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第二十九話 覚悟、託されて

 その日の夜、弟を自分の家に招き酒飲みながら会話を交わしていた。


 「飲みながら出来る呑気な話なのか?」

 

 「飲んでなきゃ、言えたもんじゃないんだよ。

 全く、昔は全部母上が仕切っていたとは恐れいるよ」


 「伊達に何百年とこの地を守ってきた訳じゃない。

 それくらい、僕らが一番分かってるだろう?」

 

 「確かにな」


 そう言い、盃に入った酒を飲み干すと自分は一冊の手記を取り出しそれを弟へと手渡す。


 「コレは、母上の日記か?

 勝手に持ち出したのかお前?

 後で怒られるぞ?」


 「集落に寄贈している過去の記録の一つだ。

 一冊持ち出したところで今更何の問題が?」


 「全く……、で、これが何だと言うんだ?」


 「母上の状態は知っての通り日々衰弱の一途を辿っている訳だが……」


 以前、集落の窮地を救った際の後遺症として母上は自分の核とも言える魂に傷が入り以降力が満足に振るえなかった模様。

 しかし、それでも俺達双子を産み育て、そしてお役目を成し遂げた。

 そんな傑物たる母上であろうが、当然身体には大きな負担が重なり続けた。

 日々、集落の民から入る魂の力……。

 畏れと言われるモノを取り続けるも、受け入れられる魂の力と漏れ出る魂の力の釣り合いが保てなくなってきたということだ。


 その結果、現在は月のほとんどを家から一歩も出ずに寝込んでいる。

 全てはお役目を果たす為に力を少しでも蓄える為だ。


 「で、ソレとコレが何の関係がある?

 母上の現状か何とか解決出来る妙案が書かれているとでも言うのか?

 過去に母上自身が記したモノだろう。

 今更そんなモノが残っているなら母上自身がとうに試しているはずだろうに」


 「敢えて試していない方法がまだあるとしたら?」


 「どういう意味だよ、兄上?」


 「自分達、そして母上は怪異という異形の存在。

 人間とは違い、特別な力を有し、特別寿命も長い存在と言えるものだ」

 

 「そうだな、だからどうなんだよ?」


 「怪異ならばある方法が残っている。

 怪異は魂の力によって形を成している存在。

 故に、魂がある種の食事として成り立ち、蓄えた魂のの力で母上は特別な力を行使しお役目を果たしている」


 「つまり何が言いたい?」


 「その手記には、かつてこの地を救った英雄である見廻り組との記録が記されている。

 記憶を失い、力の扱いが慣れなかった頃見廻り組の一人がかつて母上にその事について触れていたのだ」


 「…………」


 弟は手記を広げ、その内容を理解する。

 しかし同時に顔をしかめ、身体を震わせながら自分の方を睨んできた。


 「正気か兄上?

 こんなことをすれば、母上は………」


 「それでこの地が守られる。

 加えて、それでこの世の平穏が保たれるのならば安い代物だろう?」


 「だが、それは……」


 「何も無駄に多くは望まない。

 その時、必要な時に必要なだけ集めてくればいい。

 お役目さえ果たされば、それでいい」


 「しかし、このような事をすれば!!!」


 「お前が出来ないのなら、自分がやるまでだ」


 「っ………」


 「あの子らを失いたくはなかろう、水獺よ?」

  

 「………、分かりました」


 「それなら良い。

 まずは一人、来週までに外の集落からでも持って来るといい。

 その肉を村の衆に処理させ、手頃なモノへとこしらえた後に母上の元へと持っていかせる。

 無論、粗奴らへは私から話を通しておこう」


 「正気ですか?」


 「二度も言わせるな、必ず成し遂げよ」


 「分かりました。

 酒はもういりません、失礼します」


 そう言って、弟は以降は無言でその場を後にする。

 奴が残した酒を眺めながら、自分は己の拳を堅く握り締め続けた。



 それから毎週一人、一人と母上のお役目を果たすべく供物が与えられるようになった。

 自分の目論見通り、母上の身体はすぐに回復していきお役目を無事果たしていく。

 いずれは、かつての魂の傷も癒え供物も必要無くなるであろう。 


 それまでのしばしの辛抱、犠牲から目を、逸らしこの地の安寧の為に自分達は供物の犠牲を受け入れた。


 それから自分達は何百年と供物を母上に与え続けた。

 母上は徐々に回復しているかに思えたが、ある時を境にその状況が悪化してしまう。


 それは集落の長の一族が絶え、自分が新たな酒倉井の長として座についてから二十年が過ぎた頃である。


 「ごめんね、秋重。

 忙しいのに、心配ばかり掛けてしまって」


 「家族の身を心配するのは当たり前だろ?」


 「親孝行に育ってくれて、本当にありがとうね。

 水獺はまた、釣りかい?」


 「ああ、母上の為に美味しい魚を沢山獲ってくると張り切っていたよ」


 「そっか、ありがとうね。

 本当に毎日助かっているよ」


 「何言ってるだよ、またすぐ見舞いに来る。

 仕事は向こうが色々と手伝ってくれて、自分は結構暇だからさ?」


 「そっか、うん。

 じゃあ次を楽しみにしているよ」

 

 そう言って、弱った身体で笑顔を見せる母上の姿。

 最近はどうも食欲に欠けている。

 まさか、寿命なのか?

 いや、畏れの力があるなら怪異とは不死の存在。

 しかし、今の母上の状態は明らかに……


 「秋重、そこの棚に入ってあるモノをとってきてくれないかな?」

 

 「分かった」


 言われた通りのモノを、自分は手にする。

 細長い棒切れ、いやこの形からして短刀か?


 「母上、コレは一体?」


 「二人の父が残したモノ。

 いつかは、見せるべきだと思ってたんだ」


 「父親の残したモノ?

 父がまだ何処かで生きているのですか?」


 「うん、どうだろうね。

 分からない、でも義理堅い人だから。

 いつか必ず来てくれるって信じてるんだ。

 子供が生まれたのは予想外だったんだけど」


 「自分達の父親はどういう方なんですか?」


 「見廻り組の一人だった御方。

 村の窮地を救ってくれて、不器用だけどとても優しい方だった。

 でも、あの一件以降は音沙汰が何もないんだけど。

 私は信じてるの、いつかまた会えるって。

 コレはその約束の形見なの」


 「そうでしたか。

 となると、弟のあの姿はやはり父親譲りで?」


 「多分そうかもね、いやきっとそう。

 驚くだろうなぁ、あの人のことだし」


 「………、まぁ知れぬ間に子供が居たとなれば……」


 父親もそうだが、母上も母上だろう。

 まぁそれくらい胆力があってこそ、この地を守り抜けたのだろうが………。


 「ふふふ……。

 とにかく、それはあなた達に託しておきます。

 あの人が戻って来るかはわからないけど、二人でこの土地を守って欲しいから」


 「ええ、必ず守り抜きます。

 それに母上の身体も必ず治す方法を探してみせます」


 「ありがとう、秋重」

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