第三話 強き魂の在り方
村を出てから時間も経ち太陽が一番高く昇った辺りにて、二日酔いが少し落ち着き始めたのを見計らって俺はミタモを下ろし自分の足で歩かせる。
というか、いつもより少し重かった気がする。
まぁ直接そんな事を口走れば、尻に火を付けられるかもしれないと思い自重した。
次の目的地、あの村の長に言われた例の神畏が荒らしている集落へ向かうか………。
それとも、宴で散々ミタモが煽り立てていた酒倉井に足を運ぶか………。
この先どうするか、思考を巡らす。
どちらに向かうにも、既にその場所には神畏が存在しており、かの集落を守護しているだろう。
前者は本当にそうなのかと怪しいところだが、とにかく既に同業者が居る訳だ。
神畏とは大きく分けて二種類存在する。
その土地の用心棒の如く、特定の土地に対して根を下ろして居座る者達。
そして、俺達のような諸々な訳アリで特定の住処を持たず各地を転々とする者達の二つだ。
基本的には同じ方向性の神畏同士は仲が良い。
しかし、違うなら話が変わってくる。
要は、元々そこに居た神様の土地に他の土地から神様がやってくるようなモノ。
当然嫌われる、最悪門前払いもいいところ。
コイツと組んで3年余り。
それ以前の期間も合わせて、これまで立ち寄った集落の2割くらいは門前払いを受けて、そこらの森の中で野宿した記憶がある。
その中でも幾つかの集落に至っては、弓矢を構えられて夜明けまで追い回された事もある。
それくらい神畏という存在はその土地を守護する者として特別強い影響力を持つ、流石畏れを謳うだけの存在である。
だから旅先では、余程の理由がない限りは自分から神畏とは名乗らないみたいな暗黙の規則まで存在するくらいだ。
しかし、多少上手く隠したつもりだろうと同族には怪異が見破られその土地の神畏の裁定次第になり得る。
昔は首を飛ばされたりといった話も珍しくないくらいだ、集落を追い出されただけ優しいまである。
よって、あまり多くの集落には寄らずさっきの村のような神畏の存在しない村を見つけた際には、居場所を求める神畏達にとって喉から手が出る程欲しい代物。
最悪、競走相手と殺し合いにもなり得る。
実際、そんな争いに巻き込まれた挙げ句の果てに集落自体が神畏同士の争いによって滅びたなんて話もあるくらいだ。
巻き込まれた集落はたまったものじゃない。
つまり、長に言われた神畏を追うなら最悪全員殺す程の覚悟を持たなければならない。
あの村に再び余計な畏れを与えるからだ。
本音を言うなら余計な殺生は控えたいところ。
では、酒倉井を目指すか?
しかし、となればそれも難しいのが事実。
ミタモ曰く、水の淀みやら穢れを何とかしたいがあの地はミカドに献上する程の名酒を生み出す土地である。
どんな神畏、あるいは怪異がかの地を根城にし守護しているか怖くてしょうがない。
普通に考えて、名酒に使われる水を護る存在ともなると龍神とかそういう類いの信仰を集める怪異なりの存在が居ても何もおかしくないのだ。
殺されるだけで済めばいいくらいだろう。
そんな場所の水が淀んでいるということを、ミタモは酔いながらも指摘した。
ほぼほぼ事実で間違いないだろう、彼女の性格や素行には多少問題があるがその実力は確かであるからだ。
故に、酒の名産地の水が穢れているというのは本当の事である可能性は非常に高い。
どの程度の穢れなのかは、素人の俺には分からない。
あの宴でミタモ同じ酒に口を付けた俺にも、水が淀んでいるなんてことは分からなかったからだ
そんな俺達が向かったところで、あの土地の問題が解決できるのかが正直疑問だが……。
俺はともかくとして、多分ミタモの力なら大体なんとかなるかもしれないとは思う。
向こうから門前払いを受けなければの話だが………。
「おい、妾を無視するでない!」
そう言って後ろから尻尾を使って尻を叩いてきた女狐、当然俺はその場で転び顔から地面に叩き付けられる。
「痛ってぇ!!
ミタモ、お前急になんだよ!」
「お前が妾の話を無視するからであろう?」
「もう少し他のやり方があるだろ!」
「まあいい、とにかくこれからどうするんじゃ?
村の長の話にあった、野蛮な行為を働く狼藉者を退治しに行くのか?
それとも、酒倉井に向かうのか?」
「俺もそれを考えてたところなんだよ!
考えてる最中にいきなり殴る奴があるか!」
「妾を無視したお前が悪いわ!
それで、何処に向かうかは決めたのか?」
「まだだよ………」
「はぁ、全くコレだからこの小童はいつまでも小童なんじゃよ……」
「どういう意味だよ。
とにかく、問題は次の目的地だ。
例の荒れてるって噂の方へ向かうのが、正直一番近いだろうけどな……」
「なら、それで良かろう?
何を躊躇う?」
「幾ら好き勝手に向こうにやられてるとはいえ、俺達は部外者なんだぞ?
助けた後のことまで、責任を取れるのか?
さっきの村は受け流してくれたが、あのまま引き留められる可能性の方が高かったはずだ」
「アレを助けようとしたのはお主だろう?
勝手にやったお主の落ち度に過ぎんことよ。
あのまま見殺しにして、妾達も村を出れば良かったものを………」
「そうだろうな………」
ミタモの言葉に思うところはあるが、実際彼女の言葉は正しい。
怪異は畏れあって成り立つ、彼等の蛮行を許せないとはいえ部外者が手を出すことは余程のことがない限りありえないこと。
己の内にある心が、アレの行いを見過ごせず俺が勝手にした事だ。
だから、あの時、彼等を見殺しにして次の村へでも向かっていればこんな迷いをする必要も無かったはず。
「………まぁ。
あの場で何もせぬ程の愚か者では無かったのはお主の良いところではあるのだろうな」
そう言って彼女は俺の前を歩き始めた。
「そりゃどうも………」
「ああ、それと……。
妾の考えとしては、やはり先に狼藉を働くあやつらを懲らしめた方が良いと思うがな」
「その理由は?」
「強い魂は、強い魂によって惹かれるものよ。
あやつらを懲らしめた暁には、妾達の魂の力に惹かれて他の怪異が寄ってくるかもしれんからな?
お主が追う、あの怪異も同じように……」
「……………」
「これまでと何も変わらんよ。
この3年間、お主と組んで妾達は何をしてきた?
寄った先々で、お主の勝手な人助けばかりだったろうに………。
邪魔者、除け者、門前払いも当然の妾達であろうに、お主はお主のやり方を貫いた。
妾はそれに力を貸しただけのこと……」
「そんなの、無駄足ばかりの3年間だろうな」
「いや、意味はあった。
お主は弱いからな、だから来ないのじゃ。
強い魂は強い魂に惹かれる。
要は力は力の強いところに集まるのじゃ………。
お主が弱いから、力の強いあの怪異は来なかっただけのこと………。
お主が強くなれば、あの怪異はいずれ再び前に姿を現すだろう」
「強くなれれば……か………」
「強さを求めるなら、他の神畏との力比べでもする方が一番手っ取り早いからな」
「そうかい、なら次の場所は決まりだな」
そうして、俺達は村を荒らす神畏達の居る村へと向かう事に決めたのだった。
色々と思うところはあるが、まずは事を済ませてからの話。
なりふり構わず人助け……。
そんな事でいつになったら俺達の目的は果たせるのだろうか……。