからな」


 「こちらも同じよ。

 我等もあと何年生きられるのか分からない?

 こちらも怪異ではあるが母上程の力はない。

 当然、いずれは朽ちる定めだろうよ。

 悠久を生きるなど、不可能な話よ」


 「力か……。

 全く、もっと我等が強く生まれて居ればお役目を担えたのでしょうね」

 

 「…………そうだな」


 そういうと兄上は空になった盃をこちらに差し出す。

 仕草を察し酒を注ぐと、間もなくして兄上はすぐにそれを飲み干した。


 「この酒を、我々が味わえるのはいつまでだろうな」

 

 何処か物悲しげな表情を浮かべながら、兄は天を見上げ続けた。


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